第146話 11歳(春)…コボルト王
広場は一度暗闇に包まれたが、ミーネが魔術の炎を灯したことで互いの確認が出来るくらいの明るさが生まれた。
「しびびびび……」
雷撃を喰らったメアリーは地面――、ついさっきまで屋根だった場所に転がってぐったりしている。
「まさかなー、まーた喰らうはめになるとはなー……」
倒れていたラウスがぼやきながら起きあがる。
おれの〈雷花〉は範囲を広げれば広げるほど威力が下がるっぽいので、ダメージ自体はそう心配することもない。
広場はミーネの魔術によって耕され、何もかもが地中に埋まった。
結果として広場の地面は盛りあがるように高くなり、即席の砦も埋没してしまっている。
おれは妖精鞄をひっくり返して残りのたいまつを吐きださせ、ミーネから火をもらって明かりにする。
「じゃあ、穴を開けるわね」
ミーネが足元に剣を突き立てて穴をあける。
建物ごと埋まってしまったので生徒たちは生き埋め状態だった。
「みんな生きてるー?」
内部はまだ明かりが残っており……、皆はぐったりと感電して倒れたままの状態でいた。
「ま、まあ、みんな無事みたいだな。ミーネ、あと最後に土でこれくらいの……、燭台みたいなものを幾つか作ってくれるか? あとはおれたちでやるから、おまえはゆっくり休んでくれ」
「んー」
ミーネはうなずき、剣で地面をつついて自分の身長くらいある土の燭台を周囲に三つ拵えた。
お疲れなのだろう、イメージがぼやけているのかそれは燭台や灯籠と言うより蟻塚である。
だがたいまつを刺しておく分にはなんの問題もない。
このあと教官と生徒たちをひっぱり上げ、それから周辺の調査といきたいところだ。
おれはミーネの拵えた蟻塚にたいまつを突き刺そうとして――
「まだッ!」
転がっていたメアリーに足を掴まれつんのめる。
と同時、おれの頭上を風がなで、次の瞬間には蟻塚の上部が吹っ飛んでいた。
「クッ!」
忌々しげに唸ったのは茶色い毛並みのコボルト。
埋め残しがいた!?
咄嗟におれは指を鳴らし、雷撃を放つ。
――が、そいつは雷撃がほとばしり始める瞬間には身を引き、雷が届かぬ位置まで移動する。
「避け!?」
いや、避けたと言うより予測しての退避だった。
卓越した魔道士は魔術者が使う無詠唱の魔術を魔素の変化から予測して防ぐと母さんの授業で聞いたが、奴もそういうことなのか?
あ、だから一網打尽作戦を生き残りやがったのか。
「まてこら!」
闇に紛れられては面倒!
おれは範囲を広げた雷撃を放とうとする。
そこに――
「ガァッ!」
別の方向から灰色のコボルトが襲いかかってきた。
隙を突く時間差の攻撃。
おまけに暗闇の向こうから加速をつけてこられるとなると、素のおれでは咄嗟に反応できない。
伸ばした腕が――、その手の鋭い爪がおれをえぐろうと迫る。
思考が止まった瞬間――、そこにラウスが割りこんだ。
「ぐおっ!」
ラウスはおれを押しのけるようにかばい、身代わりに背中を引き裂かれて倒れこんだ。
その隙に茶色は闇にまぎれ、灰色は追撃することはなく同じように闇に溶ける。
「わたしが警戒してます! メアリーさん、ラウスさんを!」
「ちょっち待ってね!」
シアに言われ、メアリーは素早く立ちあがると持っていたポーションをラウスの傷にかけた。
「す、すまねえな……」
「けっこう深いです! 治りきるまでにちょっと時間がかかりますからラウス先輩はそのまま――、あ、いや、ちょっと我慢してくださいね!」
「おい? ちょ!? ちょおぉ!? ――ぐおっ!」
メアリーは問答無用でラウスを穴に放りこんだ。
無茶苦茶する、とは思ったが、状況が状況だ。
おれは立ち上がり、同時に〈針仕事の向こう側〉を使用する。
これで少しは対処できる。
「サーカム先生! ちょっと先輩の面倒みててください!」
「いや俺を上にあげてくれ!」
「あ、そっすね!」
メアリーが穴に手を伸ばし、サーカム教官を引っ張り上げた。
サーカムはざっとおれたちを見回して言う。
「ミネヴィアは疲労しているだろう! 君も下へ――」
「嫌よ! ここにいるわ!」
「――そ、そうか。だが危ういと判断したら下へ行ってもらうぞ!」
おれ、シア、ミーネ、そしてメアリーとサーカムの五人で穴を中心にそれぞれ死角をカバーするよう背中合わせに構える。
「やたら素早いわ。おそらく亜種よ。気合い入れ直して」
夜目のきくメアリーは周囲を見回しながら真剣な声で言う。
だが――、暗い。
死角を塞ぎ合う意味が薄いほどに暗い。
「まずは明かりをどうにかしよう。ミーネ、おれが出したたいまつや薪をまとめて燃やしてくれ。メアリーさんは警戒。シアと教官はたいまつをあちこちに放り投げてください」
ミーネがすぐさま火をつけ、燃え始めたたいまつをシアとサーカムがそこかしこに投げ捨てる。
辺りはすっかり耕されているので燃え広がる物がないこと、それだけは心配いらなかった。
あちこちに灯火が生まれたが、それでも辺りはまだ暗い。
おれたちのいる場所の周囲がかろうじて見渡せるだけで、広場のほとんどは闇に覆われている。
正直まいった。
ここに誘き寄せ、おれが雷撃で痺れさせているうちにミーネが土の魔術でまとめて埋める。
コボルトの群れならこれで片付くと思っていた。
無詠唱の魔術を察知して退避するような奴がいると想像することができなかった。
だが今は悔やんでいる場合ではない。
もうここから先はガチンコだ。
「最低でも亜種二体……、で、ゼクスもいるだろうな」
黒い毛並みのあいつをこの闇で見つけるのは困難だと思われた。
が――
「我らで最後ダ」
投げた明かりの一つにゼクスがわざわざ姿を現した。
ここまでくると……、流石にその違和感を無視できない。
なぜこいつはこんなに戦う気がないんだ?
「まっタく余計な。死んだと思わせておケばよいものを」
元々自分だけが呼ばれ、自分だけで移動するつもりでいたゼクスにとってはミーネの魔術で死んだことになっていた方が都合としてはよかったのだろう。
しかし亜種の二体がちょっかいをかけてきて、生存の可能性を示唆する結果になってしまったため、嫌々ながら現れたということか?
「みんな、あの王ちょっと妙よ。まだ何かあるのかも。何かって何って聞かれても困るけど、注意はしておいてね」
メアリーもゼクスに対し違和感を覚えているようだ。
一般的にコボルトの王種は群れの王だ。
それが仲間を皆殺しにされてもあの落ち着きよう、戦意のなさは異常だ。もはや不気味ですらある。
「こうなっタら確実に始末しろ」
そう命じ、トッ、とゼクスが地を蹴ったと思った瞬間、奴は滑るようにおれたちへと迫った。
しかしそれは半ば予想していた行動であり、おれは即座に迎撃の〈雷花〉を放つ。
「ハッ」
それを――、ゼクスは鼻で笑いやすやすと躱す。
雷の花、その範囲を予知でもしたように的確に迂回し、ジグザグに迫る。
シアがおれの前に立ち、雷撃をくぐり抜けてきたゼクスを迎え撃とうとする。
ゼクスはかまわず腕を振りあげ、無造作に振りおろした。
シアはその腕を鎌で引っ掛け払い捨て、もう一方の鎌でゼクスの首を狙うが――、奴は上半身を軽く捻ってそれを躱す。
さらにシアは追撃。
手数で攻めるが――、ゼクスはその全てをその場にとどまったまま躱してみせる。
あのバカみたいに速いシアの攻撃を余裕を持ってやり過ごしているのを目の当たりにして、おれは今更ながら血の気が引いた。
こいつを任せきりにしたらシアが危ない。
ならば――、シアが押され気味な状況においては、仕切り直させるためにおれが雷撃で牽制する必要がある。
雷撃を放とうとすれば、ゼクスはその瞬間に距離をとる――、とってくれる。
シアはもろに雷撃を浴びることになるが、メイド服のおかげでダメージはない。
おれはメイド服に宿ったおれ殺しの効果に今はただ感謝した。
「おれとシアはゼクスを押さえる! 残りは――、頼む!」
選択の余地がなかった。
ゼクスに食いさがれるシアが倒されたらおれたちはお終いだ。
状況はメアリーと教官に亜種二体を倒してもらわないことにはジリ貧になる。
ミーネは――、もうさすがに無理をさせるわけにはいかない。
あいつが強いのは知っているが、いくらなんでも今の状態で戦わせるのはあまりにも荷が勝つ。
もうミーネは限界のはずなのだ。
※ご指摘のあったコボルトの雷撃回避について修正を行いました。
修正前は雷撃が発生してから避るという状態になってました。
2016/09/30
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/31




