第131話 11歳(春)…決闘1
前座の武闘大会が終わり、いよいよ決闘が開始される。
おれは介添人として同行を許されたシアをともない、案内されるままに闘技場へと出向き――、そして大歓声を浴びた。
レイヴァース!
レイヴァース!
興奮した観衆が声を張りあげて連呼する。
もしそれが名前だったら、おれはもう心が折れていたかもしれない。
「あは! 盛りあがってますね!」
大声でシアが言ってくる。
そうでもしないとうまく聞き取れないくらいの騒がしさだ。
直径二十メートルほどの闘技場の中央にはこの決闘の立会人らしき中年男性がいた。
そしてその立会人を挟んで反対側にはこのバカ騒ぎのきっかけを作ったウィストーク家のヴュゼアがいる。
ヴュゼアは椅子に腰掛け、片手で額をおさえてうつむいていた。
介添人らしき青年に介抱されているその様子からして、この騒ぎを歓迎しているようにはとても見えない。
たぶん今回一番の被害者はあいつだろうな。
そんなヴュゼアの周囲にいるのがウィストーク家の決闘代理人。
なのだが――
「なんで三人もいんだよ!」
そう、黒いローブを目深に被った奴が三人いるのだ。
「そういえば人数に制限があるとか言われませんでしたね!」
「いやそうだけど! そうだけども!」
こんないたいけな子供相手に大人三人って、もう名誉もクソもないだろう。
おのれロールシャッハ。
本当におれを戦わせたいだけか!
『静粛に! 静粛に!』
闘技場の中央にて立会人が大声で叫ぶ。
その声はやたらでかく、この闘技場どころか大広場全体にまで響き渡るほどだ。
よく見れば立会人は手になにか持っている。
たぶん拡声器のような魔道具だろう。
観衆が静まるのを待ち、立会人はまずこのたびの決闘の経緯、そして取り決めを語り始める。
要は恥をかかされたウィストーク家が名誉を回復するため挑戦者としてレイヴァース家に挑む――、というのがこの決闘の骨子であるという説明をしたのだ。
そして話は決闘の取り決めに移る。
決闘の代理人は親族の男性のみと決められている。
武器や道具の使用は自由。
魔法の使用も問題ないが、周囲の見物人にまで危害が及ぶようなものは使用禁止。危害を加えた場合は即座に負けとなる。
決着は一方が降参するか、戦闘不能と判断されたときにつく。
ただし相手を殺害してはいけない。
もし殺害してしまった場合は負けとなる。
『ではこれより決闘を開始する! まず紹介するは偉大なる魔導師、万魔シャーロット・レイヴァース唯一の弟子リーセリークォート・ディーパトラ・ナイラ・ルー、その唯一の弟子である〈黒き魔女〉リセリー・レイヴァース男爵の長子――』
「ほいっと」
突然、傍らにいたシアがおれの両耳を塞ぐ。
とほぼ同時、再び大歓声があがるのがシアの手のひらごしにでもわかった。
「いや、ほら、さすがに名前呼ばれたからって、立会人どころか集まった人たちにまで雷撃喰らわせるのはまずいでしょう? いきなり負けになっちゃうじゃないですか」
おれの耳を解放してシアは言う。
「いくらおれでもそれぐらいの分別はあるんだが……」
「いやー、分別あってもどうにかなる問題じゃないと思いますんで」
からかうでもなく、シアはわりと真面目におれを案じたようだった。
ちょっとへこんだ。
そして次にウィストーク家の代理人へと紹介は移る。
『次に紹介するは挑戦者、ウィストーク伯爵の子息、ヴュゼア・ウィストークの決闘代理人!』
声がかかると同時、三人がローブを脱ぎ捨てた。
そして姿を現したのは金属の鎧を纏った逞しい野郎ども。
三人は立会人を待たず、自ら紹介を始める。
「我が名はゴディア! ウィストーク伯爵家の闇に葬られし影の長男なり!」
「我が名はゼルガ! 同じく次男!」
「我が名はザガン! 同じく三男!」
誰がどう見てもまったく似てない野郎どもは兄弟とごり押し――
「「「我らウィストーク家、闇の三兄弟! 光の長子ヴュゼアの名誉を守るため、今、闇より這いでてここに推参!」」」
かなり練習したのだろうか、見事に声を揃えてそう言った。
「え? もしかして、わざわざ三人を養子にしたとか、そういう話ですかこれ?」
シアすらあきれるこの有様。
助っ人外国人かよ。
『…………』
騒がしかった場が沈黙する。
さすがに無茶がすぎると思ったのだろう。
ところが――
「ウィストーク家の闇の三兄弟だって!」
大声を上げる観客が一人いた。
そして尋ねる観客も一人。
「知っているのかランディ!?」
「ああ、噂だけはな! ヴュゼアがウィストーク家の光を象徴するなら、あの三人はその闇を象徴する三兄弟! ウィストーク家の裏の仕事をこなすことを宿命づけられた呪われし兄弟たちだ! まさかこんな奴らが出てくるとはな! こりゃあレイヴァース家といえどもただじゃすまないだろうな!」
と、観客は大声で解説し、それからすごすごと引っ込んだ。
尋ねた観客もそれに続いて消えていく。
「あれ、絶対あれを言うためだけに雇われた人ですよね……」
「言うな。言うな。おれが切なくなる」
茶番にもほどがある。
もしかしておれを試すのではなく、この騒ぎを利用してただおれを周知させるのが目的だったのだろうか?
『では双方、名誉を賭けるに相応しい戦いをするように! 始め!』
立会人は決闘開始の合図をする。
三対一で名誉もなにも……、とおれが思っていると――
「がんばってー!」
背後からミーネの声が聞こえた。
ふと肩越しに見やると、後方にある関係者席にはミーネ、そしてメイドたちが集まっておれに手を振っていた。
みんな頑張れ頑張れと応援してくれている。
「ん。まあ、がんばるか」
そろそろ茶番に振り回されることにうんざりしてきていたが、だからといって負けるわけにはいかないのだ。メイドたち、そして生徒たちの懐具合はおれの勝敗に懸かっている。
少しやる気になって、おれは闇の三兄弟に向きなおる。
だが――
「うぐぐっ、うぐっ、ぐ――」
三兄弟の一人――、ゼルガだったか? そいつが泣いていた。
「泣くな兄弟! 泣くんじゃない!」
「だ、だって、俺たちはこんな茶番で恥をさらしているのに、あいつはあんな可愛い嬢ちゃんたちに応援されて……、悔しい!」
「わかるぞ兄弟! だがその悔しさはあいつにぶつけてやるんだ!」
パチンとな。
「「「ぎゃあああああぁ――――ッ!」」」
おまえらが茶番と認めちゃダメだろうが。
付き合うのもバカらしく、おれは〈雷花〉で先制攻撃。
まずはどんな対策をしているのかと確かめるものだったが、三人は雷撃をもろに浴びて倒れた。
『戦闘不能を確認!』
そして立会人に戦闘不能と判断された。
…………。
あれぇ!?
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/08




