第153話 11歳(春)…パーティ結成
「マグリフ校長、短い間ですがお世話になりました。一身上の都合でぼくは実家に帰ります。またいつかお会いしましょう」
「待った待った待った! 帰るって、訓練校はどうするんじゃ!?」
「残念ですが十四になるのを待って試験を受けることにします」
「辞めるつもりか……」
マグリフ爺さんがしょんぼりする。
ちょっと可哀想なことをするような気にもなったが、こればかりはどうしようもない。ただ名前が広まるだけならばまだ我慢はできるが、そんなとんでもない二つ名で知られるのはごめんこうむる。
ってか雷光のセクロスってなんだよ!?
ちくしょう、ちょっとおもしれーじゃねえか!
「ふーむ、本当に二人が言ったとおりになったのう」
ため息まじりにマグリフ爺さんは言い、にやにやしっぱなしのシアとミーネを見やる。
こいつら知ってやがったのか。
「二つ名のことを知ったら、おまえさんは必ず家に帰ろうとすると二人は言っておったんじゃ」
「わかっていたなら、わざわざ言わなくてもよかったのでは?」
「黙っておいて後で知られたら、おまえさん問答無用で王都から出ていったじゃろ?」
「……まあ、そうかもしれませんね」
確かに「こんなところにいられるか! おれはお家へ帰るぜ!」と息巻いて王都から出ていっただろう。
「おまえさんに辞められるのは惜しい。生徒がよく慕っておる教師じゃからの。じゃがここまでくると、このまま訓練校に留めておくのはもったいないとも思うんじゃ」
マグリフ爺さんは苦笑しながら髭をなでなで。
「じゃから儂はの、おまえさんを卒業させることにした。あ、そっちの二人も一緒にの」
「へ? 卒業? まだ入学二ヶ月くらいですけど?」
「かまわんよ。そもそも教えることなんぞなかったし、そっちの二人は今回のことでその実力を充分に示して見せた。これはエドベッカ殿とも相談したことじゃ。あれだけの能力を持つ者たちを、ここに留めておくのはもったいないという話になったんじゃ」
「じゃあ私たちもう冒険者なの!?」
話を聞いていたミーネが我慢しきれず尋ねてきた。
マグリフ爺さんは微笑んでうなずく。
「うむ、たった今からおまえさんたちは冒険者じゃ。とは言え冒険者証の発行に時間が必要じゃからな、それまで活動はお預けじゃ」
「どれくらい!?」
「う、うむ、エドベッカ殿には明日にでも伝えておくから、そうじゃのう……、申請だのなんだのとあって……、まあ十日ほどあれば出来上がるじゃろ」
「十日ね! 聞いた!? 十日よ! 十日!」
「わ、わかりましたから。聞こえましたから」
大喜びのミーネに抱きつかれてシアはちょっと引いていた。
一方、おれはちょっと展開が早すぎてぽかんとしてしまっていた。
△◆▽
いきなり卒業にはなったが、今日ここで「はい、さよなら」とするだけでは生徒が暴動を起こすとのことで、明日の朝に全校集会を開いて皆に告知することになった。
冷静に考えると教え始めた生徒たちをいきなりほったらかしにするのはちょっとひどい話だ。なのでおれは条件次第で引き続き非常勤講師として教鞭をとることにした。
条件とはおれの二つ名を無かったことにすることである。
明日、改めて訪れることにして今日のところはメイド学校へと戻る。
訓練校から帰り道、ミーネはとにかく上機嫌だった。
「二ヶ月で冒険者になっちゃったわ!」
ミーネはおれとシアの間に入ってそれぞれ手を繋ぎ、前に後ろにとぶんぶん振り回す。
「ミ、ミーネさん、ちょっと恥ずかしいです」
「ふぇ? なにが?」
あまりにも派手に手を振るので、周りを気にしてシアが訴える。
だがミーネはまったくお構いなしだ。
実際、道行く人に「なんだあれ?」といった顔をされているが、きっとミーネの視界には映っていないのだろう。
「冒険者証もらったらさっそくなにか仕事をしてみましょ!」
「いや、あの、お嬢さん、たぶんお嬢さんが期待するような仕事はないですよ? かなり地味で退屈なお仕事だと思いますよ?」
冒険者になれたとはいってもまずはランクFだ。
ミーネが期待するような依頼はまずないだろう。
「いいわよ、どんな仕事だってがんばるわ!」
本当に冒険者になれて嬉しいのだろう、おれが水をさすようなことを言ったのにちっとも気にせずミーネはむしろどんと来いである。
はたして、本当につまらない仕事をこなせるかどうかはわからないが今はその意気込みを信じてみるとしよう。
戦闘に関しては本当に信頼できるんだがなー……。
「あ、そうだ。今回おまえにはかなり無茶をさせたから、なにかご褒美みたいなもんをやろうと思うんだが……、なんか欲しいものとかあるか? まあおれが用意できる程度のもの限定なんだが」
おれがそう言うと、ミーネはそれまで振り回していた手をぴたりと止めた。
「ねえ、確かに私はがんばったけど、でもあなたが作戦を考えなかったら活躍もなにもなかったでしょ? ならまずはあなたにご褒美をあげるべきだと思うの。なにか欲しいものはある?」
「へ?」
てっきりあれこれ言ってくると思っていたおれはミーネの予想外の発言に驚いた。
「おれはべつにいいよ。あの状況をなんとかしようと思っただけだし」
「私だってそうよ?」
そう言っておれを見つめるミーネの目はどこか挑戦的だった。
なるほど……、どうやらおれは無粋なことを言ったようだ。
「でもそうね、せっかくだから一つお願いをしようかしら」
「ん?」
ミーネはにっこりと笑うと、万歳しておれとシアの手を高々と上げる。
「パーティを組みましょう! あなたと、シアと、私の三人で!」
まったく想定していなかったお願いにおれは唖然とする。
「そんなお願いでいいのか?」
「そんなって……。ねえ、あなた五年前、お別れのとき私に言ったこと覚えてる?」
「え?」
ミーネが急にじと目になった。
え……、おれ何言った?
「ミーネさん、ご主人さまが何を言ったか知りませんが、そういうのをご主人さまに求めるのは無駄ですよ。結構いい加減ですから」
なぜかシアがミーネの援護に回る。
どういうことだ……!
「もう。まあいいわ。とにかくパーティを組む! これは決定よ!」
宣言し、ミーネはまたおれとシアの手をぶるんぶるん。
「では冒険者証をもらいに行ったときに一緒に申請しましょうか」
「そうね! あ! パーティ名はどうする?」
おれそっちのけでお嬢さん二人が話を詰め始めた。
なんか切ない。
二人はしばらくあれこれ名称を出し合ったが、コレ、というものがなかなか決まらずメイド学校の近くまで来てしまう。
「……ねえ、なにかある?」
するとそこでスルーされまくっていたおれに話が振られた。
ここで何か良い名前を出せばひとまず許されるのだろうか?
「そうだな……」
金銀二人しておれを見てくる。
あ、そうだ。
「三人の髪の色、それの魔導言語の頭文字を並べて……GBSというのはどうだろうか」
「格好悪いわ!」
「ゴブリンみたいで嫌なんですけど!」
総スカンだった。
「じゃあ並べ替えてBGS?」
「やっぱり格好悪いわ!」
「髪の色から離れてください!」
ダメか……。
「そ、そんなに頑張って考えなくてもいいんじゃないか? とりあえず仮の名前をつけておいて、思いついたらそのとき変えれば」
「名前で苦労しているご主人さまの発言とは思えませんね」
「うぐっ」
シアに鋭すぎる指摘をうけた。
まったくもってごもっとも。
今日はもう黙っていたほうがいいかもしれない。
おれが意気消沈していると、ふと黙りこんでいたミーネが言う。
「ねえ、あなたの名前にしたらいいんじゃない?」
「ミネヴィア様、どうかそれは、それだけはやめてください。必死になって考えますから、百でも二百でも考えますから……!」
おれは導名のために名前を広めなければならない。
しかし、だからといってパーティ名にしようものならギルドの仕事を受ける際にしょっちゅう呼ばれるわ記入させられるわでおれの精神がゴキゲンに削られること間違いなしである。
「いやそうじゃなくて、ほら、あなたが導名にする名前よ」
「「あ」」
おれとシアがハッとして声をあげる。
「ご主人さま、それでいいんじゃないですか? あの名前ってお父さまが自分を越えるようにって考えた名前でしたよね? 今回のこと、誰一人死なせなかったわたしたちなら、それをパーティ名にするのはすごく……、なんて言うんでしょう、縁起がいい?」
「そうだな……、うん、そうしよう。ミーネもそれでいいか?」
「私その名前知らないんだけど……」
私だけ仲間はずれー……、と言いたげにミーネが口を尖らせる。
「いや、知ってはいるぞ? ただそれがそうだとは言ってなかっただけだ。ほら、絵本の著者名に使ってる名前、あれがそうだよ」
「あ、あれなんだ。……で、なんだっけ?」
「ヴィロックな」
はて、と首をかしげるミーネにおれは苦笑しながら告げた。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31




