第15話 3歳(冬)
夏の『父さん感電事件』に端を発する両親の英才教育は夏が終わり秋になろうと、秋から冬にさしかかろうと継続して続けられた。
そんなある日、リセリー母さんが言った。
「二人目ができたみたい」
一瞬、おれはなんのことかわからなかったが、ローク父さんはすぐに反応した。
「おおぉ、おおおぉ……」
うめきながら母さんを抱きしめる姿をみて、そこでやっと子供の話だと理解する。
「セクロス、おまえはお兄ちゃんになるんだぞ!」
「おにいちゃん?」
ふと、違和感に気づいて呟く。
両親はおれがまだよくわかってないと思ったのか、説明してくれる。
「母さんのお腹にね、赤ちゃんがいるのよ。あなたの弟か妹がいるの」
「お兄ちゃんだぞー、おまえはお兄ちゃんになるんだぞー。産まれてきたら可愛がってやるんだぞー。なんせお兄ちゃんだからな!」
父さんはよほど嬉しいらしくテンションがおかしい。
まあそれは置いといて、おれは違和感がなんであったか気づいた。
お兄ちゃん。
この二人称ならおれはそれがおれのことだと認識できる。
そういえば「この子」や「おまえ」といった言葉でも自分のことだとわかった。
ということは、だ。
おれは生まれてくる弟妹に名前ではなく「お兄ちゃん」と呼んでもらっても名前の呪いに苦しむことはないということだ。
ああぁ……、おれを大いなる喜びが包みこむ……。
お兄ちゃんでも兄さんでも兄者でもクソ兄貴でもなんでもいい。
とにかくセクロス以外の呼称でおれを呼んでくれる存在が誕生するのだ!
あ、でもセクロス兄さんはやめてください。
△◆▽
さて、大いなる弟妹が産まれるとなると、おれはそのお兄ちゃんとしてやらなければならないことがある。
それはなにか?
それは産まれてくる弟妹がおれのような悲劇的な名前にならぬよう両親の名付に口をはさむことである! もし悲劇がくり返されそうになったとき、おれは断固とした覚悟で両親を説得しなければならないのだ!
安心しろ、まだ見ぬ弟妹よ!
おまえの名前はおれが守る!
……と、意気込んではみたものの、おれが危惧するような事態にはならなかった。
男の子だったらクロア。
女の子だったらセレス。
うん、わりと普通の名前だと思う。
ちゃんと男の子っぽいし、女の子っぽい。
ただ気にくわないのは、その二つの名前がセクロスにちなんだものだってことだ。
セクロスから〝クロ〟をもらって〝ア〟をつけた。
セクロスから〝セ〟と〝ス〟をもらって間に〝レ〟をいれた。
どうしてセクロスなんて名前にちなむ必要があったのか、おれには皆目見当もつかないがそこは目を瞑ることにしよう。なにしろめでたい。めでたいのだ。
それにセクロスに比べたら百倍ましな名前だ。
望めど叶わぬ、真のおれの名たるべき〝ゼクス〟に匹敵しそうな素敵な響きだ。
「結局、ヴィロックは使わないのね」
三人でうんうんうなりながら名前を考えたあと、ふと思いついたように母さんがいった。
すると父さんは苦笑して肩をすくめる。
「機会がなかったってことでいいさ」
ちょっと残念そうにいう。
「ヴィロックってー?」
尋ねると、父さんはおれの頭をなでた。
「もともとおまえはヴィロックって名前にしようって思ってたんだ」
「……え、それってどういうこと?」
初耳なんだけど!
おもわず素で喋るくらいに驚いた。
いったいぜんたい、どうしてヴィロックがセクロスになったんだ。
共通してんのは〝ロ〟だけだぞおい。
「それはね――」
と母さんが説明する。
本来ならば父さんが考えたヴィロックという名前にするはずだったが、いざ産まれたとなったときに、ふと二人そろってセクロスという名前を思いつき、そのままその名前にしてしまったというのだ。
これあれだね。
絶対あのアホ神の影響だよね。
ヴィロックという名前の〝ヴィ〟は古い言葉で〝超える〟という意味合いがあり、そこに続く〝ロック〟は父さんの名前であるロークを縮めたもの。つまり〝俺を超えろ〟という父さんからのメッセージのこもった名前であったそうな。
「父さんはなー、母さんに出会うまでそれはもうめちゃくちゃな人生だったんだ。だからおまえにはそれを超えた人生を歩んでほしい……、簡単に言うと、俺より幸せな人生になってくれってことなんだがな、そういう意味をこめてヴィロックって名前をつけようと思ったんだ」
ちょっとしんみりしている父さん。
まだ心残りなようだ。
産まれてくるのが弟だった場合にもヴィロックを使おうとしないのは、それは本当に最初に産まれてきたおれのために考えたものだからなのだろう。
……。
うん、決めた。
おれの導名はヴィロックにしよう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/18




