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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第124話 11歳(春)…メイド指南

 メイドに囲まれた生活に満足してしまって、この世界にメイドという文化を確立しようという覚悟がぶれていた。

 この世界にメイドをもたらすのはおれだという気持ちが薄れていた。

 絶対にメイドを広めてやると誓ったのに。

 この決意は絶対に揺るがないものだと思っていたのに。


「あの、ご主人さま、考えてることが口から漏れてます。めっちゃ漏れてます。そしてわたしは早くも余計なことを言ったと後悔し始めています。思い詰めすぎです。恐いです」


 シアに指摘され、おれはハッと我に返った。

 そんなおれをティアナ校長は穏やかな表情で見つめていた。


「まあまあ、レイヴァース卿はそこまでメイドに入れ込んでいたのですね」


 現在、おれは校長室にてシア、そしてティアナ校長と一緒にメイドはかくあるべきか話し合いをしていた。

 そう言えばティアナ校長にはまだおれが夢想するメイドというものを直接説明したことがなかったのだ。

 メイド学校の創設構想を詰めているときにメイドとはいかなるものかを文書化――『メイド指南書』としてダリスに渡した。

 おそらくそれは手に渡っているはずなのだが……。


「ええ、その文書は拝見しました。たいへん興味深い内容でした」


 穏やかな笑顔でティアナ校長は言う。

 さすがにあれは読んでいてくれたようだ。


「そのことなのですが、ぼくはあの文書を読んだティアナ校長に確認すべき事柄があることを失念していました。と言うのは王都で侍女長を務めていた経歴――、女性の使用人というものに誰よりも詳しいからこそティアナ校長の思い描くメイドが、ぼくの思い描くメイドと乖離している可能性、それを見過ごしていたんです。もしこの隔たりが大きい場合、あの文書にいくら目を通しても誤解を生むばかりになってしまいます」


 あのメイド指南書は、例えば古武道や伝統芸能における秘伝書のようなものなのだ。

 書かれている文字や文章は理解できても、その向こうにある真理に辿り着けるかどうかは、読み手がその書を著した人物にどれだけ迫れているかによる。


「そうですね、確かにわたくしは自らの知識と経験を元にあの文書を読み解き、メイドというものはつまりこういうものだろうという自分の判断であの子たちを育てています。それがレイヴァース卿の望むメイドであるかどうかはまた別の話になるのですね」

「そういうことです。すいません、まずここに到着してすぐに確認すべきことでした」

「レイヴァース卿、なにも謝罪をなさる必要はないでしょう。今はどのようにしてメイドを育てるか、それを試行錯誤で確立しようとしている段階です。それにあの子たちはこの試行錯誤――、未来の後輩たちの糧となることを了承してここにいるのです」


 確かに今はメイド育成のためのカリキュラムを製作してもらっている段階だ。

 今居るメイドたちはそのテスターである。


「ではレイヴァース卿、まずはわたくしがメイドをどのように考えているかお話するということでよろしいですか?」

「はい、お願いします」


 おれが言うと、ティアナ校長は少し考えてから口を開く。


「わたくしがあの文書を読んで最初に思ったことは、メイドというものは雑役女中に近いものかもしれないということですね」


 ああ、なるほど、とおれは納得する。

 女性の使用人とメイドを完全に別物と捉える場合、メイドはそのように認識されるだろう。

 そもそも、元の世界では雑役女中というのもメイドのことだ。

 おれがメイドというものを既存の女性使用人とは別としてしまっているせいでややこしくなっている。

 その点については申し訳ない話だ。


「こうお尋ねするのは失礼ですが、レイヴァース卿は雑役女中についてご存じですか?」

「その家の家事仕事を全部やらされる使用人ですね」


 意見のすりあわせだからな、ちゃんと確認はすべきだ。


「その通りです。女性使用人を一人、二人しか雇えない家に務める者はまずそうなります」


 雑役女中は仕事全部を押しつけられるため実に大変なのだ。

 裕福な家であれば仕事に応じて専門の女性使用人がおり、各自がそれぞれの仕事をこなす。

 その仕事は主に女主人の仕事を肩代わりするものだ。

 例えば炊事、洗濯、掃除、それから家庭教師もそうだ。

 他にも主人の小間使い、来客への接待などにも担当の使用人というものがいた。

 雑役女中はこれを全部一人でやらなければならない。

 確かにおれの提唱するメイドと似通っているが、そうではないのだ。


「しかしレイヴァース卿の仰るメイドというものは、雑役女中とは似ているようで別なのだと思いました。例えばそれは、何でもやらされる女性使用人――、ではなく、何でも出来る女性使用人ということではないでしょうか。専門の担当を持たず、すべてを一通りこなす技能を持ち、主人の求めに応じて仕事をする特別な使用人です。――いかがでしょう?」

「問題ありません」


 よかった。ここを勘違いされていたら、メイドたちがどんな過酷な境遇であろうと堪え忍ぶための社畜根性とか叩き込まれていたかもしれん。


「ここまでは文字が読めれば理解できることですからね。重要なのはこれを踏まえてのこと、メイドとしてのあり方ですね?」

「その通りです」


 メイドと女性使用人を隔てるのは仕事内容ではなく、その気持ちのあり方である。

 つまりそれは主人を仕事を与えてくれる雇用主、ではなく、お仕えすべき主とする心のあり方だ。

 必要なのは仕える者の義務としての尊敬ではなく、仕える者の権利としての敬意なのである。


「レイヴァース卿、例えばそれは、王にお仕えする忠臣のようなものと考えてよろしいのでしょうか?」

「ああ、そうですね。その例えはとても近いです。ただメイドの場合は仕えられる主人の方も相応の心構えが必要とされます」


 メイドの忠心に応えられる者でなければメイドの主にはなれない。

 メイドに仇なすようなことがあってはならない。

 メイドを見捨てるようなことがあってはならない。

 メイドの尊厳を守りきる覚悟を魂に刻んだ者でなければ主人たる資格はないのである。

 メイドとは主人にとっての光。

 それは主人を輝かせる光でもあり、時に主人の魂が迷い彷徨うことになろうとその魂を照らし導く光でもある。


「ご主人さまーッ! ご主人さまーッ! そろそろなに言ってんのかわかりませんよーッ! ってかご主人さまってそんなのをわたしに求めてたんですか!? ティアナ校長と意見の擦り合わせする前にまずわたしとの乖離をどうにかしましょうよ!」


 その光はメイドだけから生みだされるものではなく、仕える主人に秘められた美徳――、気高さ、聡明さ、寛大さ、といった功徳の波動を受けて生みだされるものだ。


「わたしはなんて愚かなことをしてしまったのか。まさか開いてはいけない箱だったなんて……、ミミックどころの騒ぎじゃないですよ……」


 つまりそれは、メイドとはメイドのみで完成されるものではなく、仕えるべき主を得ることにより真のメイドに至れるということである。

 同時に、メイドを得た者は真の主人であることが証明されるのだ。


「なるほど、そのために雇用のための儀式を考案されたのですね」

「ええ、やはりぼくの考えは理想ですし、せめて雇用の際にそれくらいの試練は与えるべきと思いまして」


 もしこの人ならばと見込んだ者なら雇用を申し込まれたメイド個人の裁量で試練を甘くしてもいいし、嫌な相手ならば理不尽なものにしてもいい。

 申し込んだ者は例え試練を乗りこえられなくとも、それでも雇いたいと望むなら何度でも挑戦すればいいのだ。

 それでこそ覚悟がわかるというものである。


「レイヴァース卿の考えはわかりました。これからはメイドの心のあり方についても指導していくことにします。しかしこれは指導するだけではどうにもならないところもありますので……」

「ええ、主人役のぼくがどれだけ主人らしく振る舞えるかですね」

「お願いいたします」

「いえいえ、こちらこそお願いします。ぼくに出来ることがあればなんでも言ってください」

「あ、でしたら……」


 ふと思いついたようにティアナ校長は言う。


「わたくし、あのハニートーストをまるごとに挑戦してみたいと思うのです……、よろしければ近いうちにまた……」

「……、あ、はい。わかりました」


 おれの想定するお願いとはかなり隔たりがあったが、ティアナ校長がそう望むのであれば作らないわけにはいかない。

 それはある意味、シアが危惧した通りおれがこのメイド学校に妙な影響を与えてしまっている証明でもあった。

 体重計の開発が急がれる。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/20

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/06/08


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