第127話 11歳(春)…「冒険の書」の今後
姫を応接間へ案内し、お茶とお菓子を用意する。
おれとシアがソファに並んで座り、テーブルを挟んで向こうに姫とミーネが並んで座る。
シャフリーンは姫の傍らに待機だ。
シアはメイドだからと立っていようとしたが、今日はレイヴァース家の娘という扱いにしましょう、と姫に言われて大人しく座った。
おれはまず最初にメイド学校設立に際しご尽力を賜ったことへの心の底からの感謝を述べたのだが――
「メイド学校は私にとっても有益なものでした。ですからどうしても協力をしたかったんです。あ、あと、そんなにかしこまる必要はありませんよ? そうですね、私のことは姉と思ってください。もちろんシアちゃんもです」
朗らかな調子で言われた。
気に入った相手を誰も彼も兄弟姉妹にしたがる人なのか?
「それではミーネのようにミリー姉さまと呼ばせていただきます」
「はい、どうぞ」
と、ミリー姉さんは次にシアを見る。
すごく期待した目でいる。
「そ、それでは私はお姉さまと……」
「はーい、どうぞどうぞ」
ぱぁっと姉さんが笑顔になる。
「これでまた一人妹が増えました。これだけでも今日来た甲斐があるというものです。ふふ、本当に可愛らしい……、ミーネちゃんにもメイド服を着てもらって、シアちゃんと一緒にお世話をしてもらえたらどれだけ素敵なことでしょう」
どんな想像をしているのか知らないが、愉悦に浸るお姉さまの表情は美しさも相まってやや背徳的なものを感じさせた。
「叩きます」
一言断り、シャフリーンが姉さんの頭をペチンとハタく。
姉さんはハッと我に返り、コホンと咳払いを一つ。
「あら、ごめんなさい」
少し恥じらいながら姫が言う。
いやそれはいいんですが、今、ハタかれましたよね?
姉さんはシャフリーンに対してとくになにも言わない。
そもそも気にもしていない様子だ。
もしかして日常的なことなのか……?
「え、えっと、それでですね、本来であればすぐにでもミリー姉さまのところへお礼にうかがうところだったんですが――」
「ああ、いいんですよそれで。ミーネちゃんが伝えてくれたのね? そうなの、あなたは王宮へ来るとまず間違いなく御爺様から面倒を押しつけられてしまいます」
「あの……、その面倒とはなんでしょうか?」
「あなたは御爺様が武器王と呼ばれていることをご存じですか? 由来は御爺様が武器の神から加護を授かったことに始まります。そのとき神は世に二つとない素晴らしい武器を献上できれば次は祝福を授けると仰り、以降、御爺様は献上するための武器を求め続けているのです。それで……、今、御爺様はあなたがミーネちゃんに贈った剣の模型に強い関心を持ってしまっているんです」
「剣の模型?」
それって……、一昨年ミーネにあげた木製ガンブレード二号?
つい、と姫の隣にいるミーネを見る。
連動しているみたいに、ぷいっとミーネはそっぽを向いた。
「広めないようにと……、言ったよな?」
「うぅ……」
そっぽを向きながらミーネが気まずそうに唸る。
「あ、あの、御爺様に話したのは私だから、どうかミーネちゃんを責めないであげてほしいの。償いは私がしますから」
「レイヴァース卿、どうしますか? 殴っておきましょうか?」
ググッとシャフリーンが拳を握るのを見て、おれは慌てて止める。
「いやいやいや、いいです。すぎたことは仕方ないです。だから殴らなくてもいいです。いやホントに」
それを聞いて姉さんはホッと息をつく。
「ありがとうございます。けっこう痛いんですよ」
「いや痛いとかそういう問題では……」
姫さまあんた殴られたことあるのかよ。
どうなってんだこの主従。
「さて、本題に入るのが遅くなってしまいましたが、今日は二つほど用件がありまして……、シャフ」
「はい、ミリメリア様」
姉さんに促され、シャフリーンは持ってきた鞄から何かを取りだしてテーブルに置いた。
と、よく見ればそれは冒険の書――、その特装版だ。
「これに署名をいただきたいんです」
……あ、サインっすか。
サイン……っすか……。
名前書くんすか。
「ぷっ」
おれの意気消沈を感じ取ったのかシアが吹きだす。
くそ、アホメイドめ。
お断りしたいところだが、姉さんはメイド学校設立の立役者。
これくらいの望みは叶えて当然だ。
「王家の品となった物に署名していいんでしょうか?」
「あ、これは王家に献上されたものではなく、クェルアーク家に贈呈されたものです。実はアルが、いずれ君の物にもなるわけだからって渡してくれて……、うふふ」
姉さんは頬に手を当てて嬉しそうにニヤニヤしている。
そうか、アル兄さんは婚約者をイジメてばかりじゃないのか。
姉さんは幸せそうだったが、傍らのメイドは「うぜえ」と言いたげに眉がぎゅぎゅっと寄っていた。
おれは冒険の書のとびらに感謝の言葉、そして『お手元にお置き下されば幸いです』と書き、そして『ミリメリアお姉さまへ――、セクロス』と続ける。そういえば自分の名前書くのこれが初めてだ。
すると、おれが署名するのを見ていたミーネが言う。
「ミリー姉さま、私も名前書いていい?」
「ええ、いいわよ」
そしてミーネはとびらの空いているところにでっかく自分の名前を書いた。
元気がよくてよろしい。
おれはもう知らん。
「せっかくだからシアちゃんにも書いてもらいましょう」
「え!? 私の名前なんて記入しても――」
「おまえも製作を手伝ったからいいんじゃないか?」
「あー、そうですね、そ、それでは……」
と、シアもミーネに続いて署名する。
「ありがとうございます。大切にしますね」
記入がすむと姉さんは冒険の書を抱きかかえて感謝した。
「実はわたし、一昨年の試遊会に参加できなかったことがすごく悔しかったんです。でもこれでそれもすっかり晴れました」
「あー、そうでしたか。ちょうど聖都へ行かれていたそうですね」
「はい。帰ってきてその話を聞いたときは悔しくて悔しくて、アルがそれはもう楽しげに語るのでよけいに。遊戯の神にもお会いしたかったです。……あ、でも聖都で一人、妹が出来たので滞在した甲斐はありましたね」
妹分が出来ればなんでもいいのかこの姫さま。
「それで、ちょっと聞きたいんですけど、次回作はいつごろ完成するんですか?」
「夏の終わりくらいには完成させたいと思っています」
「もうしばらくかかるのですね」
「はい。すいません。ですが遊ぶための話をまとめた本もいくつか販売されていると聞きますし、そちらも試してみてはいかがでしょう?」
「あー、実はもう手元にあるんです。ただ出来が……、やはりゴブリン王と比べてしまうと……」
まあゴブリン王の話はな。
あの冒険の書でどんなことが出来るかを一通り詰めこんだようなものだったから、あれを一般に望むのはちょっと酷だろう。
「やはり二作目を待つしかないようですね。二作目はどのようなお話になるのですか?」
「一作目の少年少女たちが本格的な冒険者になる、というのが話の軸になります。その後についてもだいたいの構想はありますが……」
「あ、聞かせてもらえますか?」
「聞きたい聞きたい!」
姉さんとミーネが目を輝かせて言う。
なんか本当の姉妹みたいだな、この二人。
おれは特別に冒険の書、今後の展開を大雑把に説明する。
まず最初の〈廃坑のゴブリン王〉は入門書という位置づけだった。
現在製作している二作目は〈王都の冒険者たち〉という題名。
冒険の書の初級者向けという位置づけだ。
三作目は迷宮を舞台とした〈迷宮の見る夢〉を予定。
四作目は魔境を舞台とした〈深緑への葬列〉を予定。
三、四作目は冒険の書、中級者向けという位置づけになる。
そして予定では最後となる上級者向けの冒険の書。
題名は〈覇者の導名〉となっている。
ボスは魔王であり、クリアした者が導名を得た気分になれるようなものにしたいと考えていた。
「いいですね! すごくいいです!」
予想以上に姉さんが興奮してしまった。
「二作目の試遊会には招待してくださいね! 私、おもいっきり色々なことしようとしますから! 私が冒険の書に参加するといつもGMの方が困り果てて話が止まってしまうんですけど、レイヴァース卿なら大丈夫ですよね!」
「が、頑張ります」
「あと、あと、もしよろしければ、そのうちゴブリン王の遊戯会などをこちらで開いていただけないでしょうか!」
「ああ、遊戯会ですか。いいですね」
「でしょうでしょう!」
「ねえねえ、ミリー姉さま、今日はダメなの?」
「あら、今日ですか? 今日は……」
ちら、ちら、とおれを見る姉さん。
やる気まんまんらしい。
まあ、いいんですけどね。
しかし、おれが承諾しようとしたとき――
「さて、ミリメリア様。挨拶もすんだことですし、そろそろおいとましたらいかがでしょうか?」
淡々とした口調でシャフリーンが言う。
「え!? まだ来たばかりですよ!?」
姉さんがびっくりすると、シャフリーンはこれ見よがしにため息をつく。
「レイヴァース卿は多忙なお方ですよ? どこかの暇を持てあました姫君とは違うのです。ささ、レイヴァース卿、ミリメリア様ははっきりと言わないとわからない察しの悪いお方です、ここはきっぱりと邪魔だから帰れ、そう仰ってください」
「そ――、んなことは思ってないですよ?」
思わず「そこまでは思ってない」と言いかけたがかろうじて訂正。
「ほら、レイヴァース卿もああ仰っています。それにまだ肝心の用件を話してないじゃないですか」
「ええ、そうですね。まったくその通りです。――で、それを放っておいて冒険の書を始めようと考えたことについて、なにか弁解はございますか?」
「……な、ないです」
「さんざん遊び倒したあと帰り際になって、ああそう言えば、と言いだすつもりだった、なんてことはありませんよね? もしかしたらレイヴァース卿の進退に関わるようなことを」
「そ、そんなことは……、ないわよ?」
視線をそらしながら言う姉さんの仕草は、なんとなくミーネに似ていた。
いや、逆か?
こういう姿をよく見ていたから、ミーネが似たのだろうか。
ってかおれの進退に関わるってなんだ!?
「ではとっとと本題に入ってください」
「うぅ……」
「あと罰としてこれは没収します」
と、シャフリーンは姫さまにと用意したお菓子――ジャムタルトをひょいひょい口に放りこみ始めた。
「あ!? ああ! ちょ! あーッ!」
「ああぁ……」
愕然とする姉さん、そしてミーネ。
なんでミーネが悲しそうな顔になってんだろう?
さては分けてもらうつもりだったか。
「大変美味しゅうございました」
ぐびびーっと最後にお茶を飲み干しシャフリーンが言う。
ちょっとフリーダムすぎるだろこのメイド。
だが姉さんは怨めしそうに見てはいたが、とくにシャフリーンを叱責するようなことはしない。
ただただ怨めしそうに見ている。
「あ、あの……、まだ残っていますから、用意しましょうか?」
「本当ですか!? 是非お願いします!」
「あ、じゃあわたしが用意しますね」
と、シアがいそいそと立ちあがったところでシャフリーンも動く。
「私もお手伝いします」
そしてシアとシャフリーンの二人は部屋を出て行き、それを見計らっておれは姉さんに尋ねる。
「あの、こう尋ねるのもどうかと思うんですが、どうしてシャフリーンを雇われたんです?」
「シャフは……、初めはよくしてくれたんです。ですがそのうち本性を現して……、今ではこの有様です。ですが困ったことにシャフはやはり優秀なんですよ。身の回りの世話についてはなにひとつ文句のつけようがないんです。なにも言わなくてもシャフは私の望むようにしてくれるんです。私はもうシャフがいなくては快適な生活を送れないようになってしまっているんです……」
メイド学校の体裁を考えてクビにしない、というわけではなく、依存してしまってシャフリーンを手放せなくなっているというわけか。
そんなことを姉さんと話していたところ――
「シャ、シャフリーンさん、食べちゃダメですよー!」
「シアさん、これは毒味です! ミリメリア様にもしものことがあってはいけませんから!」
シアとシャフリーンの声がドアの向こうから響いてきた。
「ちょっとぉーッ!?」
かなり本気で慌てた声をあげて姉さんはすっ飛んでいった。
シャフリーンはアル兄さんにとっては理想的なメイドなのかもしれないな……。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日




