第126話 11歳(春)…ミリメリア姫
「大地よーッ!」
冒険者訓練校の訓練場でミーネが叫ぶ。
それに応えたように地面が一度ぺこんとへこみ、やがて一転、今度は盛りあがって超巨大な蟻塚のような小山が現れた。
「あーッ! もーッ!」
出来上がった砦がいまいちで、ミーネは悔しがって叫んでいる。
そばにいるマグリフ爺さんはそんなミーネになにやら話しかけていた。
きっとアドバイスでもしているのだろう。
訓練場のはずれにて、おれとシアはミーネの特訓を見学している。
放課後、いつもならメイド学校に帰るところだ。
しかし今日はメイド学校に大切なお客様が来るので、ミーネが訓練に熱中しすぎてすっぽかさないよう、時間を見て回収するためにおれとシアも戻ってきていた。
「ミーネさん、なんか悔しそうですけど……、あれってものすごいことやってますよね?」
「剣っていう魔導師の杖を使ってるだけで、無詠唱の魔術であれだけの土砂を操ってるわけだからなー、相当だと思うぞ?」
ミーネに話しかけていたマグリフ爺さんがちょいちょいとアースクリエイトで巨大な蟻塚をまた平らな地面に戻す。
「アースクリエイトって魔術みたいですよね?」
「そういう構想の魔法らしいな。極めるとその系統のすべての魔法を再現出来るわけだから、ほぼ魔術と同等になるんだ。とは言えそこまで到達できる奴がいるかどうかって話しだけどな」
地面が平らになったところで、ミーネがまた叫んで巨大な蟻塚を製作する。
「同じですねー」
「だなー。んー、魔力はあるわけだし……、頭の中で正確なイメージが出来てないのかな。クリエイト系ってイメージ力がかなり重要らしいんだ。ちょっと絵の訓練もさせてみようか。写生も冒険者としても必要な技能らしいし」
「そうなんですか?」
「調査の依頼とかでな。ほら、その状況を正確に描ければより詳細な報告が出来るわけだろ?」
「ああ、なるほど」
おれとシアはのんびりとそんな会話を続ける。
ミーネはさらにもう一回、巨大な蟻塚を作ったところで倒れた。
「あ、ダウンしましたね」
「んじゃ、今日はこのくらいにさせて帰るか」
へろへろになったミーネをシアに背負わせ、おれたちはメイド学校へと帰路についた。
疲れているミーネはシアの背中で居眠りを始め――
「ちょ、ちょっとミーネさーん! なんか! なんか首筋にてろんってした液体が! 起きてーッ!」
しばらくするとシアがわめきだした。
まあヨダレくらい気にするな。
そのメイド服は自浄効果があるんだから。
△◆▽
本日のお客様は月一くらいで訪れるというメイド学校の大スポンサー様たるミリメリア姫である。
メイド学校に戻るとメイドたちがばたばた忙しく動き回っていた。
なにしろ訪問を伝えられたのは昨日のこと。
急遽今日の訓練はキャンセルとなり、朝からメイドたち総出で建物の清掃と整頓が始まった。
今日はもうおやつを作っている時間はないが、昨晩のうちにミリメリア姫にだすお菓子は用意してある。
立派なものを作るには時間も材料もなかったので、メイド学校にあった何種類かのジャムで一口サイズのジャムタルト軍団を作った。
冷蔵庫を占拠していたジャムタルト軍団は夜の間にメイドたちの強襲を受けその数をかなり失っていたが、まあ二十ほど生き残っているので大丈夫だろう。
「なあミーネ、ミリメリア姫って触れちゃいけない話題とかあるか?」
そろそろ訪問の時刻、おれは一眠りして元気になったミーネと一緒に到着を知らせる役として正門で待機していた。
「ふえ? あなたの名前みたいな?」
「ん、んん、まあ、うん、そんな感じで」
「うーん、どうかしら。わからないわ。お兄さまならわかるかもしれないけど。よくミリー姉さま怒らせて楽しそうにしてるし」
婚約者とはいえお姫さま相手になにやってるんですかアル兄さん。
しばらくミーネと会話しながら待機していると、やがてゆっくりとこちらへ向かってくる立派な馬車が現れた。
「あ、来たわ!」
ぱっと顔を輝かせ、ミーネは到着を知らせようと建物へ戻っていく。
おれも急いでそれに続き、それからシアやメイドたち、そしてティアナ校長らと整列してのお出迎え。
馬車は正門をくぐり、おれたちの前まで来て止まる。
馬車からはまずメイドが降りてきた。
初めて見るメイド――彼女がすでに卒業してミリメリア姫の専属メイドになったというシャフリーンだろう。
シャフリーンはおれより年上――十六、七くらいに見受けられる。
瞳の色はかなり薄い淡褐色で、そして髪は白い。
一瞬、聖女の断罪を受けた者――灰者かと思ったが、よく見ればその髪は白髪ではなく、かすかに黄みをおびたクリーム色だ。
肌もかなり白いし、どうやら色素の薄い体質なだけのようだ。
そんなシャフリーンのあと、その手を借りて馬車を降りてくるのは丁寧で美しい刺繍の施された洋服を身に纏うお姫さま。
赤みをおびた金髪と、深い青の瞳をしたミリメリア姫は嬉しそうな含み笑いでゆっくりと降り立ち、それから改めてにっこりと微笑む。
おれはさっそく挨拶をしようとしたのだが――
「大丈夫ですよ。ミーネちゃんから話は聞いてます」
手で制されてそう言われてしまった。
おれの名前嫌いを気遣ってくれるのは嬉しいんだが……、と言うことは当然おれの名前は呼ばない方向だろう。
王都に来てからまだ一回しか名前を呼ばれてないな……。
「私のことはミーネちゃんから聞いているでしょうし、硬い挨拶はなしにしましょう。初めまして、私がミリメリアです。そしてこちらのメイドがシャフリーン。髪は白く見えるけど、実は少し色がついているから灰者じゃないのよ?」
そう言ったあと、ミリメリア姫はシアをロックオン。
「あなたがシアちゃんね。銀の糸のような髪、赤い宝石のような瞳。聞き伝えでは知っていましたけど、なんて可愛らしいのかしら」
ミリメリア姫にうっとりされてシアの表情がややこわばる。
「ミーネちゃんと並ぶとなお映えて……」
頬に手をあて、ミリメリア姫はしばしシアに見入ったあと言う。
「ちょっと抱きしめさせてもらえるかしら?」
「え」
突然の申し出にシアの口から変な声がでた。
「どうぞどうぞ、好きなだけ抱きしめていただいてけっこうです」
「え」
おれの対応にまたシアの口から変な声がでた。
「それじゃあ失礼して……」
「ふぇ」
迫るミリメリア姫を前にシアは最後に消え入るような声をあげた。
姫はシアの腕ごとがっちりと、それはもう思いっきり抱きしめ、シアの頭にすりすり頬ずりし始めた。
想像以上の抱きしめ具合にちょっとシアに悪いことしたかなと思ったが、もう後の祭りである。
それに姫はこれまたものすごく幸せそうな顔をしているので止めるに止められない。
ちょっと周りの様子をうかがうと、メイドたちは「やっぱりか」という生暖かい目でシアとミリメリア姫を見ていた。
たぶん、みんなこれの経験者なんだろうな……。
やがて一分、二分と時間は過ぎていくが、ミリメリア姫はひたすらシアを抱きしめるばかり。
とそのとき、ミリメリア姫の傍らにいたシャフリーンがすっと指をそろえて手を開き――
「ふん!」
ずごっ、とミリメリア姫の横っ腹に手刀を突き刺した。
なにしてんのあんた!?
「おごッ!?」
うっとりしているところに攻撃を受けてミリメリア姫がくぐもったうめきを漏らした。
「ミリメリア様、いつまでもシアさんを抱きしめているわけにはまいりませんよ?」
痛そうに横っ腹を押さえるミリメリア姫に向かい、専属メイドが淡々と言う。
「そ、そうね。でもまずは口で言ってからにしてほしいわ」
「善処します」
シャフリーンって優秀だから一年で卒業したって話だったよね……?
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/27
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/14




