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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第132話 11歳(春)…決闘2

 弱めの〈雷花〉だったので三兄弟はすぐに立ち上がった。

 しかし、すでに戦闘不能と判定された後なので、もうどうしようもなくすごすごとウィストーク家の陣営へと引っ込んでいく。

 周囲が静まりかえっていたのはそのときまでだった。

 すぐに怒号、罵声、それから金返せの大合唱。

 純粋に観戦していた者たちにしても、あまりにもあんまりな決着に納得がいかず不満の嵐。

 この祭り始まって最大の大騒ぎとなっていた。


『静粛に! 静粛に!』


 立会人が静めようとするが、憤懣やるかたない観衆はますますヒートアップしていく。

 いやまあ気持ちはわからんでもないが……。

 どうすんのこれ、とおれは立ちつくしていたが――


『まだ決闘は終わっていない! 静粛に!』


 その立会人の言葉にきょとんとする。

 決闘がまだ終わっていないって、三人は戦闘不能って判断されたから決着はついたんじゃないのか?

 立会人の発言、その意味がわからなかったのは観衆も同じらしく大騒ぎは一時的におさまり、困惑したどよめきにかわった。

 はて、もしかしてヴュゼアが出てきて戦うのだろうか?

 ふとうなだれたままのヴュゼアを見やると――、その傍ら、彼を介抱していた介添人の青年がこちらに向かって歩き始めた。

 青年の手には大きめの鞄。

 彼はそれを無造作にひっくり返す。

 と――


「え?」


 一瞬、思考が止まる。

 ひっくり返された鞄から膨大な量の水が止めどなく流れ出した。

 驚いた観衆のどよめき――、その性質は二つにわかれた。

 一つは一般市民。

 魔道具とおぼしき鞄から膨大な水が放出されていることへの純粋な驚きである。

 そしてもう一つは貴族連中だ。

 あれが妖精鞄――、話には聞いていたが、ほとんど伝説となっているシャーロット作の魔道具であると理解しての驚愕。

 鞄から吐きだされる水量は尋常でなく、青年がこちらへと歩いてくるだけの時間ですっかり闘技場は水浸しに――、そして周囲の貴族席にて観戦する貴族たちの足もとにまで及んだ。


「あー、なるほど。この程度なら危害にはならない、と」


 だが、おれが強雷撃ぶっぱなしてそれが水に伝わり周囲の貴族連中を痺れさせたらそれは危害になる。

 そうかそうか、こういう手できたか。


「しっかし大っぴらにまあ……」


 シャロ様ゆかりの家だから妖精鞄を保持していてもおかしくはないが、それにしてもこんな観衆の面前で、堂々と惜しげもなく披露するというのはちょっと考えられない。

 いくら水が――、おれの強雷撃を封じ込めるために水が必要だったからといって、こうも堂々と伝説級の代物を出してくるか。

 青年は闘技場がすっかり水浸しになったことを確認すると、未だ水を放出し続ける妖精鞄を無造作に投げ捨てた。

 それを見た貴族から悲鳴のような声が上がる。

 妖精鞄をただの小道具として使用――、もうこれだけで決闘に対する意気込み、そして周囲への示威行為としては充分すぎるだろう。

 青年は妖精鞄などさして重要ではない、と言わんばかりに落ち着き払った様子でおれと対峙した。

 長めの栗毛は七三分け風で、瞳は深い濃褐色。

 丹精な顔立ちをしているが、どこか陰りがある。

 なんか執事っぽい格好だから、てっきり介添人とばかり思っていたが、どうやらこの青年が四人目――、いや、本命だったらしい。


「で、あんたは四男?」

「いえ、義兄です」


 すました顔で青年は言う。

 そこで立会人が再び観衆に向けて紹介をした。


『最後に紹介するはウィストーク家家令レグリント・エンフィールド! このたびウィストーク家のヴュゼア、そしてエンフィールド家のルフィアとの婚約が成立したことによりレグリントは決闘代理人としての条件を満たすこととなった!』


「おいおい婚約って……、そこまでやるかよ」


 ヴュゼア少年がうなだれっぱなしでいる理由がわかった気がする。


「義弟の名誉のために出張ってきたってわけか、家令なのに」

「ウィストーク家ではこういった荒事も家令の管轄ですので」

「管轄ひろすぎだろ」

「おや、貴方がメイドに望むこととそう大差ないと思いますが?」

「そう言われると……、そうだな」

「主に忠誠を誓い、表からも裏からも支える者たち。やはりロールシャッハ様の仰る通り、貴方の発想はシャーロット様に似たところがあるようですね」

「そうかもなぁ」


 違いがあるとすればメイドたちはやっとスタートしたところなのに対し、エンフィールド家はすでに三百年ほどの歴史があるということだ。

 それは三百年もの間、後ろめたい貴族から恨まれ、疎まれるウィストーク家を支えてきた実績を――、つまりは実力を持つということである。

 まるでその証左でもあるように、レグリントが紹介されたとたん貴族たちはこちらを静かに見守るだけになってしまった。

 エンフィールドの者がどれほどのものか、それをしっかりと確かめんとするように真剣な顔で観察している。


「しかし、あんたを代理にするために婚約なんてことになって、妹さんは嫌がらなかったのか?」

「妹は乗り気でしたよ。もともと好意を抱いておりましたし」

「あ、そうなの?」

「ただヴュゼア様は困惑しておられましたね。どうやら実の姉のように思っていたようで」

「それは……、あいつ大変だな」


 と、おれは何気ない会話を装いながら〈炯眼〉にて青年――レグリントの身につけている物をチェックしていく。

 服こそ普通の代物だが、その服装に合わない腕輪や首飾りにはしっかりと雷撃耐性の効果がついている。雷撃無効こそはないものの、ただの〈雷花〉では麻痺させることは難しいかもしれない。

 普通の雷撃は威力を弱めて気合いで耐え、強雷撃は周囲にいる観衆を盾にして使わせない、という作戦のようだ。


「あと最後に聞きたいんだけど、あの三兄弟ってなんだったの?」

「貴方がどれほど強いのかわかりやすいようにと用意した者たちでしたが……、噛ませ犬にすらならなかったので貴方を正当に評価できた者たちは少ないでしょうね。冷静に考えて貴方くらいの少年が大の大人三人を瞬く間に倒すなどそう有ることではないのですが……」


 ああ、おれの評価を上げて、ヴュゼアが負けるのも仕方ないといった雰囲気を作りたかったわけか。

 よかった。

 本当にただの茶番だったらあいつら不憫すぎる。


「それでは――、そろそろ始めるといたしましょう」


 レグリントはそう言うと、そこで初めてかすかに微笑んだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/05/31


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