第128話 11歳(春)…決闘のご案内1
「近いうち、貴方はウィストーク家から決闘を申し込まれます」
姉さんはなんとかありついたお菓子をもう取られてなるものかと急いで食べ終え、お茶を飲み干してひと息ついてからそう言った。
「ウィストーク家……?」
さっぱり記憶になく、おれは首をかしげるしかなかった。
そもそも、なんで決闘なんぞ申し込まれねばならんのか。
すると隣にいたシアがぐいぐいと肘でつついてくる。
「……ご主人さま。ほら。入学試験のときに絡んできた……」
「ああ! あー……、あいつ」
あの日、おれに絡んできた坊ちゃんか。
クロアをバカにされたもんだから、ついつい張りきって雷撃を喰らわせまくってしまったが、あれから顔を見なくなってしまったのですっかり忘れてしまっていた。
「ではえっと……、つまり、そのー……、ウィストーク家のそのご子息と戦うってことですか?」
「いえ、そこは代理人が。少なくともヴュゼアよりは強い者を出してくるでしょう」
あ、そうそう、名前はヴュゼアだったな。
「いーなー、楽しそう」
ご令嬢がなんか言っているが無視しようとしたのだが――
「私も昔やったことあるのよ? 相手はどこかの貴族の子だったわ」
さらになんか言いだした。
それを聞いた姉さんはちょっと苦笑気味に笑う。
「……ミーネちゃん、それ、ヴュゼアですよ」
「あれ?」
「婚約を申し込まれたミーネちゃんが、じゃあ勝ったら、って言ったのがきっかけで決闘が行われたんです」
「あー、それであっちは私を知っていたのね」
ようやく合点がいったようにミーネは笑顔になるのだが……、ヴュゼアが絡んできたのって絶対こいつが側にいたからだよな……。
「しかし、決闘ですか……、謝罪ですむなら謝りますが……」
「それではすみませんね。貴族ですから」
貴族……、面倒くさいなぁ。
「じゃあどうすればいいんでしょう? 僕に婚約者になれと?」
「ふふっ、それはないです」
あきれ混じりに言ったら姉さんにちょっとうけた。
「一応、ウィストーク家が和解する場合の条件を聞いていますが」
「なんでしょう?」
「メイド――、シアちゃんをよこせと」
「…………」
つい、と隣のシアを見やる。
シアはにっこりと微笑んだ。
「ご主人さま! そろそろこちらの生活も落ち着いてきたので、お母さまに手紙を書こうと思います!」
「おれは元気でやっていると書いといてくれ」
「はい、かしこまりました!」
うん、さすがに差しだしたらまずいな。
「決闘を受けないというわけにはいかないんでしょうか?」
「難しいですね。時間をかけて御爺様に陳情までしていますから」
それで今更ってわけなのか。
「ウィストーク家の言い分としては、晴れ舞台で息子が恥をかかされたから、その名誉を取りもどすため――ということになっています」
「あの、ミリー姉さま、ぼくは田舎から出てきたのでよくわからないんですが……、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
「えっとですね、一方的に絡んできて、喧嘩を売って、それで負けて、勝手に恥かいて、そんなのが名誉と叫んで決闘を申し込んできて、それで勝ったとして、本当に名誉は回復できるものなんですか?」
「あきれる気持ちはわかります。馬鹿馬鹿しいことですが、これはある種の決まり事、ウィストーク家は勝つにしろ、負けるにしろ、決闘を挑まなくてはならない状況にあるんです」
挑まなくてはならない……?
「王都には各家の次期当主が暮らしていることはご存じですか? そのためどうしてもその出来というものが比較されやすく、その家の浮き沈みを計る目安にすらなっていることは?」
おや……?
「ちょっと待ってください。もしかして王都には暗黙の了解のようなものがあるんですか? 貴族の跡取り同士は衝突しないように、とかそういう……?」
「そんな取り決めはありません。ただ……、公衆の面前であまりに一方的にやってしまうのは……」
「あー、なるほど……」
これ以上ないくらい一方的に叩きのめしてしまった……。
「例えばやられっぱなしで引き下がった場合、その家は次期当主に期待していないということを宣言するに等しい状況になってしまうのです。ですからそれを否定するためには決闘を、そしてなにがなんでも勝たせようとすればするほど、次期当主には期待をしていると周りに示すことができるんです」
「面倒くさい話ですね」
「まったくです」
面倒そうだから貴族とはあまり関わりたくなかったのに、さっそく面倒なことになってしまった。
「さらにウィストーク家はちょっと特殊な事情も絡みます」
「特殊と言いますと?」
「貴方は知らないようですが、ウィストーク家はチャップマン家のようにシャーロット縁の家なんです。初代はシャーロットに情報を提供する人物だったと伝わっていますね」
「情報屋……?」
「ええ。情報の重要性をより理解した初代は情報収集とその分析に取り組むようになり、導名を得てからのシャーロットが行った改革に協力、その結果が今の伯爵という地位です」
「…………」
ちょっと妙だ。
情報の重要性を理解して成り上がった家が、その息子におれのことを伝えないまま訓練校の入学式に送りだした?
情報を得ていなかったなんてことはないだろう。
最初こそヴュゼアはおれのことを知らなかったが、次に絡んできたときは弟がいることまで知っていたのだ。
どうして最初から教えておかなかったんだ?
これって……
「ウィストーク家はシャーロットゆかりの名家ではありますが、やはりその名を継承するレイヴァース家と比べると、どうしても下に見られてしまいます。例えレイヴァース家が男爵家であっても、新興の、まだ十数年の家であるとしても、やはりレイヴァースなのです。この国の誰もが格上と見なすことでしょう」
「つまり伯爵家としては、レイヴァース家にやられっぱなしでいることは出来ないというわけですか」
「そうなりますね」
「そしてそういう建前で、どうあってもおれを決闘に引きずり出すつもりってわけですね」
おや、という顔をする姉さん。
きょとんとしてシアが尋ねてくる。
「あの、ご主人さま、どういうことです?」
「今回のこれ――、訓練校で絡んできたのは罠だったんだよ。そもそも決闘が目的だったんだ」
「あの子にちょっかいかけるよう指示してあったということですか?」
「してないだろうな。してあったら、おれだってちょっとはおかしいと気づく。だがあれは考え無しの坊ちゃんそのものの行動だった」
「なのに罠なんですか?」
「息子なら必ず絡んでいくとわかっていたんだ。あの――ヴュゼアは自分が餌だって気づくことなく役割をはたした。細かく指示を与えて操るんじゃなく、そこに配置すれば望む結果を得られると、そこまで読んでのやり方だ。本人は自分の意思で行動してるから、当然その行動は自然そのもの。事を起こすきっかけなんかはその行動次第だから予測できないし対処もしづらい」
そしてヴュゼアがきっかけを作るやいなや、さらに食い込ませるために情報を追加して送りだした。
ああ、うぜえ。
どの世界にもうちのジジイみたいなのはいるんだな。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/21




