第134話 11歳(春)…祝勝会
決闘後――
おれとレグリントは〈魔女の滅多打ち〉の後遺症によって悶えているところを控えていた回復魔法の使い手によって癒してもらった。
それにより身動きが取れなくなるほどの痛みは消えたが、それでも完全回復とまではいかず全身筋肉痛程度の痛みは残った。
そのあとヴュゼアと少し話す機会があったが、ヴュゼア少年はこのたびの騒動でだいぶ振り回されたからか、もう恨み言のひとつも言う気力が残っていないような憔悴ぶりだった。
ただ一言――
「迷惑をかけた」
とうなだれながら言うのを聞いて、心の骨が逝っているのがなんとなく察せられた。
そっとしておくのも優しさだろうが、ヴュゼアが変に性根の曲がった人間になりかねない状況を放っておくのも寝覚めが悪い。
ヤクザな生業をしている保護者のせいで色眼鏡で見られ、自分は違うと拒絶しつつも、気づいたら同じようなものになりかけていた奴をおれはよく知っている。
そしてそういう奴には理解者が必要なことも。
例えそれがアホ、バカ、天然ボケ、天邪鬼、妄想狂、性格破綻、紙一重の異才、社会不適合者といった奇人変人たちであろうと。
「落ち着いたらさ、訓練校に来るといいよ」
「……いまさら?」
ちょっと顔をあげてヴュゼアに、おれは苦笑する。
「いまさらってことはないだろ。たぶん」
「…………」
ヴュゼアはしばらくおれを見つめていたが、一つため息をつき――
「わかった」
大人しくうなずいた。
そしてふっと鼻で笑う。
「おまえと同じクラスってのはちょっと気に入らないがな……」
「あ、それなら大丈夫だぞ。おれ教師になったから」
「なんでだよ!?」
ヴュゼア少年はちょっと元気がでたようだ。
△◆▽
ヴュゼアと少し和解できたあと、おれは軋み痛む体をひきずってメイド学校へと戻った。疲労の色も濃くふらふらで、途中からシアとミーネに左右から支えられながらの帰還だった。
先に戻っていたメイドたちは儲けさせてくれた主のためにと、ささやかながらも祝勝会を開いてくれた。
配当金をがっぽり受けとったメイドたちのテンションは高い。
果実酒なども用意され、それをぐびびーっといった奴らが飲めや歌えの大騒ぎを地でいっている。
特に飲んでいるのはティアウル、リビラ、リオの三名。
ちびっ子とはいえティアウルはドワーフだからまあ平気だろう。
猫娘のリビラは酔っぱらってへろへろなのか、それとも普段通りなのかよくわからない。
リオは元気の良さにブーストがかかっている様子だった。
「はい、あーん」
大騒ぎになっている食堂で、おれはおごそかな表情をしてどっしりと椅子に腰掛けていた。
もう動きたくなかったからである。
帰還したことで完全に気が抜けてしまい、軋み痛む体を起こして食べ物を取るという動作すらも億劫だった。
そんなおれの状態を察したかシアが余計な世話をやく。
「あーんしてくださいって」
「いやいいから。いいからおれは」
うりうり、とフォークに刺した一口大のミートパイらしきものをシアは差しだしてくる。
「あれ、恥ずかしがってます? なんですいまさら。これまでにも何回かこうやってお世話したじゃないですか」
記憶に新しいのは〈魔女の滅多打ち〉を初めて使った時だな。
今回は回復魔法のおかげでかなりいいが……、うん、あのときはしゃれにならなかった。シアの世話を遠慮する余裕すらなかった。
「みなさんもご主人さまが疲れ果ててるのはわかってますし、あれです、気にしたほうが恥ずかしいですって。ほらほら、あーん」
「あん」
しつこさに根負けして大人しく食べさせてもらう。
それが失敗だった。
「あたいもやる!」
「ジェミも」
ちびっ子二人が参戦。
ティアウルは酒のはいったテンションだからかもしれない。
ジェミナは素だな。
「今日はニャーしゃまにはとぉってもお世話になったニャ~。ここはささやかならがらお手伝いさせていただくニャ~」
「そぅですね! じゃ私もぉ! えへへー、なんか私、所持金が過去最大になったんですよぉ!」
リビラとリオがさらに参戦。
うん、この二人は酔っている。
四人はそれぞれ料理を持ち寄り、食え食えとおれに差しだしてくるのだが万全の状態でもそんな四方からやられては対処できん。
どうしたものかと思っていると、
「はいはい、そんなによってたかって食べさせようとしても、ご主人様が困るだけですよ。ここはシアさんに任せましょう」
サリスがちびっ子二人を諭してくれた。
さらにはアエリスが――
「ふん!」
「あいたーッ!」
ハリセンでリオの頭をひっぱたいて追い払う。
「ニャ、ニャー……」
そしてリビラはアエリスのひと睨みに怯み、すごすごと引っ込む。
ふむ、サリスとアエリスはメイドたちを取り仕切る双璧だな。
「それではあらためて、あーん」
「……あーん」
「食べたいものがあったら言ってくださいねー」
四人がすっこんだので結局はシアに食事を世話してもらうことになった。酒は呑んでないはずだが、妙に浮かれた様子で甲斐甲斐しく世話をしてくれる。ちょっと恐かった。
「ふふ、仲の良いことだな」
食べることに専念していると、さっきの騒ぎには混ざってこなかったヴィルジオがやってきた。
果実酒のビンを握りしめての登場だというのに、どこか優雅さを感じさせる。高貴な生まれなのはなんとなくわかるが、ホントどうしてメイド見習いしてるのか。もしこのままメイドになったとしても、よっぽど威厳と存在感のある主人でないと霞んでしまい、主従が逆に見られかねない。
酒ビンを握りしめていることからしてもう結構呑んだのだろう、ヴィルジオはすこしとろんとした目をしている。
もしかして絡み酒だろうか……。
「いや、妾のことは気にするな。シア殿を見ていたらな、昔の友人を思い出して少し懐かしい気持ちになったのだ」
「わたしに似ているんですか?」
「こうしてふと思い出すくらいにはな。ちょうどシア殿くらいの頃に会ったのが……」
と、ヴィルジオは黙ってしまう。
死んだのか疎遠になっただけなのかはわからないが、すぐに会えるような状態でないのは確かなようだ。
ってかヴィルジオって泣き上戸系なのか……、意外!
「……、シア殿はいま幸せか?」
「ふぇ!?」
どうしましょう、と言いたげな顔をしていたところに尋ねられ、シアは驚き奇声をあげる。
「えー、あ、はい。そうですね。ご主人さまがもうちょっと優しくしてくれたらもっと幸せなんですけど」
「そうか」
シアの皮肉混じりな言葉を聞いて、ヴィルジオは満足そうに微笑んでうなずいた。
ただ、その仕草がなんか孫のお話を聞いて嬉しそうにする年寄りっぽく、おれはとっさにそう言いそうになるのをすんでのところで堪えることに成功した。危なかった。
「ねえちゃんなんかお婆ちゃんっぽいな!」
だというのに、酒の入った天真爛漫なドワーフッ子がこれ以上ないくらい単刀直入にぶちかます。
「はっはっは、高い高ーい」
「ごめんごめん、違う違う、お婆ちゃんじゃなくておばちゃん!」
「はっはっはー」
笑うヴィルジオによってティアウルは顔面アイアンクローで高い高いされる。
ティアウルのおっちょこちょいの原因は、その無邪気さに起因するものが多いのではなかろうか?
そんな賑わしさのなかにあって――
「もごご……」
ミーネさんは我関せずと、会の始まりから黙々と料理を食べ続けていた。
そろそろそのブレのなさに安心感すら覚える今日この頃だった。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/11




