表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
134/820

第133話 11歳(春)…決闘3

 おれはすぐに〈針仕事の向こう側〉を使用した。

 雷撃が封じられたおれなどちょっと動きのいいだけのお子さん。ここでまだ〈針仕事の向こう側〉を温存するほど自惚れちゃいない。

 意識が加速した状態になったおれは、一応の確認ということでパチンと指を鳴らしレグリントに〈雷花〉を放ってみる。

 弱めの雷撃がバチチッと音を鳴らしながらレグリントの周囲に花を咲かせた。

 この雷撃は同時に神撃でもある。

 雷撃耐性だけでは防ぎきれない特殊な雷撃だ。

 痺れさせるまではいかなくても、牽制になる程度の痛みが発生すればもうけものなのだが――


「少し痛みますね」


 雷撃に包まれながらもレグリントは平然としたもの。

 ゆっくりとおれに向かって数歩進み、そして瞬間的に踏みこんだ。

 体勢が沈みこむほど深く、速く。

 そして右の拳を繰り出してくる。

 おれは身を引いて躱そうとするが、レグリントは腕がのびきったところでさらに一歩。

 右のストレートを肘打ちに変化させながら前に出た。

 そのまま身を引いていては押しきられそうで、おれはレグリントの右側――、外側に回避する。

 それをレグリントは身を翻しての左の裏拳で狙った。

 裏拳は後頭部に目でもあるのかという正確さでおれの顔を狙ってきたが、必死に首をそらして躱してのける。


「良い目をしているようで」


 感心したようにレグリントが言う。

 べつにそういうわけじゃないが、それを訂正してやる義理はない。

 なんとか相手の攻撃をかいくぐりはしたが、どうも押し込まれるとそのまま負けそうな気がした。

 レグリントの攻撃は流れるような三連だった。

 きっと型かなんかだろう。

 となるとまずい。非常にまずい。

 そういう、こうすれば相手がこうなるからこうする、といった実証を積み重ねた技術は苦手だ。〈針仕事の向こう側〉を使っているアドバンテージが削られてしまう。実際さっきの攻撃――、最後の裏拳は〈針仕事の向こう側〉を使っていてもぎりぎりだった。

 なので押し込まれ、密着されるとさらに状況が悪くなる。相手の動き全体を視認できなくなるし、うっかり視線を誘われたら意識が加速していようがいまいが死角からおもいっきり攻撃を喰らう。

 おれが得意な相手なんてそもそもいない。

 だが、とりわけ格闘家タイプと相性が悪いのだ。

 これは……、困った。

 すごく近づきたくない。

 しかし近づかないと攻撃できない。

 電撃の威力を少しずつ上げて、多少効く程度を探るか……?

 そう考え、親指と中指を合わせたとき――


「雷撃はもうよしたほうがいいですよ」


 レグリントが言う。


「痺れた、と騒ぎ出す者が現れるかもしれません」

「おいおいおい……」


 そういうことか。

 三兄弟の解説をしたサクラみたいに、喰らってもいない雷撃を喰らったと言いはる奴らも用意できてるってのか。

 ってかあのサクラはこのための伏線かよ。

 雷撃纏って攻撃させづらいようにする手段もこれでボツ。

 そんなにおれの生命線封じたいの?

 封じたいだろうね!

 ああ、くそっ!

 自分でも想定しきれなかった、おれを無力化する状況ってのをこうもピンポイントで用意するとか、ちょっと根性悪すぎんだろ。

 腹立たしいことこの上なかったが、怒ったからといって状況が好転するわけでもない。

 とは言え冷静になったからといっても、やっぱり事態が好転するわけでもない。

 そもそもおれには相手を倒せる()()()がない。

 腰には珍品ナイフの縫牙があるが、それを抜きはなってどうするという話だ。突き刺せるイメージがまったくわかない相手に抜きはなったところで、奪われて逆に刺されるだけだろう。

 しかしだからといって、あっさり負けるわけにもいかないのだ。


「ぬぐぉ! ほ! ――ひぃ!」


 次々と繰り出されるレグリントの拳や蹴りを、泣きたい気分になりながらも必死に躱す、避ける、やり過ごす。

 レグリントはシアよりも遅い。

 それだけは本当に救い――、けれどその動きは老獪だ。

 おれの攻撃や防御に対する答えが型としてすでにあり、最速でそれをぶつけて来る。

 さらに油断していると攻撃を避けきれない状況に追い込まれて詰まされる。

 ミーネの率直な攻撃と比べたらシアは相手を翻弄するようにいやらしいものだ。

 が、それでも素直は素直だった。

 シアはその状況に応じて虚実を入れ替えることをするだけで、相手を一手一手と追い詰めていく動きはしていない。


「よく躱しますね」


 レグリントが苦笑する。

 そして左手を――、ふわっと、種まきでもするような力のこもっていない動作でもっておれの顔を叩こうとする。

 これまで喰らったら骨が割れそうな攻撃ばかりだったので、その攻撃なのかもわからない柔らかい動作が気味悪くて仕方ない。

 避ける。もちろん避ける。

 中途半端に避けると追撃がくるので全力で避ける。

 そしたら何かを視界の端で捉えた。

 目だけ動かして確認すると、おれの顔めがけて放置されていた妖精鞄が浮き上がってくるのが見えた。

 こいつ伝説級の道具を蹴り上げた!?

 未だ水を吐きだしながら、おれの顔めがけて飛んでくる妖精鞄。

 咄嗟のことで反応が遅れたものの、それをなんとか左に首をかしげるようにして躱す。

 ――そこを、右拳で迎え撃たれた。


「がっ!?」


 ゴッという音を耳のすぐ側で聞いた。

 初めてもろに一撃喰らった。

 星まで見えた、くそったれ。

 意識はまだしっかりしているが、綺麗に殴り飛ばされて姿勢が半回転――、もろにレグリントに背を向けている。

 状況は最悪――、だが足掻く。

 咄嗟におれは指を鳴らす。

 ただ、鳴らす。


「――ッ!?」


 仕留められるならばいっそ――、というやけっぱちの攻撃を警戒してレグリントは戸惑ったか? わからない。だがここで来ると感じた攻撃はこなかった。おれはその一瞬で飛び退いて距離をとる。


「――こ、こんないたいけなお子さんに本気で殴りかかってくるとか大人げねえな、おい!」


 今の一撃は本当に痛かったので思わず文句が出た。

 レグリントは一瞬きょとんとしたが、すぐに表情を改める。


「ロールシャッハ様から手加減はするなと申し付けられております。それと、まだ本気ではありません」

「うそん」

「元々、武闘家ではありませんしね。ただ人様にお見せしていい武器を持ち合わせておりませんので、仕方なく無手にてお相手をしております」

「…………」


 あ、これ負けるわ。

 ロールシャッハはおれが勝とうが負けようがどうでもいいのかもしれないが――、いや、自他共に負けても仕方ないと思わせるような相手を出してきてるんだから、きっと負かしてやろうと考えているな。

 ……、うん、ちょっとイラッとする。

 それにあれだ、もし負けたらきっとシアは『お兄ちゃんは決闘を受けてみんなの前で負けました』とか手紙を書きやがるに違いねえ。

 冗談じゃない。

 まだ――、まだだ。

 まだ負け犬街道を突っ走るには早い。

 まだちょっと早い。

 おれはまだもうちょっとの間だけ、すごいお兄ちゃんでいなければならない。

 おれが負けていいのは両親とシアお姉ちゃんだけだ。

 ……、あとミーネも。


「なんとか勝たせてもらう」

「ほう」


 一回だけまともに打ち合う覚悟を決めておれは構えた。

 それまで回避一辺倒だったおれがまともに構えたのを見てレグリントは小さく唸る。

 レグリントはおれのことを目の良さだけでなんとかしのいでいるお子さんだと思っているだろう。

 バカめ、まったくその通りだ。

 いやむしろそれ以下だ。

 過大評価しているせいで、おれが向かってくる気になったということはそれなりの攻撃手段があるものと考えるだろう。

 バカめ、そんなものはない。

 ないが――、やれることはある。


「いくぞ!」


 初めておれから仕掛ける。

 今からこれで殴りかかりますね、と言わんばかりに右拳を振りあげて、そのままレグリントへ突っこむ。

 本気なのかブラフなのか、逆転できるような攻撃手段があるのかないのか、そしてこの隙しかないおれに攻撃していいのかまずいのか。

 この怪しさ全開のおれの攻撃に対し、レグリントの選択は冷静な牽制だった。体格差、体重差、そしておれの打たれ弱さも考慮してなのだろう、右のジャブを顔に叩きこめば止まると判断したらしい。

 右拳がおれの顔面を捉える。

 痛い。確かに痛いが打ち抜かれるほどではない。

 ありがとう。

 想定した行動で、一番ありがたい選択をしてくれてありがとう。

 お返しにこれをあげよう。

 喰らえ〈魔女の滅多打ち〉!

 ドンッ、と爆ぜたような音がして、ジャブを繰り出したままの状態でレグリントが後方へ弾かれる。

 かろうじて倒れこみはしなかったが――、体勢を立て直そうとしてレグリントは盛大にすっ転んだ。


「……なっ!?」


 初めてレグリントが動揺した。

 神撃によって過剰に強化された身体能力――、意識と体の感覚の齟齬に戸惑っている。

 なんとかうまくいった。

 最初は単純に自分に使おうと考えたが、使ったところでいまいち意味がないような気がしたのだ。

 身体能力は追いつけるかもしれないが、あっちには技があり、こっちには何もない。

 が、そこでふと閃いた。

 相手に使ってやればいいんじゃないか、と。

 どうせ負けるならやってやれ、という気持ちでの賭けだったが、雷撃耐性でカットしきれなかったぶんはしっかり仕事をしてくれているようだ。なんせ全力だったからな。


「やれやれ……」


 どうにかなったとため息をつく。

 あとは〈魔女の滅多打ち〉の効果が切れるのを待つだけだ。

 存分に効果が切れたあとの副作用――、地獄を味わうがいい。

 しかし――


「は?」


 氷の上で立ちあがろうとするように、レグリントはゆっくりと、全身に神経を行き届かせるようにして体を起こした。

 暴れ馬と化した己の肉体をぎりぎりで制御してのけたのだ。

 想定外。完全に想定外。

 なにしろ〈針仕事の向こう側〉でも使えなければ制御できるようなものだとは思ってなかったのだ。

 しかしそれは才能のないおれが制御するための手段であり、では才能豊かな者の場合はどうなるのか?


「ぎりぎり制御できるってか? 冗談じゃねえぞ」


 勝ったと思ったら状況を悪化させただけだったらしい。

 いや――、まだ勝機はある。

 超強化されたレグリントの攻撃を、〈魔女の滅多打ち〉の効果が切れるまでしのぐことができれば――、だが。


「なるほど……、短期決戦で挑む必要があるわけですか」


 自分の体の異変をなかば理解したように言う。

 過剰に強化されたならばこのあとどうなるか、それを漠然と理解したようだ。

 即座におれは自身に〈魔女の滅多打ち〉を、そして〈針仕事の向こう側〉の効力を限界まで引きあげる。

 レグリントは慎重に一歩を踏み出し、二歩目はそれよりも速く、三歩目はさらに速く――、そして、最後には跳ね上がるように速度を上げて突っこんできた。

 速い――、だが動きは単純。

 過剰強化された肉体を完全に制御することは出来ていない。

 そのため繊細で複雑な動きはすべて捨て、単純な速度と威力での攻撃に切り替えてきた。

 手加減の出来なくなっているレグリントの攻撃を躱しつつ、おれも反撃を試みる。今のレグリントは高速ではあるが動作は雑。限界まで意識を加速させたおれはその隙を突いてみるが――、流石、これを躱す。

 おれたちは絡み合うように攻防を躱し、弾かれるように離れ、そしてまた地を蹴りつけて再び絡み合う。


「そろそろ当たれよな!」

「貴方こそ!」


 おれは元々必死の形相だが、さすがにレグリントもすでに涼しげな表情を保つことは出来ず厳しいものへと変化していた。

 高速の攻防は続く。

 いつまでも、いつまでも。

 しかし実際は何分たったのだろう。

 一分? 二分?

 今のおれでは時間を感覚で計ることは不可能だ。

 呼吸がおかしい。

 まるで嘆き呻くような音がする。

 いくら息を吸っても足りない。

 視界がぼやける。

 頭が痛い。

 けれどまだ動ける。

 ならば諦めてはいけない。

 力尽きて負けるのはいい。

 けれど諦めて負けるのは許されない。

 なぜならそれは、いつか得る導名を汚すから。


「名前さえまともなら……ッ!」


 こんな苦労はせずにすんだ――、と怒りにまかせて拳を放つ。

 当然避けられる――、はずだった。

 レグリントは確かに躱そうとした。

 が、その瞬間、レグリントは雷撃をくらったように硬直。

 そこにおれの拳が滑り込み、レグリントの胸にドンと鈍い音を立てて命中する。

 大した威力などなかった。

 しかしレグリントはその場に崩れ落ちてうずくまる。


「……くっ、時間切れ、のようですね……」


 苦悶の表情を浮かべながらも、地に手をつき上体を起こす。

 のたうち回って悲鳴をあげてもおかしくないのに、レグリントは無様を晒さないよう堪えていた。


「……まいりました、降参です……」


 レグリントの宣言。

 それを聞いた立会人がすぐさま叫んだ。


『ウィストーク家の代理人が全員敗北したことにより、この決闘はレイヴァース家の勝利となった!』


 気づいてみると、観衆は誰一人声をあげず闘技場は静寂に包まれていた。いったいいつから静まっていたのかわからないが、そんなことはもうどうでもいい。勝った。とにかく勝った。

 せっかくだからとおれは挨拶程度にちょいっと手を挙げる。

 次の瞬間、爆発するような歓声が上がった。

 その歓声を聞いておれはやっとこの茶番が終わったのだと実感を覚えた。

 とたんに気が抜け、膝の力が抜ける。

 ――と、倒れかけたおれを背後から支える者がいた。


「やりました! やりましたね、ご主人さま!」


 シアだった。

 自分のことのように大喜びできゃっきゃと騒ぎ、おれを抱えたままぴょんぴょん跳ねる。

 だが――


「ポ、ポポポ、ポ、ポーション、ポーションをお願いします……」


 おれはこのあと訪れるであろう、魔女たちの滅多打ちに恐れおののき勝利の余韻を味わうどころではなかった。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ