第137話 閑話…メイドたちのお茶会
リオとアエリスは応接間から退出すると急いで食堂へと向かった。
主がウィストーク家のヴュゼアからどのような相談を受けているか気になりはしたが、今はそれよりも気になることがある。
プリンだ。
昨晩、主が明日のおやつにと用意してくれたプリンだ。
同僚たちには「戻るまで食べ始めないでください!」とお願いしておいたが、ことおやつに関しては誰もが誰も、お互いを一切信用していない。なにしろ立場が逆なら、ちょっとくらい、と食べ始めてしまうことが自分でもわかるからだ。
「あー! やっぱり食べ始めちゃってます!」
食堂へ戻るなりリオは声をあげた。
大きなテーブルには一抱えほどの壺が置かれ、そのなかに魅惑のプリンが詰まっている。
同僚たちはプリンをそれぞれの皿にすくってもう食べ始めていた。
「ひどいです! みなさんひどいです!」
「まあわかっていたことでしょう……」
リオは非難しつつ、アエリスはため息まじりに、すみやかに空いている席に陣取り自分の皿にプリンを確保する。
すでに壺のプリンは半分以下だ。
危なかった、と二人は内心冷や汗をかく。
もし気になって応接間で話し込もうものなら、同僚の魔の手は冷蔵庫にある次の壺プリンにのばされていたに違いない。
「御主人様はどんな話をされていました?」
ふと、サリスが尋ねる。
「わかりません! 急いで戻ってきたので!」
「そうですか」
「気になりますか?」
「ええ、ヴュゼア様はなかなか深刻な表情をしていましたし……」
「大丈夫ですよ、ご主人様に任せておけば! きっと!」
あっけらかんと言い放ち、リオはかき込むようにプリンを食べ終えておかわりをする。
リオの言葉は程度の違いはあれどメイドたちの誰もが思っていること――、尋ねたサリスもそこまで心配はしていなかった。
一緒の生活を始めてまだひと月ほどだが、メイドたちによる主の評価はだいたい固まりつつあった。
一言。
なんかよくわからんが凄い、である。
それは主の才能が多岐にわたっているせいで「ここが凄い」と単純な評価をすることができず、称賛よりも困惑が先にきてしまうがゆえの感想だった。
それでも冷静に、その才覚を一つ一つ吟味してみるならやはり最初にくるのは冒険の書を考案したことだろう。
しかし、まだこれだけなら凄いと言うだけで話はすむのだ。
ところが主は利益分与を辞退するかわりに訓練校用の教材とするために寄贈をお願いしたとくる。
ここで一般的な思考からは逸脱してしまう。
主は導名を得るためだからと話していたが、だからといって収入をすべて放棄などありえない。普通は利益を受けとり、かつ有益だからと冒険者ギルドに売りこみ、交渉、値引き、幹部への報酬など手を尽くして教材として買ってもらうもの――、と商人の視点でサリスは説明する。
そして――
「御主人様は潔癖なのかもしれませんね」
ふと気づいたようにサリスは続けた。
実際は自分の導名のためでありながら、聞こえよく「未来の冒険者たちのため」と謳うことに納得しきれていない。故に、それ以上自分が得られるものを拒否したがっているからでは――、とサリスは推測したのだが、他のメイドたちはその考え方が理解できず困惑するだけだった。
このように、成果の一つに対しても理解の及ばないところがあるため、主を正しく評価するのは困難を極める。
なにしろ他にも計画段階の発明品がたくさんあり、ついでのように武器や防具を考案して描く。仕立ての腕前はミーネが頑なに着つづけている服を見れば一目瞭然だし、話を聞けば過去には仕立てた服を神が引き取りにまで来たというのだからもうわけがわからない。訓練校の生徒となったかと思えば、気づけば教師になっている。本人は自分のことを弱いと思っているようだが、あの決闘を見た者が聞けば誰だって「何を言っているんだろう?」と首をかしげるに違いない。
判明しているだけでもこれだけ――、メイドたちが「凄い」と言うより先に「おかしい」と言いたくなるのも当然だった。
メイド学校設立のための被験者として入学した彼女たちであったが当初は主――、発案者の少年に対し懐疑的な目があった。べた褒めするミーネによりそれは若干やわらいでいたが、メイド学校というものは極論すれば主が自分好みの侍女を育て上げる機関であり、どう考えても好色家の発想――、警戒してしまうのも当然だった。
しかし実際一緒に生活してみるとそれは全くの杞憂であり――
「ニャーは魅力がないのかもしれないニャ……」
中には自信を失う者まで現れる始末だった。
べつに手を出してくれと願っているわけではないが、それにしても木石でもあるまいに、まったく意識してこないというのも年頃の少女たちとしては釈然としないものが残るのだ。使用人だからと人格を無視しているわけではなく、むしろ気遣われ、主人としてそれはどうなのと言いたくなるくらい親切にしてくれる。だからこそわからない。余計にわけがわからない。
結局のところ辿り着いた答えは、主の凄さについては深く考えるだけ無駄、である。
主は凄い、もうこれだけわかっていればいいのだ。
メイドたちにとって重要なのは主の作るおやつが美味しいということだ。これがなにより重要なのだ。
「プリンなくなったな! 次とってくるな!」
「待て待て! もしものことがある! 妾が行こう!」
ティアウルが次の壺を取りにいこうとするのを止め、ヴィルジオが調理場へと向かう。ティアウルがややドジなのは周知であるが、基本的にはやれることはやらせる方針である。
が、今は話が別だ。
「面倒なので二つ持ってきた」
戻ったヴィルジオが両手に抱える壺をメイドたちは慎重に受け取り、テーブルに置いてほっと息をつく。
「これで全部かニャ?」
「妾たちのぶんはな。残り一つはミーネ殿とシア殿用だ」
「二人で一つ……、いーニャー」
リビラがうらやましそうに言いつつ、追加のプリンをすくう。
「シア殿はあまり食べないから、実際はミーネ殿が一つだがな」
「ミーネはニャーさまに愛されてるニャー」
「愛されているかどうかはちょっと怪しいところだが、まあかなり目をかけられているのは確かだな」
聞けば冒険の書が誕生したきっかけはミーネのためという話だし、服を仕立ててもらってもいる。優遇されているのは確かだ。
ミーネは服の生地について多くは語ろうとしないが、あのミーネが語らないことから逆に準ヴィルクだと一部のメイド以外には見当をつけられていた。
気づいていない一部のメイドとはちびっ子二人である。
しかし感づいたメイドたちの一人――サリスはそこからさらに考察する。
皆よりも親密な仲だったということもあるが、サリスはミーネとの会話からそれがただのヴィルクではないと推測していた。
ただのヴィルクくらいならここまでミーネがひた隠しにしようとするわけがないという、やはり性格に起因した推理からだった。
そんなサリスの結論は古代ヴィルクであり、あり得ないとは思いつつもなにしろあの主だ、装衣の神の祝福まで受けている彼ならばあり得るのではと考えてしまう。
それとなく古代ヴィルクの話をしたところ、これ以上はないくらいあからさまにミーネが誤魔化したので、推測はほぼ確信へと変わった。
古代ヴィルクを持っているとか、ますます主が理解できないものになっていく。
もしかしたらまだまだ隠していることがあるのかもしれない。
「シアはちょっと蔑ろだニャー」
「まあそこは義妹ということもあるだろう」
「あれですよ、私とアーちゃんみたいな!」
リオが言うと「は?」とアエリスが眉をしかめる。
とは言え二人がとても仲が良いことは周知の事実だ。
「蔑ろな感はありますが――、ちゃんと目をかけられているのは事実でしょう。立派な鎌も贈られたようですし」
サリスは言い、古代ヴィルクのメイド服を贈られていることは間違っても暴露しないようにと戒める。
「あれな! 父ちゃんが作ったいい物だぞ!」
「確かにな。なぜ鎌なのかがよくわからないが」
主が考案し、鍛冶師クォルズにより作られた霊銀製の双子の鎌。
かなりの価値がある代物だが、総古代ヴィルクのメイド服の前には霞んでしまう。
「ふむ……」
サリスはそっと唸る。
もはや金額に換算できるような生やさしい代物ではないメイド服。
この国の――、いや、世界の宝とも言うべき代物。
主にとって、シアはあれを贈るほどの人物なのだろうか、とサリスは静かに考えた。
「どうしたサリス殿」
考えこんでいたところを、ヴィルジオに気づかれる。
考えていたことをすべて言うわけにもいかず、それとなくぼやかしてサリスは答える。
「少しシアさんのことを考えていました。打ち解けてきましたが、まだちょっと一線を引いているところがあるかなと思いまして」
「それはただ――、いや、まあそうかもな。だがそれについては気にする必要はないと言うか、気にしても仕方ないと言うか……」
ヴィルジオは曖昧なことを言い、自分でも胡乱なことを言っていると思ったようで苦笑する。
「まあ情が深いということだろうな、シア殿も」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※文章を一部変更しました。
ありがとうございます。
2019/01/21
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/08
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/14




