第142話 11歳(春)…作戦
サーカムとラウス、そしてメアリーの三人が話し合っている傍らでおれはほぼ昨日と同じシチューを作っていた。
なにか提案があれば言って欲しいと言われたが、今のところ料理をしつつの聞き手にまわっている。
おれなりにこの状況を打破するための作戦――のようなものは考えついていたが、もしかしたら大人たちが妙案を捻りだしてくれるのではないかと期待して結論が出るのを待っていた。
それに、思いついた以上の、もっと冴えた作戦をこのわずかな時間で思いつけるのではないかという希望的観測もあった。
「ご主人さまー、相談にまざらなくていいんですか?」
料理の手伝いをするシアがそっと囁く。
話し合いを続ける教官たちの表情は険しく、周囲に集まってそれを見守る生徒たちも不安な表情を浮かべている。
「いいんだ。腹が減ってはなんとやらって言うだろ? まず食事を用意する。その頃には方針が決まるだろうし」
答えるが、シアは浮かない表情だ。
「あのー、もしかして怒ってます?」
「怒る? なにを?」
「いや、わたしがその場の判断でコボルトぶっ殺しちゃったから……」
そんなことを言ってシアはおどおどしている。
おれはシアの頭をぺちんと叩く。
「もう気づかれた状態だったんだろ? ならその判断で正解だ」
「そうですか?」
「群れの反応を考えるとだな、まず仲間が戻らないと気づくだろ、それから仲間の捜索、仲間の死体を発見してそれを報告、仲間を殺した奴らの捜索、とこれだけの時間が稼げた。こうして対策を検討し、食事をとるくらいの時間は稼げたわけだ。だからまあ、よくやった」
「…………」
シアは目を白黒させていたが、やがて目を瞑って天を仰いだ。
「ああ、お母さま、お父さま、クロアちゃん、そしてセレスちゃん。お姉ちゃんは今夜死ぬかもしれません……」
「人が褒めてんのに死亡フラグ扱いとかひどくね!?」
「だってご主人さまが素直に認めてくれるなんて相当ですよ!? こんな状況だからこそ普段通りイジワルくしてくださいよ! 調子狂うじゃないですか! まったくもー!」
「えー……」
なんでおれ怒られてんの?
「ご主人さまはいつも通り不機嫌そうにしてればいいんです。妙に真面目な顔して料理作ってるもんだから、みなさんも不安になっちゃってるじゃないですか」
「そんなこと言われても……」
べつに周りの生徒たちはおれが真面目な顔をしてるから不安がってるわけじゃねえだろ。
ねえだろ?
「ねえねえ、あとどれくらいで食べられる?」
不安顔で集まっている生徒たちのなか、一人だけ夕食が待ちきれなくて側にいる奴がいる。
いつもならばあきれるところだが、なぜだろう、ここまで徹底されていると頼もしくすらあるのは。
いや、実際頼もしいのだ、このお嬢さんは。
△◆▽
夕食のシチューが出来上がったところで、食事をとりながら生徒も交え、状況の確認とこれからのことを話し合うことになった。
「まず状況の確認だ。どうやらこの近辺にコボルトの群れが潜んでいたらしい。そしてその群れは王種の率いる危険な群れである可能性が高い。元々居たのか、流れてきたのか、もう今となってはどうでもいいことだ。問題はその群れが我々を襲撃してくる可能性がかなり高いということだからな」
サーカムの話を生徒たちは青ざめた顔で聞き入っている。
手に持った器のシチューなどほぼ手つかずである。
それからサーカムはコボルトの襲撃を予見できる状況でこちらが取れる行動を順番に説明していく。
「まずは一つ目、今すぐこの場から逃げる場合について」
無事、逃げ切るのはほぼ不可能。
必ず少なくない犠牲者がでると判断された。
なにしろ、もうしばらくで日が暮れる。
暗闇の中、目印のごときたいまつを掲げ、疲れた体を引きずりながら闇に乗じて襲い来るコボルトを撃退しつつ進む――、こんなものベテランの冒険者でも無理だと首を振る。
それが冒険者見習いの訓練生とくれば考えるまでもない話だ。
一度襲撃を受け、闇深いなかでパニックを起こされたらもうお終いだろう。恐慌は伝染し、生徒たちは逃げ惑い散り散りに……。
少なくとも逃げるためには朝を待たねばならない。
「二つ目、誰かが救助を呼びに行く場合」
向かうならば冒険者のメアリー。
多少の隠密行動ができて、なにより夜目がきくらしい。
しかし気づかれた場合のことを考えるとこれは無謀。
うまく森を抜け出せる可能性もあるかもしれない。
しかしメアリーが森を抜け、人里に向かい、救助を要請し、そして戻る、これには少なくとも三日、四日はかかってしまう。
その間、こちらは冒険者を一人欠いた状態でコボルトの襲撃をしのがなければならない。
「そして……、これが最も無難な選択。まずはここにとどまって夜を明かす。襲撃には応戦。夜明けと共に移動を開始する」
無難と言うより、それしか選択肢が無い、が近いだろう。
戦うしかない――、ならば、あとはどうやって戦うかだ。
大人三人とおれと金銀、この六人だけであれば状況はもっと明るかっただろう。
だが現実はまだまともに魔物との戦闘を経験していない生徒たちを率いて戦わなければならない。
おれは生徒たちを誰一人欠けさせることなくこの状況を脱する方法をずっと考えていた。
そして一つ、なんとかなるのではないか、という可能性を見つけた。
それはやたらと一人に負担を強いる作戦で、とても胸を張れるようなものではない。
しかし、それしか思いつけなかった。
おれは作戦を話す覚悟を決める。
誰も彼も食が進まず、鍋のシチューはかなり残ったままだった。
すでに竈の火は消してあり、鍋はだいぶぬるくなっている。
おれは深々とため息をつきながら立ち上がり、まずシアに言う。
「シア、このシチューをちょっとずつ広場の外側に撒いてきてほしい」
「は?」
唐突だったのでシアはきょとんとしてしまう。
「事情はあとで話す。今はまず言われたとおり、シチューを撒いてきてくれ。おまえなら一人でなんとかなるだろ?」
「いやまあ、出来るには出来ますが……、はあ、わかりました」
怪訝な顔をしつつもシアは大鍋を抱えて輪からはずれる。
「教官、少し時間をもらいます。どうやって応戦をするか、これからおれの考えを話します」
おれはサーカムの許可を待たず話し始める。
「厳しい状況ですが……、うまくいけば被害をださずにすませられるかもしれません。ただこの作戦はある一人の力にかなり頼ったものです。と言うかその一人の頑張りがすべてで……、ミーネ」
おれは神妙な顔をしてミーネを見る。
不意に呼ばれたミーネはぽかんとした。
「力を貸してほしい」
「ふぇ? いいけど?」
おれはかつて無いくらい真剣に話してんのに、ミーネはあっけらかんとしたものだ。
「何すればいいの?」
「そのうちって話だったが――」
おれはお手上げ、とでも言うように手を広げて言う。
「ここに砦を建ててくれ」
例えばそれは、狼が襲ってきても平気なレンガの家のような――。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※生徒の人数間違いを修正しました。
2018年2月23日
※文章の修正をしました。
2020/02/08
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/08




