第136話 11歳(春)…ヴュゼアの相談事
これでもかと雷撃を浴びせかけたこともあってか、ヴュゼアはすんなりと魔法を発現し、さらにごく初歩的な回復魔法も使うことが出来るようになった。
マグリフ校長は是非とも魔導学園で正規の魔導学を学び、そしてしっかりと回復魔法を習得すべきだと言う。
本来であれば来年を待っての入学になるところだが、回復魔法の使い手となれば話は別。さらにマグリフ爺さんの口利きもあってすぐに転学できるらしい。
すでに魔導学園の学園長を務める宮廷魔導師ベリア・スローム・イークリストには話がついているということで、その気ならすぐ明日にでも魔導学園の生徒になれるようだ。
家柄とは別のところ――、個としての自分を認めて欲しいと願う気持ちがヴュゼアにはある。それとなく御付きの二人、クレムとイーベックから聞いているし、親近感を抱く程度にはおれも似たような境遇であったので、ぼんやりと感じられていることでもあった。
今回の回復魔法はまさにヴュゼアが望んだそれ。自分という個を認めさせるにたる才覚であったが――
「迷っている」
ヴュゼアは思い悩んでいるようだった。
地域調査の翌日、訓練校が終わってからヴュゼアから相談があると言われ、おれは彼をメイド学校へと招待した。
おそらくヴュゼア少年の人生に関わることだろうから、おれは間違っても邪魔にならないようにとシアとミーネを遠ざけるべく、王都の美味しい料理店を探してこいと言う指令をくだし、お金を持たせて野にはなった。
現在、静かな応接間にておれとヴュゼアは向かい合ってソファに座っている。
テーブルにお茶とプリンを運んできたのは本日の御付きのメイドであるリオとアエリスだ。
二人は――、と言うかアエリスは普段通りなのでリオは――普段の賑やかな雰囲気とは打って変わって清楚な雰囲気を纏っていた。
洗練された仕草で給仕をすませると黙礼して静かに退出する。
思わず「アエリスに頭を叩かれすぎたか?」と尋ねそうになった。
毎日毎日、スパンスパンと良い音をさせてハリセンで頭を叩かれまくっているリオなのだが――
「アーちゃんの拳よりも痛くないのでとっても助かってるんです」
まさかの感謝をする始末だ。
そんなわけで叩かれすぎて思考に不具合が起きているのではと心配したのだが、もしリオが空気を読んで立派なメイドに徹していたとしたら後ですごく文句を言われそうだったのでその場では呑み込んだ。
「マグリフ校長は魔導学園に行くべきと言う。だがここで俺が学園へ転学してしまうと、クレムとイーベックは訓練校へ置き去りだ。俺が誘って入学したというのに、その俺が魔法の才能があったからと学園へ一人行くのはどうもな……」
こいつなかなか義理堅いな。
「もちろん学園でやっていけるかという不安もある。それにマグリフ校長に師事して魔導学を学んでもいいんじゃないかと思うんだ。回復魔法こそ使えないが、マグリフ校長はこの国屈指の魔導師だしな」
「そうなのか、すごい強いらしいくらいしか知らなかった」
「お前な……、いや、訓練校に入学する者の認識はそれくらいかもしれないな。むしろ学園の関係者の方がマグリフ校長のことをよく知っているだろう。現在、学園長は宮廷魔導師のベリアだが、元々はマグリフ校長に話がいっていたんだ。実力はベリアの方が上という話だが、やはり実績の問題があってな。さすがに二十歳そこそこというのは若すぎる、と」
「若いな!? その若さで宮廷魔導師って、すごい人なんだな」
「あらゆる魔法を使いこなすそうだ。レイヴァース男爵とどちらが上かと論議されるような人物だな」
母さんか……。
父さんもそうだが、母さんもどれくらい強いとかさっぱりわからないんだよな。
「ただ、やはり普通の魔道士ならいざしらず、回復魔法が使えるとなるともったいないのではないかという気もしてな」
と、ヴュゼアは深々とため息をつく。
ちょっと目の下にクマまで出来ているし、かなりお悩みのようだ。
うーん、やっと普通に訓練校に通えるようになったとたん、またしてもおれ発の問題が……、さすがに気の毒というか、責任を感じてしまう。こいつおれと会ってから状況に振り回されっぱなしだな。
「じゃあ第三者からの他人事意見として聞いてほしいんだがな、とりあえず校長に師事して魔導学を学んだらいいんじゃないかと思うんだ」
「ほう?」
「なんか話聞いてるとな、回復魔法の使い手だからすぐにでも完成させなきゃならないって焦っているように思える。おまえも校長もな。でもだからって今日明日にでも転学する必要はないんじゃないか? つまりちょっと余裕を持ってな、まずは一年訓練校で冒険者になるための訓練を続けて、放課後は校長から魔導学を習う。おまえは働かなくてもいいからこれは可能だろ? で、一年して訓練校を卒業してから、普通に学園に入学すればいいんじゃないか?」
「……ん? それもそうだな」
言われてみれば、という感じでヴュゼアは顎に手をやって考えこむ。
回復魔法は便利だな、くらいの認識でしかないおれのゆるい発想だが、最善ではないにしても良い考えだと思うんだ……。
こいつもマグリフ爺さんも、突然のことにびっくりして視野狭窄になっているのではなかろうか。
「これならクレムとイーベックと一緒だし、卒業したら二人はちょいちょい冒険者の仕事をしつつ、ときどき学園に通うおまえも合流。なんせ冒険者の資格はあるんだからな。学園でやっていけるかっていう不安も、一年間校長に師事すれば入学する時点でかなりのものにはなってるだろ? 下手すりゃ特待生って――、あ、回復魔法使えるからそもそも特待生か。ってことで、おまえの危惧してるところはだいたいなんとかなるが……、どうだろう?」
ヴュゼアはうんうん唸っていたが、やがて大きくうなずく。
「そうだな。それがいい。そうしよう」
ぱっとヴュゼアの顔が晴れる。
「明日、校長に相談してみる。ふぅ、これならクレムやイーベックも納得するだろう、まったく」
「なんだ、二人に学園へ行けって言われていたのか?」
「ああ、俺たちのことはいいから行けとさんざん言われたよ」
嬉しそうな苦笑をしながら、ヴュゼアはようやく気持ちに余裕ができたらしくプリンに手を伸ばす。
ちょっと珍しそうに眺めていたが、スプーンですくって一口。
「うまいなこれ!」
喜ばれた。
昨日の夜に仕込んであったものだ。
今頃メイドたちも食堂で食べているのではなかろうか?
バケツならぬ壺プリンを。
「あの侍女たちは料理もするんだな」
「ん? 作ったのおれだぞ?」
「お前本当になんでもできるな!?」
なんかすごく驚かれた。
△◆▽
相談が終わったあとヴュゼアはメイドについて尋ねてきた。
それは自分も雇うことが出来るかという話だったが、まずはメイドが提案する勝負に勝つ必要があることを伝えると困惑された。
勝負はメイドによりそれぞれとなるだろうが、例えば決闘であった場合はどうかという話になり、ある程度わかっているメイドの戦力について説明する。
まず一番強いのはヴィルジオ。
主人より主人らしいこのメイドが現在ここの最強である。武器は長細い木の棒。これは棒術が得意とかそういう話ではなく、これなら相手が死ににくいという実に物騒な理由からだった。
二番と三番にはシアとミーネがはいる。
四、五、六番はほぼ横並び。
それでも順位をつけるならまずはリビラ。鉈のようなごっつい短剣を使う。次がリオで彼女は両刃剣――長い柄の双方に剣身のある特殊な武器を使う。三人目はアエリス。双剣――左右の手に一本ずつ剣を持って戦うスタイルだ。
そして七番はティアウル。自分の背丈より大きい斧槍を使う。見ていて危なっかしくて恐い。八番はサリス。護身程度の剣術ということだが、素の状態のおれよりは強そう。泣ける。そして最後、九番はジェミナとなっている。ただ、その念力のような特殊能力をうまく活用できたなら順位はもっと上になるだろう。
「どうやら俺がメイドを雇える日は遠いようだな」
そう言い残し、ヴュゼアはちょっと残念そうに帰っていった。
ヴュゼアが帰ったあと、おれは仕事部屋に向かいその日の仕事にとりかかる。
発明品の発案はひとまず置いておいて、現在は冒険の書の二作目のメインストーリーを考えていた。訓練校での授業内容や出来事をメモしたものを元に、ちょこちょことイベントなどを設計する。
うんうん唸りながら話を考え、夕方にさしかかった辺りでひと休みすることに。
「それではお茶をご用意いたします」
アエリスがそう言って退出し、仕事部屋にはおれとリオの二人になる。
するとリオはにこっと笑い、ささっと近寄ってきた。
「ご主人様ってお話を作るの得意ですよね」
「得意ってほどじゃないんだがな……」
「またまたー。ご主人様って別名で絵本もだしてるじゃないですか」
「まああれはな」
絵本を作ったのは本名を広める必要性に気づいていない頃だったので導名にする予定のヴィロックが使われている。
別名にしたかったわけではないのだ。
「もう絵本のお話は作らないんですか?」
「絵本か……」
ただ覚えている話をアレンジしているだけだから、そこまで手間暇かかることではない。
望まれるならまた作ってもいいのだが――
「あ、これは単純な好奇心でなにもまた絵本を作ってくださいっていう話じゃないですよ、ええ、ご主人様は大忙しですからね、負担を減らすためのメイドがおねだりして逆に仕事を増やしてどうするって話になっちゃいますからね! ただ、ただちょっと気になったんでこそっと聞いてみたいなって思っただけです! 絵本好きの私としてはもう作らないのは寂しいなーと思ったんで!」
おれがふと考えこんだのを見てリオは慌てたように言った。
たぶんアエリスに注意されていたんだろうな、この調子からして。
「そうか。じゃあ作るかどうかは別として、リオはどんな話が好きなんだ?」
「えっと、どんな話となると……、お姫さまがでてくる話とか」
ふむ、白雪姫とか眠り姫とかかな?
「お姫さまがお城を飛びだして冒険して、最後に王子様をとっ捕まえるような話ですね!」
そんな話に心当たりはねえな!
というかそれ、女性の行動を抽象化しただけのような……。
そういうのはこちらもあちらも変わらないのだろうか?
「な、なるほど、リオはそういう話が好きなのか」
「はい! あとアーちゃんはご主人様の恐いお話が好きですね!」
「ほう、そうなのか」
「この近辺のお子さんたちを集めて読み聞かせ、震え上がらせて楽しんでます」
「やめてあげて!」
アエリスのとんでもない趣味が明るみになった瞬間だった。
※言い回しの修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/11
※文章を一部変更しました。
ありがとうございます。
2019/01/21




