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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第138話 11歳(春)…遠征訓練1

 訓練校に入学した少年少女は一変した生活環境に翻弄されながらもなんとか最初のひと月を乗りこえた。そろそろ自分の中で新しい生活のリズムが出来上がり、同時にめまぐるしい変化に追われて困惑するばかりだった日々も終わりを告げる。最初はただの他人だったクラスメイトも今ではクラスの仲間たちだ。

 そんな時期、Aクラスの生徒を対象に遠征訓練が行われる。

 エイリシェ冒険者訓練校では学校行事として季節ごとに遠征訓練が行われ、今回はその第一回目――、春の遠征訓練である。


「まあ何日もかけて行う遠足のようなものじゃ。楽しんできなさい」


 出発前、整列したAクラスの生徒たちにマグリフ校長はほがらかな表情でそう言った。

 遠征の概要は王都を出発し、六日かけて山向こうの都市――カダックまで強行軍というもの。

 カダックに到着した後は宿で一泊し、帰りは舗装された道を徒歩で普通に帰ってくる。


「よーし、お前達、二列に並べ」


 そう生徒たちに言う担任のサーカム教官はでっかい鍋を背負っている。

 どことなく亀的な仙人を連想してしまう姿だ。

 生徒たちを引率する者はサーカムを含め四人いる。

 一人は一応教師として参加するおれ。

 もう一人はマグリフ爺さんにいいように使われているような気がする冒険者のラウス。

 最後の一人はメアリーという二十歳そこそこな感じのする女性の冒険者である。


「どもどもー、一週間くらいの付き合いだけどよろしくねー」


 笑顔で両手をパタパタと振りながら挨拶をしたメアリーは見るからに適当そうと言うか軽薄そうと言うか、ぶっちゃけるとチャラい感じがしたが、それでもすでに冒険者レベルは39――Cランク帯での最高レベルという有望株らしい。


「あ、ちーっす、ラウスさんちーっす、私、来年あたりにランクBへの昇格試験受けようと思うんですけど、ラウスさんはどんな試験だったんです? ちょぉーっと参考にお尋ねしたいっす」

「えぇー……」


 話しかけられ、ラウスはすごく嫌そうな顔をする。

 それはメアリーに苦手意識があるのか、それとも昇格試験のことを思い出したくないのか、いまいち判断がつかない。


「よし、ではこれより出発する!」


 校長の温かい声援をもらったあと、Aクラス御一行はいよいよ訓練校を出発する。

 生徒たちはまず当然として武器を携え、それから支給された六日分の食料と必要な道具類がみっちり詰めこまれたバックパックを背負っている。

 支給されたのは必要最低限の品であり、望むなら生徒たちは自分の裁量で何をいくらでも持っていってもかまわない。

 が……、ほとんどの生徒は背負ったバックパックだけで精一杯らしく、持っていても小振りのショルダーバッグ程度である。

 なにしろバックパックが自分の胴体より大きいのだから、仕方ないと言えば仕方ない話だ。

 そんな動くバックパックのようなAクラス一行の先頭にはサーカム教官、最後尾は冒険者の二人、おれは特にここという位置は決められなかったので、適当に生徒に混ざる。

 そしたらすぐに金銀がよってきた。


「六日歩いたら終わりなのよね。シアは家にいるときこういう訓練した? 私は領地にいるときお爺さまと何回かやったわ」

「私はありませんね。森歩きはよくしましたが、野営を繰り返しながら移動するようなことまではしていません」


 マグリフ爺さんがそう言ったからか、移動を続ける生徒たちは遠足気分の和気藹々としたものだ。お喋りの内容はシアとミーネの話題と似たり寄ったりである。ぼんやりと会話を拾った感じでは誰もが何日もかけての移動、そして野営は未体験のようだ。

 ふーむ、大丈夫か……?

 おれは一昨年王都に来たときがまさにこれだったが、その経験からこれが遠足なんて気楽なものじゃないことを漠然と感じている。


「予定では六日間ってことですけど、やっぱりお風呂とかないのは厳しいです。あとお花摘みとかも……」

「ねえねえ、トイレってニホン言語でなんて言うの?」

「そんなことは覚えなくていいです」

「むー」


 拒絶されてミーネが口を尖らせる。

 てっきりその場限りの興味と思いきや、ミーネはシアからちゃんと日本語を習い始めていた。ほとんど丸暗記した言葉を繰り返すだけだが、それでも話し始めのお子さんくらいには喋れている。

 ちなみに最初に覚えたのは「おやつちょうだい」である。


「ねえねえ、トイレってなんて言うの?」


 シアがダメとなったため、今度はおれに聞いてくるお嬢さま。

 べつに教えてやってもいいかと思ったが、


「ご主人さまダメですよ。ミーネさんはしばらくその言葉を繰り返しますからね」


 なるほど、それはうんざりするな。

 教えないでおこう。


「つかおまえが余計な話題をだすからだろ……」

「いやこれは切実な問題としてですね」

「おまえは気にしなくてもいいだろ。そのままどかんとすればメイド服がきれいにしてくれるんだから」

「あ、シアってそうなんだ」

「ちょぉ!? ミーネさん違いますよ!? 違いますからね! ちょっとご主人さま、滅多なこと言わないでください! いいかげんにしないと名誉毀損でぶっ殺しますよ!?」


 己の名誉のためにシアが騒ぎ出すと、すぐ後ろを歩いていたヴュゼアがあきれたように口を開いた。


「元気だなお前たちは……」


 まだ歩き始めてそれほどたっていないが、ヴュゼアはすでにくたびれたような表情でいる。側にいる御付きの二人、クレムとイーベックも同じように表情が暗い。


「いやおまえらは元気なさすぎだろ。もう疲れたのか?」

「そういうわけじゃないが……」


 と言葉を濁しつつ、ヴュゼアは歩を早めておれに迫る。


「……この訓練について色々と聞いてな。校長は遠足だなんて暢気なことを言っていたが……、実際は……」


 周りに聞こえないよう、ヴュゼアはぼそぼそと呟く。

 あー、なるほど、こいつはもうこの訓練がきついってわかっているのか。まあ冷静に考えてみれば、このバックパック背負って六日歩くなんて時点でピクニックなわけがないのだ。

 どちらかというとこれは軍事演習に近いんじゃないだろうか?

 兵士が行軍してどこへ行くとなったら戦場である。武器持って荷物背負って戦場へ向かい、そして戦うのである。

 では冒険者が遠征してどこへいくとなったら多くの場合は依頼のための目的地だ。それが討伐か採集か、それとも調査かはわからないが、少なくとも辿り着いて終了ということはない。

 つまり辿り着くだけで疲れ果て、すぐに行動を起こせないようでは話にならないのである。

 これはそのための訓練なのだからピクニックであるはずがない。

 慣れない環境、疲れ、飢え、そういったストレスを抱えたまま進み続けることに慣れるための訓練なのだ。

 ヴュゼアはそれを前もって知っているようで、もういきなり暗澹たる気分になっているようだった。

 最初から知っていて覚悟しているのが楽か、それとも途中でようやく気づくのが楽か、はたして……。


「そう言えば、お前は王都までこれをやってきたんだったな。じゃあこれくらい楽なもんだろう?」

「楽ってことはないと思うが……。それにおれの立場って生徒を補佐する側だろ? 状況次第ではなかなか厳しいことになるかも……」

「なるほどな」


 生徒たちがバタバタ倒れ始めようものなら、もうおれは楽してる場合じゃなくなるわけだ。

 生徒たちにはなんとか頑張ってもらいたいものである。


「あ、ねえねえ、えっと……」


 するとミーネがヴュゼアに話しかけた。

 咄嗟に名前が出てこなかったらしく言葉が詰まるが、それを見たヴュゼアは苦笑いで名乗る。


「ヴュゼア」

「そうそうヴュゼア。ヴュゼアはあれ持ってきてないの? 決闘のとき水がどばーっと出てたあれ」


 そろそろ名前くらい覚えてやれよお嬢さん。


「妖精鞄か。決闘の時はぞんざいな扱いをしたけど、あれ実は家宝なんだよ。とてもじゃないけどこんな訓練に持ち出せるものじゃない」

「むー、そっかー。実はあれうちにもあってね、こっそり持ちだそうとしたらお爺さまに見つかって怒られたの。ひと月ぶりに戻ってきたかと思ったら盗人の真似事とはなにごとかーって」


 何してんのよお嬢さま……、まあおれは持ってきているが。


「あーあ、あれがあればこんな苦労しなく――」


 と言いかけ、ミーネはハッとしておれを見た。


「どうして気づかなかったのかしら……、持ってないわけがないのに」


 どういう思考でそうなった!?

 いや、こいつの場合は思考と言うよりはカンなのだろう。


「持ってるんでしょう?」

「…………」


 ミーネはジッとおれを見てくる。

 ジーッと見てくる。

 やめろ、おれを見るな。

 熱視線で横顔が溶けるだろうが。


「むー……、まあ大っぴらに口にできない物みたいだし、じゃあこうしましょう。〝おやつちょうだい〟」

「…………」

「〝おやつちょうだい〟」

「…………」

「〝おやつ――〟」

「あとでな」

「やたっ」


 ニコッと微笑むバカ娘。

 例えどう言いつくろおうと、こいつは持っていると勝手に確信してしまっているので始末に負えないのだ。

 シャロ様の小銭入れだったという妖精鞄だが、容量をシアに調べさせた結果、約二メートルの立方体程度の収容力があることがわかった。今回そこには二十人なら五日分ほどの食料と水、調理道具、毛布やタオル、薬や回復ポーションなどが詰めこまれている。

 もしもの事態を想定して、必要になりそうなものを限界まで詰めこんだのだ。

 ひとまず休憩になったら、ミーネには妖精鞄に入っている甘い物を適当に与えるとしよう。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※正六面体を立方体に変更しました。

 こちらの方がわかりやすいですね、ありがとうございます。

 2018/12/17

※文章を一部変更しました。

 ありがとうございます。

 2019/01/21

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/13

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/15

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/06/30


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