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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
13/820

第13話 3歳(夏)4

 父さんとの訓練は翌日から開始された。

 訓練とはいっても父さんと一緒に森を散歩するだけだ。

 がしかし、散歩するのは人の手のはいっていない原生林。歩きやすいわけがない。腐葉土は適度に歩みを鈍らせるし、そもそも窪んでいたり盛りあがっていたりとすごく歩きにくい。はりだした木々の根やごろんと転がっている石や岩には苔に覆われ乗ればたいがい滑る。もちろん肉食の動物がいて魔物もいる。刺す虫はいるし、ふれるだけでもやばい草木もある。

 正直なめてた。

 森で心が安まるなんてのはイメージだ。

 手入れされていたり、ちょうど美しい状態にたもたれている場所が宣伝されて生みだされた幻想にすぎない。本当の森は汚いし恐い。ここは人の場所ではないとはっきりわかる。

 元の世界ではアスファルトで舗装された場所が生活圏だった。当然ながら森を歩きまわるような経験はなかった。クラスメイトたちに「夏休み樹海でサバイバルしようぜ!」と誘われたことはあったがもちろん断った。おかげでニュースにならずにすんだ。

 そんな後悔まっただなかのおれとは違い、父さんは慣れた道を進んでいくように歩いている。おそらく父さんはおれと見ているものが違うんだろう。歩きやすい場所やルートを経験から取捨選択して進んでいるのだ。


「お、あそこは危ないぞー」


 なにげなく指摘した場所はおれからすれば平坦で歩きやすそうな場所だったが、実際はそこだけすこし窪んでいて水がたまっており、それが落ち葉に隠されていた。べつにそこにはまっても足もとがぐちゃぐちゃになってウンザリするくらいのものだろうが、その状態で森を歩きつづけるのはひどい罰ゲームだ。舗装された道を歩くことに慣れきっていたおれはそれまで意識することがなかったが、歩きやすい、ということはそれだけでとてもありがたいことだったのだ。歩きにくい、それだけで心身ともに疲れるのが早い。まして周囲を警戒しながらとなると、もう今のおれにはお手上げだった。

 おれは相変わらず自然体な父さんを見て、なんとなくその凄さを理解した。


「よーし、今日はこのへんで一休みしてからひきかえすぞ」


 座るのにちょうどよさげな倒木を見つけて父さんは言った。

 一時間くらいは歩いたと思う。

 父さんに疲れはまったく見られない。

 おれはすっかりへばっていて、もうちょっと眠い。

 森を散歩して体作りと父さんが言っていた意味がよくわかった。

 一定のリズムで歩くことができないというのは、それだけで体に想像以上の負荷をかけるのだ。スポーツの練習でもわざわざ不整地をランニングするとかあるらしいし。


「ほら、水」


 父さんに丸っこい水筒をわたされ、ごきゅごきゅとのどをうるおす。さわったかんじブリキっぽい。ステンレス製はさすがにないんだろうな。

 それにしても水うめえ!


「これ食べてみろ」


 さらに父さんからちっこい赤い実をひとつまみわたされる。かすかに甘いにおいのする実をいっきに口にほうりこみ、ひと噛みして――


「ぶふぅ――ッ!」


 おれは派手に吐きだした。


「すっぱ! すぱぱぱっ!」


 赤い実は甘い香りをしているくせにめちゃくちゃ酸っぱかった。あんなちっこいのをいくつか噛んだだけで、レモン果汁が口のなかで炸裂したような威力をもっていた。


「あははは!」


 慌てふためくおれをみて父さんは笑う。

 おのれぇ……。

 ここが森のなかでなかったら雷撃をぶちかましているものを……。

 おれが恨めしそうに見ていることに気づくと、父さんは笑いながら謝ってくる。


「悪い悪い。でも今のはただ意地悪しただけじゃないぞ? この実、甘くておいしそうだったろ? でも酸っぱかった。こういう自然にあるものは香りとか見た目で判断するのは危ないんだ。だからおいしそうな実があっても、父さんにきくまで絶対に食べちゃ駄目だ。めずらしい木や草、キノコなんかも、触るのはまずは父さんに聞いてからだ」

「あー、うん、わかった」


 今のは教育の一環ということか。

 確かに見た目や香りではあんなに酸っぱいなんて想像もしなかった。


「よし、じゃあ今日はこの実のことを覚えようか。この実はリチコの実って言ってな、毒はないけどすごく酸っぱい。だから疲れたときに食べるとちょっと元気がでる。焼いた肉や魚にちょっと絞り汁をかけるとおいしいぞ。帰りにリチコの木も見ていこうか」


 よしよしと父さんがおれをなでる。

 なるほど、父さんは母さんと違って体験学習型なのか。


    △◆▽


 休憩しておれがちょっと元気になったところで帰ることになった。

 ところがである。

 父さんはおれに家まで先導してみろと言いだした。

 来た道――道なんてねえ――を引き返せばいいわけだが、おれには家への方角なんてまったくわからなかった。


「よーく観察するんだ。ちゃんと来たときの跡は残ってるぞ」


 父さんはそう言うが、おれにはまったくわからない。


「基本は地面だ。土がやわらかいから、足跡が残っている」


 言われてみれば確かに残っている。ただこれ、足跡じゃなくて、わざと痕跡が残るよう爪先で軽く蹴ったような……。

 父さんはおれでもわかる痕跡を残しながらここまできたらしい。

 こうもお膳立てされていたらやらないわけにもいかない。本来の三歳児であれば出来ないといって泣き出すくらいだが、おれの中身は合算で二十歳いってるいい歳した野郎なのだ。

 痕跡をたどりながらの帰路は行きよりもはるかにきつかった。

 進行速度はおれにまかされているとはいえ、意識を集中させつづけないといけないのがつらい。

 なんてこった。

 一時間くらい歩いてきたので、往復で二時間くらい?

 お昼まで時間あまるな~。

 なんて思っていたのが大間違い!

 これでは昼までに家へたどりつけるかどうかもあやしい。

 これから午前中の父さんの訓練はずっとこんな感じで続くんだろうか?

 そのうち森に置き去りにされて「がんばって帰ってこい」とか言われるんじゃなかろうか?

 やべえな、父さんってスパルタ教育型だ。

 そして本人はたぶんそれに気づいてないやつだこれ。

 おれは遅々たる歩みで森を進んだ。

 もうヤダーッとあきらめるのは簡単だったが、初日でいきなりギブアップするのはちょっと癪にさわる。ほとんど意地だった。

 そして、おそらく半分はもどっただろうと思われるころ、父さんが後ろからおれの頭をむんずと掴んだ。

 何事かとふりかえると、父さんは手のひらで口を隠す仕草をする。

 静かに、ということなのだろう。

 それから父さんは先にある木を指さした。三十メートルくらいは離れているだろうか。


「……?」


 よくわからないまま目をこらしていると、木の葉が小さく揺れた。

 かろうじて焦げ茶色の鳥がいるのがわかった。

 父さんはゆっくりとした動作で腰のカバンから一本の細長い刃物をとりだし、ゆるやかに構えると、ヒュッと瞬間的に投擲。


「よし!」


 父さんが満面の笑みになる。

 そのままおれを脇に抱え、意気揚々とその木に駆けよった。

 よく見てみれば、その木は赤い小さな実――リチコの実がたくさんみのっていた。ならこれが帰りに見ようと言っていたリチコの木なのだろう。

 父さんはしとめたのは鳩くらいの大きさをした茶色い鳥だった。


「この鳥はリチコの実ばかりを食べる鳥でな、そのせいなのかすごくおいしいんだ。臆病で危険を感じるとすぐに逃げていってしまうんだが、ゆっくり近づいたから気づかれる前に仕留めることができた。いやー、ひさしぶりだなー。リセリーも喜ぶぞー」


 よほどおいしい鳥なのか、父さんはほくほく顔で喜んでいる。

 バスケットコートの端から端くらいある距離で、この大きさの鳥を投擲でしとめるというスゴ技を披露したというのに、それについてはまったくどうでもいいことらしい。


「昼に間に合わせるには……、うん、今日の訓練はここまでにしようか。あとは父さんがおんぶしてやるからな! よーし急いで帰るぞ! 父さんのリチコ鳥料理を食べさせてやるからな! うまいぞー!」


 父さんはおれを背負うと、すぐに走りだした。

 背負ったおれを後ろにまわした右腕でささえ、左手にはリチコ鳥、そんな状態にもかかわらず軽快に悪路を駆けている。

 凄い通りこしてちょっと変態的です父さん。

 そして父さんは森を家まで走りきり、母さんにリチコ鳥を自慢げに見せるとそのまま昼食の準備をしはじめた。

 未だ疲れた様子なし。

 父さんの凄さの一端を垣間見た日だった。


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/19


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