第140話 11歳(春)…遠征訓練3
材料は生徒たちが持ってきた食料も使っていいと言われたが、使ったところでどうにかなるようなものではなく、結局、おれは妖精鞄に入れてきた食材を使ってシチューを作ることにした。
ミーネの思惑通りになっているようで癪ではあったが、もうこうなっては仕方なかった。
ここで干し肉のスープを用意し、生徒たちを絶望のどん底に叩き落とすほどおれは鬼ではない。
まずミーネに土の魔術で竈を作ってもらう。
マグリフ爺さんとの訓練の甲斐あってか、ミーネは一目見て竈とわかる形を成形してみせた。
「どう? なかなかのものでしょ?」
「見事なもんだな……、よし、おまえにはおかわりをする権利をやろう」
とおれが言った瞬間、ザワッと周囲が騒然とする。
「あ、いや、みんながおかわりできるくらいは作るから。うん、それくらいは作るから」
慌てて言いつくろう。
いかん、飢えた者たちの前で余計なことは言うものではないな。
それからついでとミーネに魔術で水をだしてもらい、おれは野菜たっぷり肉たっぷりのシチューを鍋一杯に作った。
どこからそんな材料が出てきただなんて無粋な――、そして余計なことを言う者は一人もいなかった。
「レイヴァース家秘伝のシチューだ!」
「そうなの!?」
適当なことを言ったらミーネがなんか驚いた。
「え、あ、うん、まあそんな感じ」
おれとシアが家でせっせと作っておいたベシャメルソースを使っているというだけの話なのだが、嘘は言っていない。
このシチューを食べて生徒たちが少しでも元気に――、せめてゾンビから人間へと戻れるようにと心を込めて作った。
そして生徒たちは泣いた。
「こんな美味しいシチューは初めてだ……」
「こ、こんなに旨いものがあったのか……!」
「うぅ……、おいしい……、レイヴァース先生」
「レイヴァース先生……、うぅ、レイヴァース先生……」
「いやおまえら、おれを呼びながら食うな。なんかおれが材料になったみたいですごく嫌だから」
おれはシチューが焦げつかないように木のおたまでゆっくり鍋をかき混ぜながら、旨し旨しと食べ続ける生徒たちを眺めていた。
まあ、ここ数日は酷い食事だったし、それもあって余計にこのシチューが美味しく感じるんじゃなかろうか。
ちょっと好評すぎて生徒たちのテンションが別の方向におかしくなっていたが、一晩もすれば落ち着くだろう。
「おかわり!」
「へいへい」
真っ先に平らげたのはこの御一行のなかで最も権威のある名家のお嬢さま。
あんた器に口つけてかき込んだから、口の端にシチューついちゃってますよ?
「あ、あのー、私もおかわりもらっちゃっていいかな?」
遠慮がちに言いつつも、すでに器を突きだしてきているのは冒険者のメアリーさん。
「いいですよ、まだまだありますからね」
たっぷり作ったから全員がおかわりしても平気なくらい残っている。
そしてミーネとメアリーが皮切りだったように、皆が次々とおかわりを要求し始める。
育ち盛りの生徒たち。
やっぱり何でも出来るなとあきれるヴュゼア。
お供のクレムとイーベック。
サーカム教官も冒険者のラウスも喜んで食べてくれた。
シアは控えて一杯だけだったが、ミーネは一人だけ四杯食べた。
気づいたらおれの分はなかった。
△◆▽
昨晩の就寝は陰惨な空気すら漂っていたが、今晩は満足な食事をとれたおかげで和やかな雰囲気だった。
就寝はだいたい午後八時頃になっている。
ここから午前五時くらいまで――、約九時間の睡眠をとる。
ただしちゃんと焚き火の番――見張りも立てるので、九時間フルに睡眠を取れる者はいない。
生徒たち三人ひと組でだいたい一時間ちょっとの見張りになる。
それにつきあう引率側はサーカムとラウスが三時間、メアリーは二時間、おれは夕食を用意した功績によって一時間となっていた。
「ねえねえ、明日の夜と、明後日の夜もあのシチュー作ってくれる?」
「いや飽きるだろ」
最初の見張りは生徒がミーネとシア、それからヴュゼア、引率側がおれだった。
さらに――
「いやいやー、こんな状況だってのにあのシチューはかなりのものだったからね。あと二、三日食べ続けたって飽きやしないね」
なぜか次の見張りとなるメアリーがいる。
寝てればいいのにメアリーはおれたちの会話に混ざってきていた。
見張りがお喋りしていては生徒たちが寝つけないのではないかと考えるのは余計な心配だ。
初日とは違い、もう今となっては横になった途端にノックダウンされたように寝入ってしまう。
大声を出しても起きるかどうか怪しいところ。
もし獰猛な野生生物やら魔物やらの襲撃があったらどうするんだろう?
雷撃で叩き起こしていいのだろうか?
「いやいや、雷撃ぶちかましたら襲ってきた相手に餌を与えるようなものじゃないですか。大鍋を叩いて起こしましょう」
シアの的確な突っ込みであった。
「メアリーさんは寝なくていいんですか?」
「私? ああ、この後見張りだから起きてるよ。寝付き悪いから今から寝ようとするとすごく中途半端な感じで見張りすることになっちゃうからね。それに――」
と、メアリーはにかっと笑う。
「やっと君とゆっくり話す機会が出来たからね。いやー、ほら、日中は生徒みんなの状態に気をつけたりとか、ちゃんとお仕事はしないといけないから。特にこれギルドからの依頼だし、余計にね」
「ぼくと話をしても特別おもしろいことはないと思いますよ?」
「いやいやー、またまたー」
手をぱたぱたさせてメアリーは苦笑する。
「決闘見たよ。いやー、すごかったね」
メアリーの振った話題。
ヴュゼアはなんとも言えない苦々しい表情でそっと顔を背ける。
「予想ハズレてしばらく貧しい生活を送ることにはなったけど、あれを見る見物料だったと思えばそう悪くないってね。冒険者仲間から訓練校のAクラスの生徒だって話を聞いてたし、ならちょっと会ってみたいなってこの仕事の募集に飛びついたの。意外と倍率高かったのよー? たぶん君のせいで。まあなんとか勝ちとっていざ会ってみたらなに、何で先生やってんの?」
「ちょっと色々とありまして……」
決闘のときはもう先生だったから、冒険者に出回っていた情報はちょっと古かったんだな。
「ま、実際こうして側で見てると先生なのも納得ね。余裕綽々じゃない。貴族さまだってのに、どうしてそんな手慣れてるの?」
「それは……、いきすぎた親の教育により気づけばこんな感じになっていたと言うしか……」
「ほうほう、ご両親の教育の賜物でありますか。ちなみにどんな教育を受けたのかな? 差し支えなければ聞かせてほしいな~」
「まあいいですけど……」
と、おれは幼少よりのスパルタ教育について簡単に話した。
「頭おかしい」
率直な意見をもらった。
ぶほっ、とヴュゼアが吹きだしたが無視する。
「でもよくわかったよ。すごい両親がよくわからないまま全力で子育てするとえらいことになるんだね。いやー、君はよく捻くれず立派に育った。えらい」
メアリーはなにやらしきりに感心したあと、今度はシアとミーネのことを尋ねてきた。
結局、おれは見張りの時間を越えてたっぷりと昔話をするハメになってしまった。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※生徒の人数間違いを修正しました。
2018年2月23日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/24
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/08




