第148話 11歳(春)…決戦
ミーネが灰色の亜種を倒した。
ふらふら危なっかしく攻撃を躱していたのに一撃で胴を両断してのけた。それを見たとき、喜びよりも驚きの方が大きかった。もちろん喜んでいないというわけではない。出来るなら抱きついて頭をわしゃわしゃと撫で回したいところだ。
続いてメアリーが相手をしていた茶色の亜種を斬りふせる。
これで残りは王種――、ゼクスのみ。
シアと交戦していたゼクスは仲間が全滅したことに気づくと、素早い連撃を繰り出して牽制、そして大きく後方に跳んだ。
すぐさまシアは追ったが――、それは誘い。
ゼクスは着地と同時にうずくまるように体勢をかがめ、次の瞬間には弾かれるように飛びだした。
「くあッ!」
追ったシアは迎撃されるように渾身の体当たりをくらい、弾き飛ばされておれのすぐ前まで転がってきた。
相当な衝撃だったのかシアの起きあがる動作が鈍い。
高速戦闘において致命的な隙。
そこはおれが牽制して時間を稼ぐところなのだが――
「よくもやってくれタな」
ゼクスは動かない。
シアを吹っ飛ばした位置に立ったままこちらを見つめるばかりだ。
「――いや、違ウな。よくぞやってくれタ、か」
どう考えても群れを皆殺しにされた王の言葉ではない。
だがそれはずっと奴に抱いていた違和感そのものを表す言葉にも思えた。
「声は喰らえと命じタ。だが、さすがにな……」
そしてゼクスは天を仰ぎ――
「アオォォ――――――――ン」
吠えた。
「アオォォォォ――――――――――……」
ゼクスの遠吠えは広場を包み込み、そのまま森へと響き渡る。
それはサイレンのように不安と恐怖を煽り、少しの悲しみを覚える響きだった。
犬が遠吠えをする理由は複数ある。
鬱憤の解消、逆に気分が良いことを表現するのに、ただの気まぐれの場合もある。
だが、よく知られているのは仲間との交信のためだろう。
ゼクスの遠吠えが終わるとすぐ、地中から仄暗い輝きをもつ靄が滲みだした。
光を照射された霧や煙のようなそれは、導かれるようにゼクスへと集まっていく。
あ……、とおれは血の気が引く。
理解よりもひらめきの方が早かった。
ゼクスは自分の居場所を仲間に伝えたのだ。
そしてコボルトたちは死してなお王の招集に応えた。
「あー、まずいです。ご主人さま、あれわたしの吸魔に近いです」
起きあがったシアはおれに背を向け、靄に包まれるゼクスを見据えたまま言った。
うんざりしたような声音だ。
謎の声はゼクスに共食いを命じていたが、奴はそれを拒否してひとり声の主のところへと向かった。だが仲間はついてきた。ところがここで仲間は全滅し、今まさに声の主の思惑通りとなった――。
「あれで弱くなるわけねえよなぁ……」
当然ながら強化されるんだろう。
それはちょっと……、どうにも……。
ならば今すぐに。
「シア、おれが雷撃を――」
「ご主人さまは逃げてください」
おれの言葉を遮ってシアが言う。
「いや逃げろじゃなくて、今すぐ奴をぶっ殺すしかないだろうが」
「ご主人さまの雷撃、あいつにちょっと当たってました。でもほとんど効いてなかったんですよ。弱い雷撃じゃあいつ麻痺しません」
「え……」
両親との実験でおれの雷撃は障壁貫通効果があり――同種、神撃でなければ防ぎきれないことはわかっていた。
しかし、雷撃の効果が耐性により減衰され、相手に充分な威力が到達しない場合は多少の痛み程度ですまされてしまう。
これはウィストーク家の家令、レグリントとの決闘で判明した。
つまりあの犬は雷撃耐性持ちってことなのか?
いや――、いや、それどころじゃないだろう。
あいつは何度かシアの鎌を喰らっていた。
にもかかわらずろくに出血もしていない。
抵抗しているのだ。
その意志が降りかかる脅威すべてを否定しているのだ。
己の肉体において行使される魔術――、何物にも傷つけられることはないという意志の魔術的発露によって。
そして、それが今さらに強化されようとしている……?
「じゃ、じゃあさらに強い雷撃を――」
「効かなかったらどうするんですか。効いても、それでわたしが倒しきれなかったらどうするんですか」
「どうするかって、もうそうするしかねえだろうが。今は論議してる時間も貴重なんだよ、いいから――」
「わたしが全力をだします」
「は?」
シアが言いだしたことにきょとんとする。
いまさらなに言いだしてんの?
「最初からだせよと思ってますよね、すいません。意識してそれが出来るかどうかわからなかったんです。過去に一度だけ、出せたような気がするだけのものなので」
「出せたような気がする……?」
「ほとんど覚えていないんですよ。あれれって気づいたとき、両親を殺した奴らが八つ裂きになっていて、わたしは血塗れでした。たぶんあれです、暴走技ってやつですよ」
ちょっと茶化すような口調でシアは言うが、ゼクスを睨んだまま振り向きもしない。
「なので……、もしかしたら見境無しで暴れ回っちゃうかもしれないんです。危ないのでご主人さまは逃げてください」
そう言うとシアはおれの返事は待たず、全力とやらのために集中を始めた。
はたしてそれは本当に集中なのか。
過去に一度、突発的におとずれた状態を再現するために最も効率の良い方法なんておれは一つしか思いつかない。
その状態になる直前、その状況を克明に思い出すことだ。
「…………くッ……」
絞り出すようにシアがうめく。
呼吸が荒くなり、体は強張りわずかに震える。
すると――、ぼんやりとした燐光がシアからはなたれ始めた。
一方、ゼクスも靄を取りこみ続けた結果、その体にも仄暗い光が灯っている。
シアとゼクスはそれぞれ印象の違う光を灯し夜闇に浮かび上がる。
そして――、決着をつけるための戦いは始まった。
△◆▽
それまでもついていけない戦いを繰り広げていたシアとゼクスだったが、そこからさらに一段あがり、もはやバケモノ同士の殺し合いと相成った。
互いにその身がどれほど強化されているのか。
双方共にとどまっての殴り合いではもちろん、距離を取っての突撃、その勢いを乗せての攻撃すらも通らない。
シアの鎌に斬りつけられようと引っ掛けられようと、ゼクスの仄暗い光を宿す毛並みは傷つきはしない。
魔技による斬撃なら話は違うのだろうが、魔技を繰り出すための一瞬の溜めでもゼクスにとっては距離を取るには充分な隙になる。
逆に、ゼクスの爪を受けようともシアが負傷することもない。
メイド服は裂かれるがそれだけだ。
それまで鎌で受けとめていた攻撃をかまわず受け、反撃することに注力する。
まるで打ち負け、先に音を上げた方が敗者であるとでも言うような攻撃の応酬だった。
「ああ、くそっ」
シアはゼクスと互角に戦っている。
だがそれはいつまでだ?
長い時間あの状態を維持出来るならば逃げろなんて言わないだろう。ゼクスが限界を迎えるまで自分は保持出来ないとわかっていたからこそ逃げろという言葉が出た。
しかし、例え逃げたとしてもシアが負けたらそれはなんの意味もない話なのだ。
おれたちが森を抜けるまでにゼクスはおれたちを皆殺しに出来る。
ここはもはやシアに勝ってもらうしか生き残る手立てがない。
それに、だ。
命をかけて時間を稼ぎ、おれを逃がそうってんならまずメイドを辞めてからにしろボケが。
メイドであるかぎり見捨てるわけにはいかないだろうが。
「ガアアアッ!」
「はああ――――ッ!」
お気楽アホメイドが絶叫するように声を振り絞り、懸命に食い下がるのを見ている事しか出来ないでいる。
無理矢理にでも援護をすべきと思う一方、もしその援護が多少しか効かなかったら? シアが言ったように倒しきれなかったら? もし手傷を負った状態で逃がしたら? ――考えれば考えるほど状況が悪くなる。
おれたちはここにいる四人だけじゃない。
生徒たちがいる。
後のことを考えるとここでゼクスを逃がすわけにはいかない。
おれたちの生存条件は今ここでおれたちを皆殺しにする気になっているゼクスを倒さなければ達成できない。
だが、どうすれば?
ゼクスの強化、もしかしたらあれは一時的なものではないのかもしれない。なにしろ仲間を喰らっての強化だ。一時的ではなく進化、変異、レベルアップといったものに近いとしたらシアが不利。
シアの強化は蓄えた魔素を一気に使っての強化。
おそらくは自己強化系の魔技――、といったものだろう。
しかしシアが本気と言ったあの状態は箍を外して無理矢理力を引き出しているようにしか見えない。
後のことは一切合切放棄した全身全霊の特攻だ。
長く持つはずがない。
おれの全力〈魔女の滅多打ち〉のようなもの。
ならばシアがあの状態で戦えるうちに状況を好転させなければならない。
おれの手札は何がある?
「雷撃は……、当たらん」
だが、もし当てることが出来れば。
威力だけに絞った〈雷花〉を当てることが出来ればシアが魔技の斬撃を叩き込む隙を生み出せるかもしれない。
しかしまずはその雷撃を確実に当てなければならない。
「針仕事は……、まだいけるか?」
もうすでに〈針仕事の向こう側〉は使用している。
だがこの効果をさらに引きあげることが出来ればおれもゼクスの動きを捉えることが出来る可能性はある。
試したことはないが〈魔女の滅多打ち〉を初めて使った時それに近い状態を体験した。〈針仕事の向こう側〉はまだ上がある。
意識をさらに加速させた状態で狙い撃てばいけるか?
いや、雷撃で隙を作るなら少なくとも必ずそこで倒せるという確信が持てない限りやるべきではない。
「魔女は……、使いどころが……」
そもそも有効な直接攻撃の手段を持たないおれが〈魔女の滅多打ち〉で身体強化してどうするという話だ。
突っこんだところでゼクスにとっては引き裂かれるために近づいてきた血袋でしかないだろう。
そしてシアにとっては邪魔以外の何者でもない。
では例えば、決闘でレグリントにやったようにゼクスに叩き込んでみてはどうだろうか。
強化されすぎまともに動けなくなり、効果が切れたあとは痛みで動けなくなる。
だがもしレグリントのようにかろうじて制御した場合、事態は最悪になる。
あの状態のシアでようやく拮抗を保っていられる相手がさらに強力になろうものなら〈魔女の滅多打ち〉の効果が切れる前にこっちは全滅だ。
「ああくそっ、びっくりするほど役にたたねえ……!」
自分の不甲斐なさに腹が立つが、そもそもあんな怪物を相手にすることは想定したこともないのだ。
絡んできたゴロツキを適当に退散させるくらいの自己防衛力があれば生きていく上では問題ないと思っていた。
格上相手と戦うための能力など必要ないと思っていた。
そんな相手と戦うような状況にはならないと――、ならないようにしようと思っていた。
想定が甘かったと言えばそれまでだが、いくらなんでもあんな怪物と遭遇するなど誰が予想できるものか。
「なんかねえのかよ……」
あとの能力――、〈炯眼〉は使う意味がない。
もう一つの能力にいたっては名前すら忘れた。
道具は?
妖精鞄に入っている物は遭難を想定しての道具が主だ。
役に立つわけがねえ。
奴は犬なんだからチョコレートとか口にねじ込んでやったら中毒で死んだりしないか?
まあこっちのチョコがあの犬もどきに効くかどうかもわからないし、そもそも口に放り込めるような奴ならこんな苦労はしていない。
こんなことなら銃の一丁でも作りだしておくべきだったか?
単純な技術での再現は難しいかもしれないが、魔導学の技術で魔道具としてなら可能だろう。
いや、銃があったとして、それこそ当てられるかどうかという話か。
もしかしたら〈針仕事の向こう側〉でどうにか出来るかもしれないが、弾の一発でゼクスを倒せるとは思えない。
せいぜい音でびっくりさせるくらいだろう。
「……びっくり?」
ふと――、思いつく。
出来るだろうか。
もし出来るなら〈雷花〉を当てることも可能だろう。
一瞬の隙。一発の雷撃。まだダメだ。
他に使える物――、と考えたとき、使いどころがなくてずっとほったらかしだった物を持っていることを思い出した。
鍛冶師クォルズ作の特殊短剣――縫牙。
突き刺せばおれが「抜けろ」と念じるまで刺さったままになるという微妙に使いどころのない効果を持つ短剣だ。
だがこれをゼクスに突き刺すことが出来たら――。
柄頭の輪にワイヤーを取りつけ、その端を腕に巻き付けておけばおれは狙う必要なく雷撃をたたき込み続けることが出来る。
直に強力な雷撃を流しこまれ続けられたらいくら奴でも動きは止まるだろう。
では縫牙を突き刺すためにはどうすれば?
投げては当然刺さらない。
ならば突撃して刺すしかない。
シアの斬撃でも切り裂けない状態のゼクスだが、突撃しての刺突ならばどうだ。
ほんのわずか、切っ先だけでも刺さればいいのだ。
やることは決まった。
隙をついての強雷撃、行動不能となる数秒で突撃して肉薄、そして勢いそのままに縫牙を突き立てる。
ここが限界以上の〈針仕事の向こう側〉の使いどころだろう。
「ミーネ、それとメアリーさん」
おれは急いでミーネたちのところへ向かい、思いついたことを話す。
この作戦には二人の協力が欠かせないのだ。
※ご指摘のあったコボルト王の耐久性について主人公の解釈を追加しました。
修正前は説明が無く「なんかよくわかんないけど雷撃効きにくいし硬い」状態でした。
2016/09/30
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/11
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/21
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/26




