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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第144話 11歳(春)…襲撃

 暗闇のなか一本のロウソクを灯している。

 頭上には綺麗な星空があるが、今は眺めていられるほど心に余裕がない。


「うぅん、うん……、うん?」


 おれをソファにして眠りこんでいたお姫さまが目を覚ます。

 なんで抱っこされているんだろう、みたいな顔をしていたが、やがて今の状況を思い出したのかおれから離れて立ちあがった。

 やっとソファ役からの解放だ。


「いま何時くらい?」


 尋ねられ、ロウソクの明かりで時刻を確かめる。


「もうすぐ九時ってとこだ。三時間くらい寝てたな」

「あ、結構眠れたのね」


 うーんと背伸びをしたり捻ったりしてミーネは体をほぐす。


「シアは?」

「シアは下だ。みんなを落ち着かせてる」


 寝ろとは言ったが、さすがにこの状況で眠れるほど神経の図太い生徒はいなかった。

 外というのも落ち着かないらしく、誰からともなく生徒たちはミーネの作ったトーチカのような砦にひっこみ、そこで静かに休んでいる。

 一方、大人たちはと言うとさすが。

 こんな状況でもちゃんと睡眠を取っているようだった。


「調子はどうだ?」

「ずいぶん楽になってるわ」


 しばらく眠ったからといってやはり全快とはいかないようだ。


「あと一回いけそうか?」

「いけるわ」


 浮かべるのは不敵な笑み。

 まったく頼もしいかぎりだ。

 おれはミーネに何か食べさせておこうと思ったが――


「「――ッ!?」」


 虫の音もしなかった外壁の向こう。

 唐突に全方位からザザザッと草をかき、落ち葉を散らす音が聞こえ始めた。

 それは次第に大きく、多く――


「ミーネ、たいまつに火を」

「了解!」


 ぴょん、と建物から飛び降り、ミーネは広場のあちこちにあるたいまつに魔術で火を灯していく。

 眠っていたサーカムはすぐに起きあがり、近くにあった火のついたたいまつを持って建物の中へ。

 ラウスとメアリーの二人は立ち上がり体をほぐしていた。


「おいシア! みんなの準備を手伝ってやってくれ!」

「わかりました! はーい、みなさーん! 朝ですよー!」


 とうとう訪れた瞬間に、生徒たちは動揺しているようだった。

 無理もない話なのだが。


「よっと、やっぱり来ちまったか」

「何事もなく朝を迎えたかったっす!」


 準備運動がすんだか、ラウスとメアリーが屋根の上へと上がってくる。


「これだけのたいまつでも、それなりに明るくはなるな」


 ラウスは広場を見渡して言う。

 ミーネによって外壁や広場のあちこちにあるたいまつに火が灯され、充分とは言えないが、うすらぼんやりと広場全体が見渡せる程度の光量が生まれている。


「ご主人さま、みなさん準備オッケーです」


 シアが言い、屋根へとぴょんと跳びあがってくる。


「火をつけてきたわ!」


 続いてミーネがこちらに戻ってくる。


「わかった。じゃあ入り口を埋めてくれ! そしたら上へ!」

「ん!」


 火を灯し終えたミーネに建物の出入り口を塞いでもらう。

 これでもう建物への出入りは出来なくなった。

 いよいよ戦いの瞬間がおとずれ、サーカムは建物内で生徒たちを激励するように語り始めた。


「お前達はついている! この、魔物との突発的な遭遇という冒険者であれば避けられない状況をこれほど早く経験することが出来たのだからな! それも王種というほとんどの冒険者が会うことのないとびきりの相手とだ!」


 なんか教官が無茶苦茶言ってるぞ……。


「だというのに、お前達は何をそんなに怯えている! よく作戦を思い出せ! お前達は怯えなければならないほどの仕事をするわけではないだろう! せいぜいささやかな手伝い――、その程度のものだろうが! 思い出せ! 正面切って戦うのは誰だ! 思い出せ! この作戦を考えたのは誰だ! 思い出せ! 入学試験、お前達を教員もろとも雷撃で薙ぎはらった者は誰だ!」


 あれ、なんか話の雲行きが……?


「さあ全員で言ってみろ! もちろん家名でな! さあ誰だ!」

『レイヴァース……!』

「そうだ! その通りだ! では決闘に勝ち、お前達の懐を温かくしてくれたのは誰だ!」

『レイヴァース!』

「わかっているじゃないか! それでは最後に聞こう! コボルト王種とレイヴァース卿、恐いのはどっちだ!」

『レイヴァースッ!!』


 待てやコラ。


「よし! 全員戦闘準備!」

『はい!』


 教官……。

 ま、まあ、仕方ない。

 おれをダシにして生徒たちが奮起するなら……、状況が状況だ、仕方ない。

 おれがちょっと苦々しい表情でいると、屋根の上にいる他の連中――、シア、ミーネ、ラウス、メアリーの四人はニヤニヤしていた。


「こっちもほれ、準備しろ」


 おれは手を振って四人に指示。

 外壁の向こうからは相変わらず動き回る音がする。

 音はしばらく続いたが、やがて静まったかと思うとそこで音の主が外壁の上に這いあがり姿を現した。

 コボルト――、やはりコボルト。

 全身を体毛に覆われた犬の頭をした人型の魔物。

 コボルトは次々と壁の上へと上がってくる。

 次々と、次々と――


「うわー……、いっぱいー……」

「ですねー……」


 うんざりしたようにミーネとシアが言う。

 げんなりする気持ちはよくわかる。

 なにしろ多い。

 最終的には広場を囲む壁の上部、そこを埋めるほどの数となった。

 なんとなく電線にずらっと並ぶスズメを連想してしまう。

 そんな可愛い代物じゃあねえけども。

 ざっと目算してみたところ数は百前後だ。

 奴らは壁に登りはしたがその場にとどまり、すぐさま襲いかかってやろうと飛び降りてくる奴はいなかった。

 壁に囲まれ出入り口のない広場。

 中央には背の低い妙な建物があり、その屋根には子供が三人、大人が二人。

 見るからに怪しい。

 警戒も当然だ。

 しかし、だとしてもたった一体すら降りてこないとは……。


「罠を警戒しているんですかね?」

「だろうな。まあ罠だし」


 シアの言葉に苦笑して返す。

 おれたちとコボルトたちの睨み合いはしばらく続いたが、やがてそのなかの一体が大きめの声で話しかけてきた。

 他の奴らより大柄で、闇に溶けるような黒い毛並みをしたコボルトだった。


「仲間ヲ殺したのはお前達か?」


 かなり流暢に喋る。

 少なからず驚いたが表情には出さないように堪え、そして答える。


「そうだ」

「狩人にしテは幼いな……」


 やはりおれたちのことを自分たちを狩りに来た冒険者だと思っているようだ。

 ありがたい。

 もはや交渉うんぬんはあり得ないだろうが、こうして会話をするほどにはこちらに興味を持っている。

 好都合――、ならばその誤解を補強する。


「西に何がある?」


 問うと、黒いコボルトは驚いたように身じろぎした。

 ミーネが言いだした目的地が西という話はどうやら間違いではなかったらしい。女のカンというやつだろうか? それとも野生のカン?

 なんにしろ、おかげで奴らの誤解は完全なものとなった。


「この規模の群れをこんな人里の多い地域にまで率いてきて、気づかれないとでも思ったか?」


 まあ実際は気づかれてなかったんですけどね。


「西に何がある?」


 楽園にでも戻るのか?


「知らヌ」


 黒いコボルトは吐き捨てる。


「我ヲ呼ぶものガいる」


 答えを期待しない――、誤解を補強するだけの問いかけにすぎなかったが意外にも黒いコボルトは答えた。

 言い知れぬ不吉さを覚えさせる答えではあったが。


「それで群れを率いての大移動か」

「違う。呼ばレたのは我のみだ。こいつラは勝手に付いてきた。捨て置けばもっと早く辿リ着けるだろう――、が、同朋、捨て置くことも出来ヌ。結果、このていたらくではあるガ」

「何がおまえを呼ぶんだ?」

「知らヌ。それはただただ参ぜよと命じる。目を開いても目を閉じても、繰り返し繰り返し参ぜよ参ぜよと。それは我に名を授けタもの故、我はそれに従わなければナらぬ」


 王種に名を授け、従えるもの?

 何だ?

 犬の覇種とか?

 いや、覇種は邪神に特攻してみんな死んだって話だ。

 じゃあ……?


「我は征かねばならヌ。障害はことごとく引き裂き、噛み砕く。運がなかっタと諦めよ」


 わからない事だらけだ。

 ギルドに報告するためにも、もっと情報を引き出したいところだが王はもうお喋りに飽きてしまったようだ。

 仕方ない、最後にその名前とやらと聞いてみるか。


「その名とやらを聞こうか」

「ゼクス」


 あ?

 ああん?

 あああああぁん!?

 ちょっと待てやコラ!

 ゼクスだぁ!?

 何でわんこにゼクスなんて名前がついてんだよ!

 どうしておれがセクロスでおまえがゼクスなんだよ!

 ゼクスつったら、おれがこっちに生まれ落ちてすぐもしそうだったらいいなって思いを馳せた名前じゃねえか!

 セックスなんて名前は論外だが、もし〝せ〟に濁点がついてりゃあおれはゼックスだった!

 ついでに小さい〝つ〟が消えてりゃあゼクスだった!

 例えそれが望みすぎだったとして、それでも――、このセクロスであっても〝せ〟に濁点さえあればゼクロスだった!

 いける!

 ゼクロスならいける!

 なのにおれには濁点がなかった!

 濁点! 濁点が!


「おいコラてめえ〝濁点〟よこせやオルァ!」

「……何の話ダ?」


 コボルト王――、ゼクス(ちくしょう!)がやや困惑する。


「ちょっとご主人さま! 時と場を選んでキレてくださいよ! 相手の名前をやっかんで冷静さを失ってる場合じゃないですよ!?」

「だってだって! だって〝濁点〟が!」

「だってじゃないです! いやご主人さまがどれだけ〝濁点〟欲しいかはなんとなくわかりますけども! 時と! 場合を!」

「ねえねえ、ダクテンってなにー? それニホン言葉?」

「あーもーッ! ご主人さまのせいで緊張感がだいなしにッ!」

「だってーッ!」


 おれたちはわちゃわちゃし始めてしまったが、ゼクスにしてみればそんなことは知ったことではない。

 ゼクスは右腕を伸ばし、さっと仲間たちに振って見せる。

 それが開戦の合図となった。


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