第130話 11歳(春)…決闘の日
ミリメリア姫から伝えられた通り、後日、おれはウィストーク家の者から決闘を申し込まれた。
それがわざわざ訓練校にやってきて巻物を大声で読み上げるもんだからその日のうちに知れ渡り、あげく、マグリフ爺さんがその日は訓練校の全員で観戦に行こうと言いだした。
そのせいで訓練校全体――、生徒のみならず教員たちまで決闘の日を楽しみにしてそわそわ落ち着かず、浮き足立つという有様だ。
お祭りじゃあねえんだぞ、とおれはあきれていた。
だが決闘の当日――、おれは思い知る。
お祭りだった。
決闘が行われる場所は王宮前の大広場。
そこには朝早くから決闘を観戦しようという人で賑わい、広場外周にはその人々目当てに屋台がずらずらと並ぶ。
広場中心には即席の闘技場が組み上げられ、その周囲には貴族用の観覧席。さらにはそれをぐるっとすり鉢状に囲む立ち見用の踏み台まで用意されていた。
現在、闘技場では決闘前の余興として簡単な武闘大会が行われているようだ。
「暇なのか? この国の連中はみんな暇なのか?」
即席闘技場のすぐ外、レイヴァース家関係者用のテントにておれは頭を抱えていた。
「もごご?」
「いえ、そのお肉はけっこうです。オークでないのを頂きます」
屋台で買ってきた串焼きをもりもり食べるミーネとシア。
テントには金と銀、そしてメイドたちがぎゅうぎゅうに詰めこまれるようにして集まっている。
メイドたちは応援に来てくれたのだが、この賑やかさにすっかり魅了されてもう祭りを楽しむことに専念し始めていた。
皆はすでに屋台をぐるっと廻り、それぞれ買いこんだ食べ物を持ちこんで即席の食事会を開いている。
ここは休憩所じゃないんですけどね……。
「あんちゃん、あんちゃん、あたいあんちゃんに賭けたぞ!」
ケバブっぽいものを食べていたティアウルが言う。
「え? 賭けまでやってんの?」
「やってるぞ! あんちゃんの方が人気なかった!」
「そうか。そりゃそうだろうな」
ウィストーク家と違い、おれはこの春にひょっこりやってきたただのお子さんだ。それにウィストーク家が威信を賭けて決闘に臨むんだから、当然勝算があってのものだと誰もが考える。
拾える金は拾うの精神で賭けているのだろう。
おれがそんなことをぼんやり考えていると――
「あたいの全財産賭けてきたからな!」
「ちょっとティアウルさん!?」
ドワーフっ子はとんでもないことを言いだした。
ギャンブラーすぎんだろ。
「大丈夫だぞ! すってんてんになっても、メイド学校にいれば生活には困らないからな!」
「その通りだニャー。だからニャーも全部ニャーさまに賭けたニャ。夕方にはお金持ちニャー」
「実は私もガツーンと全部いってきました!」
ティアウルに続いて「うぇーい!」と声を上げたのはリビラ、そしてリオだ。
「ちょ、ちょっと待て。他にもおれに賭けた奴いる?」
まさかと思って尋ねると、このテントにいる全員が手を挙げる。
静かにモクモクとふかし芋を食べていたジェミナまでピッと小さく手を挙げていた。
「えー……」
どうすんのこれ……。
おれが愕然としているとヴィルジオが笑顔で言う。
「ははっ、主殿、そう気負う必要はないぞ。ティアの言った通りメイド学校にいれば生活に困ることはない。むしろ貯まっていくばかりでな、せっかくの祭り、ここはちょっとはめを外して遊んでみたくなっただけの話だ」
「そうですね。全財産を賭けるのはやり過ぎと思いますが、いつもお世話になっている御主人様の配当率が高すぎるというのはいささか不愉快に思いましたので……」
アエリスも珍しく微笑みを浮かべて言う。
そうか、なんか気を使わせてしまったな――、と思ったら、アエリスは急に真顔になって続ける。
「ささやかながら全財産賭けさせていただきました」
「やっぱり全財産なの!?」
どいつもこいつもチャレンジャーだな!
「あ、私は全財産ではありませんよ?」
そう言ったのはサリス。
そうか、よかった。
大商人のご令嬢の全財産賭けとか、想像するだけで恐いわ。
「でも金額は一番多かったぞ」
「ちょ、ティアさん……!」
なんで言うんですか、とサリスがティアウルを睨む。
金額は聞かないでおくことにしよう。
おれがおごそかな顔になっているとリオがそっと囁く。
「ご主人様、ご主人様、私たちのことは本当に気にしなくてもいいですよ? もしご主人様が負けてしまっても、私たちは生活に困るようなことにはなりませんから。……でも、出来れば勝ってあげて欲しいと思います。ちょっと困ったことになる子たちもいるので……」
「困ったことになる子たち……?」
なんだそれ、と尋ねるとリオは苦笑した。
「訓練校の生徒たちがけっこう……、と言いますか、ほぼ皆さんご主人様に……」
「それはしゃれにならん……」
訓練校の生徒たちにとってお金は大事。とても大事。
日々の生活費は当然、冒険者になったとき武器防具を揃えるために、そして仕事が軌道に乗るまでの生活費としてもちゃんと蓄えをしておかなければならない。
だというのに、訓練を終えたあとせっせと働いて貯めたお金を賭けたのか、おれに。
「まさか全財産ぶっこんだ奴はいないよね?」
「え? えー……、あー……、うーん……」
リオが口ごもる。
いるらしい……。
「なんだってそんな無茶をするかね?」
冒険者になろうなんて考える奴らだし、その根底には一攫千金を夢見るギャンブラーでも潜んでいるのだろか?
「あれですよ。ご主人さまってぶっちゃけ無名じゃないですか」
オークではない串焼きを食べながらシアが言う。
「だから勝てるもんかって笑いながら話してる人たちが賭博屋のところに結構いましてね、まああとはあれ、先生が負けるもんかって売り言葉に買い言葉、そして意地と名誉のオールイン、と」
「おまえ見てたんなら止めろよ……」
「止める? なに言ってるんですか、こんな面白いこと。むしろわたしは率先して有り金賭けてやりましたね」
「そうそう、私も」
ねー、と金銀が声を揃える。
イラッとした。
「そしたら、じゃあ僕も! 私も! ってことになりまして」
「おまえらが先陣きったからかよ!」
すっからかんになったとしても、それは自業自得というものだが、おれを応援するためだったとなると負い目も感じる。
「ま、負けられねえ……」
なんでおれ味方にプレッシャーかけられてるんだろう……?
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/20
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/21




