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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第135話 11歳(春)…写生大会

 ヴュゼア少年、そして取り巻きっぽい少年二人は決闘の翌日からしっかりと訓練校に姿を現した。

 取り巻きの一人、赤毛の小柄な奴は名前をクレム、もう一人の大柄でふくよかな方はイーベックと言った。

 二人ともウィストーク家使用人の息子で、ヴュゼアとは長い付き合い――主従関係ではあるが、いわゆる幼なじみということだった。

 三人は訓練校の修学内容からひと月ほど遅れていた。

 とは言え貴族であるヴュゼアは元々教育を受けているのでそれほど問題はない。問題があるのはクレムとイーベックで、この二人はおれによる放課後の補習を受けさせた。

 二人はヴュゼアのお供という立場であり、生活が保障されているので放課後は補習に当てることができた。

 当初、訓練校の生徒たちは三人をどう思うだろうかとおれは少し危惧していたが、特に衝突も起こらず、かといって疎外されるようなこともなく、意外なほどなごやかに受けいれられた。

 と言うのは決闘のおかげで所持金が増えたからである。

 金銭的余裕が少しばかり生活の余裕を生み、そしてそれが心の余裕を生んだ。ヴュゼアたちのおかげというのもおかしな話だが、決闘が行われたおかげで少し楽が出来たのは事実。

 そんなわけでヴュゼアたちはむしろ友好的に受けいれられた。

 事実関係を知ったヴュゼアはかなり複雑な表情をしはしたが……。


    △◆▽


 その日、Aクラスの生徒たちは王都郊外へと出向いた。

 課外授業ということだが、やることは王都周辺の地域調査だ。

 ギルドで発行される仕事としての地域調査はその対象地域での異変を発見、そして原因を見つけだすための調査である。

 必要とされる技能は状況を正確に報告するための文章力、そして現場を克明に記録できる画力。

 正確な報告と克明なスケッチの出来る冒険者は調査員として重宝され、優秀な者は専門で食っていける。

 この授業はそういった技術を身につけるためのものなのだが、ぶっちゃけ写生大会である。もちろんただの写生ではなく、自分なりに違和感を覚えた場所をスケッチし、その理由を文章にして報告するというものになっている。

 絵を描くのが嫌いで、おまけに作文も大嫌いな奴にとっては苦行以外の何者でもない授業だが……、おれはさんざん絵を描いて文章を綴ってきたからわりと得意かもしれない。

 まあ教師側なので参加はしないが。

 おれはなんとなく遠足気分でいた。

 こうしてクラス全員で郊外へ出掛けるのは初めてのことで、生徒たちもちょっと気分が浮き立っているように見えた。

 訓練校からだいぶ離れ、目標地点に到着したところで生徒たちは三人ひと組の班に分かれ、そこにアドバイザーとして教員、もしくは雇われた冒険者がつく。

 そんな雇われ冒険者の一人には――


「お前らかよ!?」


 うっかり埋めそうになったベテラン冒険者のラウスもいた。彼は不幸なことに、シアとミーネがいる班の引率役となってしまったようだ。


「あ、よろしくお願いしまーす」

「……え? 誰だっけ?」

「ラウスだよ!」


 金銀とラウスはすぐに打ち解けたようだ。

 問題はあの二人と一緒の班になってしまった可哀想な男子生徒なのだが……、まああれだ、がんばれ。


「さて、じゃあおれたちはどうする?」


 おれが担当する生徒はヴュゼアとお供の二人、クレム、イーベックの三人だ。

 おれが促すと、ヴュゼアは辺りを見回しながら言う。


「ただ風景を描いても仕方ない。まずは異変があってもおかしくない場所に見当をつけないといけないな」


 この場所にはこんな異変が起こるのではないか、という想定をするのもこの授業の狙いである。


「そうですね。じゃああっちの森とかどうでしょうかね」

「おいおい、魔物とか出たらどうするんだよー。ですよねえ?」


 と言ったのは小柄のクレム、そしてイーベックだ。


「イーベック、王都周辺には魔物や猛獣といったものは居ないぞ。居たとしてもすぐに冒険者によって狩られるからな。王都周辺は常に安全な状態に保たれ、魔物が住み着くような隙がない。これが王都のギルドに討伐依頼が少ない理由だ」


 ヴュゼアはイーベックの危惧を一蹴し、それからおれを見た。


「それに魔物が出たからってそれがなんだ」

「ですね」

「あー、それもそうでした」


 クレムとイーベックもおれを見て妙に納得しやがる。


「過大評価されているようだが、おれはそんな強くないぞ?」

「レグリント倒しておいてなに言ってるんだお前は」

「あれはあいつが実力を出せないようにして、なんとか負けずにすんだって話だ。あいつが最初から本気だったら負けてたよ」


 いきなり意識を刈り取りにこられていたら何も出来ずに負けていただろう。

 雷撃を封じ込めて、ちょっと油断していたんじゃないだろうか。


「まあ野犬くらいはでるかもしれんが、それくらいならなんとかなるしな。じゃあとりあえず森ってことでいいか?」

「ああ、そうしよう」


 ひとまず調査地が決まり、おれたちは森へと移動する。


    △◆▽


 結果から言えば魔物やら危険な野生動物やらは影も形もなく、森はまったく平和なものだった。

 が――


「あたたたたっ!」


 イーベックが苔むした木の根に足を取られ転んだ。

 かなり盛大にすっ転び、足をやった。


「イーベック落ち着け。すぐポーションをかけてやるから」


 ヴュゼアは気前よくポーションを使ってやろうとする。

 大したポーションでないとしても、それなりのお値段だ。安い物でも訓練校の学食の一週間分くらいはしてしまう。


「んー、ちょっと待った」


 ポーションを使おうとするヴュゼアをおれは止め、挫いたと思われるイーベックの左足を調べる。足首がぽこんと赤く腫れて熱を持ち、くるぶしが見えなくなるくらいになっていた。


「かなりいってんな、おい」

「ああ、早くポーションを使った方がいいだろ?」

「それなんだけどな――」


 と、おれは捻挫ではなく骨折だった場合にポーションを使ってしまう危険性を説明する。

 ポーションは自然治癒のように怪我を回復させるが、元の状態に復元するわけではない。なのでこれが骨折で骨がちょっとずれた状態であった場合、ポーションを使うとそのずれた状態のままで回復してしまって後遺症が残る可能性がある。

 回復魔法の場合はこの問題を回避する方法がある。

 それは人体の構造について学んでおくことだ。

 つまり回復魔法の使い手というのは、魔導学に加え解剖学も修めた者なのである。

 選ばれし魔道士のなかでもさらに選ばれし者、それが回復魔法の使い手なのだ。

 母さんすげえな。


「じゃあどうしたらいいんだ?」

「とりあえずは応急処置して、医者に診てもらうんだな。ってわけでちょっと我慢しろよ。木とか咥えさせておいたほうがいいかな……」

「な、なにする気ですか!?」

「ただの応急手当だよ。布でちゃんと固めておかないと、足首がゆるくなって捻挫しやすくなるらしいからな」


 おれは布を出してイーベックの左足首をきちっと固定。


「あびゃびゃびゃびゃッ!」


 イーベックはのたうち回ろうとしたが、ヴュゼアとクレムに押さえつけてもらったのですみやかに処置ができた。


「あと冷やすのがいいんだけど、氷なんてねえしな。あとは安静に寝かせておくか」


 イーベックをそのままごろんと仰向けに寝かせる。患部の足だけは持ってきた荷物を敷いてその上に乗せさせた。


「ひとまずこれでいいとして、クレムはちょっとイーベックの状況を伝えに行ってくれるか? おれはここに居たほうがいいだろうし、ヴュゼアを行かせるってのもあれだろ?」

「はい、では大急ぎで行ってきますね!」

「いや急いで怪我されると困るから普通に行け」

「わっかりました!」


 返事は元気よく、そしてのそのそとクレムが引き返していく。


「で、おまえはこれでも噛んどけ」


 と、おれがイーベックに渡したのは来る途中にちょいちょい採取していた薬草のひとつ。


「痛み止めの効果がある」

「ありがとうございますぅ」


 礼を言ってイーベックはもしゃもしゃ薬草を噛み始める。


「おまえなんでも出来るな……」


 それを見ていたヴュゼアはあきれ混じりに言う。


「んなわけあるか。まあ冒険者として必要そうなことは幼い頃から叩きこまれたが……」

「何歳くらいからだ?」

「三歳」

「早すぎるだろ!」


 ヴュゼアに唖然とされる。

 ですよねー。


「三歳になってすぐあたりで森を散歩してなー、帰りは先導しろって言われたときはどうしようかと思ったなー」


 待っているのは暇だし、そしてなんとなく興が乗ったのでヴュゼアにうちの両親の英才教育ぶりを話して聞かせてみた。

 一通り話し終えてのち――


「頭おかしい」

「正直すぎんだろおまえ」


 物凄く正直な感想を述べられた。

 まあおれも同意見だが。


「なんとなくお前の無茶苦茶さが納得できた。お前……、大変だったんだな……」


 しみじみ言われる。

 なんか同情されてるっぽいが、おれとしてもヴュゼアの境遇には同情しているのでお相子だ。

 ……、ふむ、だいぶ打ち解けてきたし、ちょっと〈炯眼〉使ってみようか。

 さてヴュゼア少年の才能は……?



《ヴュゼア・ウィストーク》


  【称号】〈ウィストーク家の長男〉


  【秘蹟】〈適応干渉〉


  【身体資質】……並。

  【天賦才覚】……有。

  【魔導素質】……有。


〈適応干渉〉


  【効果】他者の魔素に適応することができる。



 ん!?

 これって……、回復魔法使うための才能じゃね?


    △◆▽


 クレムは冒険者のラウスを連れて戻り、イーベックは背負われてそのまま訓練校へ連れ戻された。


「お前、痩せろ!」

「すんませ~ん!」


 ラウスに訓練校の保健室へと運びこまれたイーベックはすぐに養護教諭の診察を受けた。

 診察の結果、骨にヒビが入っているようだが骨折にまでは至っていないということでヴュゼアがポーションを使用し、イーベックはすぐに回復、歩けるようになる。

 付添として同行したおれはそのままマグリフ爺さんのところへ向かいヴュゼアが回復魔法の使い手になるかもしれないと報告した。

 さすがの爺さんもこれには驚き、すぐにヴュゼアの適性を調べることになった。

 ただ、もしヴュゼアが回復魔法を使う才能があった場合、訓練校から魔導学園へ編入させることになるようだ。

 回復魔法の使い手は貴重であり、その育成のためにはちゃんとした指導を受ける必要がある。

 回復魔法となるとマグリフ爺さんの手にもあまってしまうのだ。

 類い希なる才能――、そう言っても過言ではない能力を秘めていたことをヴュゼアは喜ぶだろうか?

 魔導学園へ行くとなるとクレムとイーベックとは一緒に居られなくなるわけだし、もしかしたら喜ばないかもしれない。

 おれとしても、仲良くなってきた奴がいなくなるのは残念だ。

 ちょっと早まったか……?


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/11

※誤字と脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/20

※文章と脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/02/07

※文章を少し変更しました。

 ありがとございます。

 2021/01/22


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