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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
153/820

第152話 11歳(春)…二つ名

 メイドのみんなは食堂に集まっておれの回復を祝ってくれた。

 一部、幼くなっていたおれともう一緒に遊べないことを残念がるちびっ子などもいたが、基本的には喜んでくれた。

 おれが幼児退行している間、おやつはシア主導のもとメイドたちが自分たちで作っていたらしい。

 今日はおれの回復を祝うわけだからと、メイドたちはそれぞれお菓子を作っておやつパーティとなった。

 おれはそこまで甘いお菓子が好きというわけではないのだが、こうして祝ってくれること自体ありがたい話なので素直に感謝である。


「私も一回くらい会っておけばよかったかしら」


 回復の知らせを聞き、ミーネはクェルアーク家からすっ飛んできた。

 知らせたのは逃亡していたシアだ。

 どうやら行く当てがなくクェルアーク家に避難していたらしい。

 シアはミーネに引きずられるようにして戻ってきた。


「あほー、あほー、ご主人さまのあほー」


 シアはおれに会うなりミーネの背中に隠れ、怨めしそうな顔でひたすら罵ってきた。あの状況、シアは相当恥ずかしかったらしい。

 普段なら「知るかボケ」ですますところだが、おれは甘んじてその暴言を受けいれた。

 おれに落ち度はない。

 もちろんシアにだってない。

 ただちょっとタイミングが悪かったという、それだけの話なのだ。


「な、何でなんにも言わないんですか」


 おれが反応を示さないことを怪訝に思ったかシアが言う。

 シアはわかってないのだ。

 おれの感覚ではまだ死闘の直後。

 こんなふうにふざけていられる状況にどれだけほっとしているか。


「ずっと面倒を見てくれていたことだけは聞いた。ありがとうな」

「……ッ!?」


 なので素直に礼を言う。

 そしたらまた逃亡した。

 よって現在、シアは行方不明である。


「私はとくに出来ることないから来なかったけど、ちょっとおしいことをしたかも。私と初めて会ったときよりも幼い感じだったんでしょ?」


 そう言ってミーネはエクレアを次々と口に押し込み始める。

 その姿はまるでハムスターのようだった。

 もうちょっと上品にですね……。

 いや、まあいいか。

 こいつはすごく頑張ってくれた。

 ミーネがいなかったらあれはどうにもならない状況だった。


「もごご、もご……」


 お食べ。お好きなだけお食べ。

 でもミーネが幼児退行したおれと会わずにいたのはちょっと意外だった。絶対面白がって一緒に遊び回るように思えるのに……。


「……あの、ご主人様……」


 お菓子をむさぼり食うミーネを眺めていたところ、おれのカップにお茶を注ごうとサリスがやって来て、その際にそっと耳元で囁いた。


「……ミーネさんはご主人様をただ放っておいたわけではないので、そこは勘違いなさらないようお願いします……」

「……? ああ、わかった」

「はい」


 サリスは微笑みながらうなずき、そっと離れる。

 よくわからないがミーネにはミーネでやることがあったということなのだろう。たぶん。


    △◆▽


 翌日になるとシアは何食わぬ顔でメイド学校に戻っていた。

 余計なことを言うとまた逃走してしまうと思い、おれは何事もなかったかのように普通に接することにした。

 それが今できる親切であるならなおのこと。


「とりあえず、今日は心配かけた皆さんに挨拶回りだ」


 まだちょっと警戒しているようなシアと、いつも通りのミーネを連れてまずは一番近いクェルアーク家へ向かう。

 クェルアーク家は昨日シアが避難していたこともあり、おれが元に戻ったことはすでに伝わっていた。

 到着直後、おれはすっ飛んできたバートランに抱きしめられてそのまま宙に浮く。腕の力が強すぎて苦しい。一瞬、ミーネに無理させすぎた仕返しかとも思った。

 もちろんそんなわけはなく、解放されたおれはバートランからやたらと褒められ、そして感謝された。

 なんでもあの過酷な戦闘を経験したおかげで壁にぶちあたっていたミーネが成長したようだ。

 スランプ状態であの強さだったとかちょっと理解を超える。

 本当にとんでもないお嬢さんだ。


    △◆▽


 次に中央ギルド支店へと向かうと、到着してすぐ職員総出で拍手されるという事態になった。正直ちょっと恥ずかしかった。


「すまなかった。こちらの落ち度だ」

「いえいえ、あれは仕方ないでしょう」


 歓迎されたあと支店長室へと通され、そこでエドベッカに謝罪された。王種が率いるコボルトの群れを事前に確認できなかったことについてだが、あれについては本当に仕方なかったのではなかろうか。

 まあ犠牲者が出なかったからそう言えるというのもある。

 それからおれは事後処理について簡単に説明され、コボルト王から出てきた魔石について話をされた。


「特殊な魔石なんですか?」

「まだ正確には判別できていないが、何らかの力を秘めていることは確かだ。もし有用な効果であれば……、さぞ高値がつくだろうな」

「えー……」


 魔石にはときおりその魔物の能力を宿しているものがある。

 自分に使えばその能力を身につけることができ、武器や防具に使用すれば装備効果としてその能力を使うことができる。普通は汎用性というメリットの大きさから装備に使用するようだ。


「もしすぐ売りはらうつもりでなければ、少し調べさせて欲しい」

「ああ、それならかまいません。ぼくとしてもどういう物なのか詳しく知りたいですし。……いや、そもそも、それってぼくがもらっていいものなんですか?」

「君が――、いや、君たちが受けとらないで誰が受けとるんだね?」


 サーカム教官も、ラウスもメアリーも魔石の所有権については一切口を挟んできていないらしい。

 全部とは言わないまでも、一部くらい要求してきても罰は当たらないと思うが三人とも今回のことについて特別な要求はなにもしていないようだ。欲のない人たち――、いや、立派な人たちだ。


    △◆▽


 ギルドの次にチャップマン家へ向かう。

 チャップマン家ではダリスと妻のレフラに歓迎された。

 おれが幼児退行してしまってダリスはさぞ気を揉んだのではなかろうか。せっかく金の卵を産むガチョウを見つけたと思ったら、ただのガチョウになってしまったようなものだ。

 もちろん純粋におれの心配もしていたのだろう。

 ちょっと涙目になっておれの回復を喜んでくれている。

 一方、妻のレフラはどういうわけか妙に自分の娘――、サリスのことを尋ねてきた。良くやっているかとか、ちゃんと役立っているかどうかとか。取りあえず思っていること――、例えばおれの周りで唯一気遣いができる少女なので非常に助かっていることなどを告げた。


「そう、よかったわ。これからもあの子をよろしくね」


 最後にそうお願いされた。

 娘が心配で仕方ないのだろうか?


    △◆▽


 チャップマン家の後、おれたちは最後に訓練校へと向かった。

 正門をくぐり訓練場を横断していると、おれたちを見つけた生徒が声をあげてこちらに手を振ってきた。

 おれはそれに応えて手を振り返す。

 そしたら生徒たちがいっせいに校舎から飛びだしてきた。

 どいつもこいつも全速力。


「ご主人さま、わたしちょっと避難してますね」

「あ、わたしもー」


 身の危険を感じたシアとミーネがおれを残して逃げた。

 そして突撃してくる生徒たち。

 抱きついてくると言うよりタックル。

 どいつもこいつもタックル。

 大型犬が嬉しさのあまり加減を忘れて飛びついてくるようなものだ。


「ぐあーッ!」


 あっという間におれはもみくちゃにされた。


    △◆▽


 かなり長い時間もみくちゃにされたあと校長室へ向かった。

 校長室にはマグリフ爺さん、そしておれを置き去りにしたシアとミーネがいた。


「おまえら……」


 恨み節でも言ってやろうと思ったが、マグリフ爺さんがおれの手を取って半泣きで感謝をしてきたのでそれどころではなくなった。


「ありがとう、本当にありがとう……」

「あ、いえ、えー……、どうしいたしまして?」


 困惑するおれを見てシアとミーネがにやにやしてやがる。

 おのれ……。


「でもぼくよりあっちの二人の方が力を尽くしてくれましたよ?」

「わたしたちはもうすっごく感謝してもらいました」

「そうそう、だから後はあなたね」


 む、それもそうか。

 おれだけ感覚が事件直後なせいでちょっと齟齬がでるな。

 引き続きマグリフ爺さんに感謝されまくって困っているおれをシアとミーネは楽しそうに眺めている。

 なんかあいつら仲良くなってないか?


「ふぅ、すまんのう、つい感極まってしまってな」


 しばらくしてマグリフ爺さんは落ち着き、やっとまともに話ができるようになる。

 Aクラスの生徒たちにとって王種との遭遇はかなりショッキングな出来事だったが、それがきっかけで冒険者を目指すことをやめる者はいなかったようだ。

 むしろより熱心に訓練へ取り組むようになったらしい。


「自分たちを守ろうとするおまえさんたちの姿を見てすっかり意識が変わったようじゃな。生徒に限らず、ラウスも思うところがあったようでな、ここの教官になることを了承してくれたぞ」


 ラウスか、あの人は何となく良い教官になりそうな気がする。


「しかし一番変わったのはヴュゼアじゃろうな」

「ヴュゼアがどうしたんですか?」

「うむ、魔導学園に転学した」

「それはまた急……、ではないんでしょうね。ぼくが寝ている間になにかあったんですか?」

「いや、急な話じゃったよ? ここに戻ってすぐその話をされたからのう。なんでも、おまえさんですら全力以上のものを必要とされる状況があることにかなり衝撃を受けたようでな、今できる最大の努力をすることに決めたようじゃ」

「それでいきなり転学ですか……」


 結局、また振り回してしまったことになるのだろうか……。

 出会ったときはちょっとやさぐれた坊ちゃんだったのが、すっかり意識の高い少年になってしまった。

 しかしまあ、悪いことではないからな。

 良かったということにしておこう。


「それで……、最後に一つ伝えなければならんことがあるんじゃが」

「はい、なんでしょう?」

「落ち着いて聞いて欲しいんじゃ。これは誰に悪気があるというわけじゃなくての、ただ自然に……、な」


 またかよ。

 また何かあるのかよ。


「おまえさんに二つ名がついたんじゃ」

「はあ……」


 二つ名?

 ああ、何とかの誰々、みたいなやつか。

 ……え?


「雷光のセクロスと呼ばれとる」


 おれはお家に帰ることにした。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※文章を一部修正しました。

 ありがとうございます。

 2019/01/21

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/02/02

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/06/09

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/29


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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしいオチw セクロスの名前の汎用性に気付かされた [一言] 楽しく読ませてもらってます しかし雷光のくだりで思わずコメントしてしまいました 続き拝読させて頂きますね!
[一言] 三擦り半ってことかな?
[一言] すっごい早漏みたいな二つ名
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