第150話 閑話…黒妖犬
マグリフが中央ギルド支店の支店長室へと到着すると、そこにはすでにエドベッカ、バートラン、そしてもう一人――
「来たか、ご老体」
メアリーの姿を借りたまま、一人椅子に腰掛けているロールシャッハがいた。
「王種と遭遇、死傷者はなしとしか聞いておりませんが、詳細を聞かせてもらえますかな?」
「ああ、これから説明しよう。繰り返すのが面倒で待っていた」
ロールシャッハは机に置かれた地図を見せながら事の顛末を話して聞かせる。
遠征訓練四日目、王種が率いるコボルトの群れと遭遇し、これを討伐。
端的にはこれだけだが、問題はその内容だ。
「実質あの三人がすべて片付けた。いやいや、何か問題を起こしてやろうともぐり込んでいたのが恥ずかしくなるくらいだ」
ロールシャッハは自嘲気味に笑っていたが、詳細を聞いた三人は唖然として立ちつくしている。
話を聞くまで、てっきりロールシャッハが急遽指揮を執り難を逃れたと考えていたのだ。それがまさかロールシャッハはほとんど何もすることなく、あの子たち三人によって討伐が行われたなどと――。
「あの三人だから出来たことだな。一人欠けていても無理だった。彼が作戦を話し始めたとき実はかなり迷った。結局は任せたわけだが、果たしてそれが正しかったのかどうか、今でも判断に困っている」
結果だけ見れば正解と言うことも出来たが、それは本当に結果論でしかなく、もしかすると彼らは死んでいたかもしれない。いざとなればなりふり構わず手出しするつもりでいたものの、あの状況のなかで、彼らならばどうにか出来るのではないかと期待してしまっていたことをロールシャッハは自覚していた。あの三人の戦いぶりにうっかり見とれてしまっていたのだ。
「私も耄碌したか……、さて」
と、ロールシャッハは真剣な表情になって言う。
「彼が王種から引き出した情報について話そうか」
ロールシャッハは机の地図を指し示す。
生徒たちが王種に遭遇した地点の他、家畜の被害をうけた町村が記入されている。その点を結んでみると、コボルトの群れは確かに西へと向かっていたようだった。
「ふむ、西ですか。……レイヴァース家がありますな」
頭を付きあわせる男たちの一人――、バートランが言う。
するとロールシャッハは小さく笑う。
「孫も同じ事を言っていたぞ? 確かにあるが、それはおそらく関係ないだろう。偶然――、いやその偶然がロークにとってはいい迷惑なのだろうが」
「と申されますと?」
マグリフが尋ねると、ロールシャッハは地図に線を引く。
さらにさらに西へと。
それはザナーサリーの国土を越え、隣の国まで延びる。
「ベルガミア王国……?」
「コボルトの王種は呼ばれたと言っていた。気づかないか? 特にバートラン。お前は五年前、私にどんな指令を受けてここ、ベルガミアへと向かった? お前が調査した人物はいったいどうして監視されるようなことになった?」
「――ッ!?」
怪訝な顔をしていたバートランがハッと驚愕を露わにする。
「過去にもこのようなことはあったのかもしれない。だが、何しろ周期が三百年と長い。そしてこの時期に王種が生まれているかどうかという問題もある。もしかしたらこれが初めての事例だったのかもしれない。そしてこれが事実であったとして、なぜ王種を呼んだのかという疑問も残る。だがとにかく――」
トン、とロールシャッハはベルガミアを指で差す。
「五年前、黒騎士の団長アズアーフ・レーデントが命を賭し寝かしつけたものが目を覚ましつつあるのではないかと私は考える」
それはかつて邪神に挑んだ英雄の残滓。
上位瘴気獣となりはてた犬の覇種――
「つまり、黒妖犬の復活だ」




