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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第143話 11歳(春)…一夜城

 一夜城と聞いて日本人が連想するのは豊臣秀吉の墨俣城(すのまたじょう)だろう。

 だがおれはそこからさらに墨俣城を刺又城(さすまたじょう)と勘違いして覚えていた元いた世界のクラスメイトを思い出す。

 記憶というものはなぜ自分では消すことができないのだろうか?

 おれはまず最初にミーネにこの広場をぐるりと囲む土の壁を作ってほしいと頼んだ。

 高さは二メートルほど。


「低くない?」

「まずは外からこっちの様子がうかがえないようにするのが目的だからいいんだ」

「こっちの姿を見られないように?」

「姿というか……、正体だな。シアにシチューを撒かせているのもその一環だ。臭いで人の多い少ないを判断されないように。まあ実際に効果があるかどうかは怪しいところだが、出来ることはやっておいたほうがいいだろ?」

「んー、それはそうだけど、正体ってどういうこと?」


 ミーネが問う。

 生徒たちもどういうことかわからずにきょとんとしている。

 教官や冒険者二人はふと理解したようだが、それに何の意味があるのかよくわからないようで、顎に手をやったり首をかしげたりしている。


「正体ってのはおれたちが迷い込んできた子供たちの集団だってことだな。それを伝えることができた奴はシアが倒した。じゃあ奴らはおれたちを何だと考えると思う? 奴らが得られる情報は仲間が助けを呼ぶこともできず倒されるような手練れがいるということ、そしてそいつらが広場に砦を拵えているということ、この二つだ」


 ミーネはふとうつむいて考えこみ、ちょっと自信なさげに言う。


「自分たちを狩りにきた冒険者?」

「そう。そう判断するしかない。この作戦っていうのはその誤解が重要になるんだ。だからこっちの正体がバレないためにも――」

「まずは壁がいるのね。わかったわ」

「無理に範囲を広くする必要はないからな? ミーネの力がちゃんと及ぶ範囲で頼む。すぐ出来るか?」

「単純な構造なら……、うん、がんばる」


 むん、と気合いをいれるとミーネは立ち上がり剣を抜く。

 皆が見守る中、ミーネは剣の切っ先を地面に立て柄頭に両手を重ねる。目を閉じ、この広場を囲む外壁のイメージを出来るだけ精巧なものにしようと集中を続ける。

 そして――


「ふん!」


 気合いを込めて剣を地面に突き立てる。

 一拍おき、ズゴッと広場を覆い隠す外壁が地面から生えた。

 どれほど正確にイメージしたのか、明確に思い描いたのか。

 直径六十メートルほどの円を描く外壁があっという間に完成した。


「どうかしら?」

「すげえな。いやホントに――、って」


 ミーネは得意げに言うが、その足もとがちょっと怪しかった。

 ふらつくミーネを抱き留めてすぐにその場に座らせる。


「ちょっとふらっとしただけよ、まだやることあるんでしょ?」

「そうだが、まずは少し休め。次はこの中心に小さい砦を建ててもらうから」


 おれは手帳を取りだし、そこに具体的な形を描いて見せる。

 頑丈さが重要であって複雑な構造は必要ない。

 なので高さ三メートルほど、内部は直径六メートルほどの広さのある円筒状の建造物を依頼する。


「こんな感じにすればいいのね」

「後で壁の厚みとかも考えて、だいたいの大きさを地面に描いておく。それまで休憩しててくれ」


 まずは必要だった外壁が完成したので、ミーネを休ませている間におれはこれからの計画を順番に説明していく。

 作戦の全貌を聞き、生徒たちの表情がわずかに明るくなる。

 一方、冒険者二人は困惑した顔。

 サーカム教官に至っては愕然とした表情だ。


「それでは君たちだけに危険を押しつけることになってしまう」

「仕方ないですよ。やれる奴がやれることをやらないとどうにもならないので」


 おれがそう言うとサーカムは険しい表情になった。

 この作戦では教官はあまり戦闘に参加せず生徒たちを指揮――、裏方に回ることになる。

 正面切って戦うのはおれと金銀、そして冒険者の二人だ。

 納得しきれずにいるサーカムにメアリーが言う。


「サーカム先生、これは仕方ないですよ。生徒たちを指導するのは先生の役目ってもんでしょう?」

「むぅ……」


 この作戦の是非について話し合うことは意味がない。

 今現在、戦う力のない生徒たちの安全を優先するならこの作戦でいくしかないのだ。もしより良い代替案を提示してくれるなら、おれは喜んでこの作戦を破棄してそっちの案に従う。


「すまん」


 サーカムは悔しそうに言う。

 この作戦でいくのを認めたようだ。


「じゃあ俺たちはまずたいまつ作りか」


 ラウスが言い、それから生徒たちと一緒になってたいまつ作りに取りかかる。なにしろ夜間の戦闘だ。このなかで夜目がきくのはメアリーだけ、ならば照明は必要になる。

 焚き火用に集めてきた薪の先端に裂いた布や毛布をぐるぐると巻き、そこにおれが持ってきた油を染みこませ、即席たいまつは完成だ。


「いろんなもの持ってきてたのね」

「念のためだったんだがなぁ……」


 休憩しているミーネの呟きに、苦笑しつつ返す。

 もう妖精鞄はバレバレだったが、状況が状況、仕方ないと諦めた。

 たいまつは生徒たちに頑張ってもらって二百本ほど作り、サーカム、そしてラウスとメアリーの三名は出来上がった端から外壁の内側に、そして広場のあちこちに突き立てて回る。

 これはその時が来たら火を灯し夜闇を払う照明にするためで、作られるたいまつの半数ほどを使用。

 残りは順次使用するために温存である。

 薪はここを無事切り抜けた後に使用するので、これも温存。

 次に戦闘のため生徒たちは一人一本即席の槍を作る。

 長い木の棒に持参した剣をくくりつけただけの代物だがそれでかまわない。


「ちょっとご主人さま、人が言われた通りせっせとシチュー撒いてたのにいきなり壁作って閉め出すとかひどくないです?」


 やがてカラになった大鍋を抱えてシアがやってくる。

 そういえば忘れていた。

 が、それを正直に言うと怒るので誤魔化す。


「いやほら、おまえなら簡単に飛びこえられる高さだろ?」

「まあそうですけど……、追いだされたみたいな感じがしてちょっとイラッとしました。――で、この状況はいったい?」


 生徒たちがせっせとたいまつを作っている様子を見てシアが言う。

 おれはざっくりと作戦の概要を説明した。


「なるほど……。で、わたしはしばらく周囲の警戒ですか」


 機動力が突出しているので、警邏はシアが適任だ。


「わかりました。ついでに魔素をチャージしてきましょうかね。念のために出来るだけいっぱい」

「そうだな。そうしておいてくれ。暗くなり始めたら戻れよ。そのころには準備は終わる」

「はい。ではでは」


 シュタッと手を挙げたあとシアは広場から出ていった。

 それからしばらくおれはたいまつ設置を手伝い――


「あのー、あのー、せんせー、レイヴァースせんせー、私たち本当に後は休んでるだけでいいんでしょうかー。なんか役立たずはじっとしてろみたいな感じがして、すごくいたたまれないんですがー」


 作業が終わったところでメアリーがそう言ってきた。

 しかしやってもらうことがない。


「今はとにかく休んでおいてください」

「うぅ、そうっすか……」


 大人たち、そしてたいまつを作り終えた生徒たちも後はとにかく休んでもらう。


「さて、それじゃあ……」


 またミーネに頑張ってもらわないと。

 負担ばかりで心苦しい限りだが。


    △◆▽


 ミーネの魔術によって広場の中心に円柱状の建物が誕生する。

 次に入り口を作り、壁面にはぐるりと矢狭間のような穴を開けてもらって抗戦のための砦は完成した。


「えー、ひとまず準備は終わりました。なのでみなさん、あとは適当に寝転がって休んでいてください。出来れば寝てください」


 そう指示をすると、サーカムやラウス、メアリーはそれぞれ地面にごろ寝して睡眠を取ろうとする。

 生徒たちは戸惑っていたが、大人たちを真似、寄り添うようにして地面に寝転がった。


「んー、わたし寝るね」


 おれが建物の上で座っていると、ミーネが上にあがってきた。

 そして何を思ったか、おれの正面、もたれかかるように座り込んだ。

 普段なら「邪魔じゃ!」と弾き飛ばすところだが、今回ばかりは好きなようにさせてやる。

 おれをソファ代わりにして寝ると言うなら好きなだけ寝るがいい。


「ねえ、あとで使う魔術に名前をつけようと思うの。なんかあの、ニホン言葉でいいのない?」

「なんでわざわざ……」


 そうは思ったが、ミーネがその方がいいと言うなら考えてやらなければならない。

 こういうのはシアが好きそうだが、まだ帰ってこないので適当と思える造語を作って教える。

 ミーネはそれをぶつぶつ呟いているうちに眠ってしまった。

 辺りはそろそろ暗くなり始めている。

 あとはあっという間に夜闇が忍び寄り、周囲を真っ暗にしてしまうことだろう。

 コボルトの群れは来るだろうか。

 こなかったら?

 ならば警戒しすぎだったと笑い話にするだけだ。

 きっとミーネはあんなに頑張ったのにと怒るだろうが、それならばそれでいい。

 何か美味しいもので機嫌をとって、それでいつも通りだ。


※生徒の人数間違いを修正しました。

 2018年2月23日

※文章の修正をしました。

 2020/02/08

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/04/30


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