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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
124/820

第123話 11歳(春)…おやつ係

 王都生活も三週間ほど経過し、そろそろ違和感もなくなってきた。

 おれはその日も変わらず訓練校へ通い、成り行きまかせの先生役をこなす。

 生徒たちは真面目に授業を受けてくれるのだが、はたしておれなんぞが先生をやっていていいのか、いまいち不安をぬぐいきれない。

 生徒たちに文字の書き取りをさせ、少し手持ち無沙汰なおれはふと窓の外――訓練場で指導を受けているAクラスの様子をうかがう。

 基礎学力を養わなければならないB以下のクラスとは違い、すでに一般的なレベルにあるAクラスは訓練場での訓練が多くなっている。


「いいか! 左腕には秘められた力がある! 右腕と違って器用に動かせない左腕にそんな力があるものか――そう思うだろう! だが違う! そうではない! 右腕でなにかをしようとするとき、おまえたちは左腕をどうしている? よく思い起こしてみるといい! 左腕は常になにかを押さえ、支え、掴み止め、抱え、あらゆる場面で意識することすらないほど自然に、右腕を生かすために活躍しているのだ! わかるか!?」


 その教官はAクラスの生徒たちを前に、左腕の素晴らしさについて熱く語っていた。

 言っていることはまあわからなくもないんだが、ちょっと左腕推しがすぎますね。


「あるとき俺は左腕の偉大さに気づき、そして同時にその秘めたる力が解放された! 見るがいい!」


 教官は生徒たちから離れ、高々と左腕を天に突き上げた。


「ぬおおおっ!」


 教官が気合いを込めると左腕に光が灯る。

 そして――


「レフトハンド!」


 叫ぶと同時、教官は左拳を地面に叩きこんだ。

 ドゴンッ、とやけに大きな音が響き、教官のいる場所が解体用の鉄球でも落っことしたみたいにぼこんと陥没した。

 並の魔物ならあれ一撃でぶっ殺せることだろう。


「見たか! これが左腕の力だ!」


 いやそれ普通に魔技ですよね?

 たぶんパワースラッシュと同じ種類の魔技と、それから強化の魔技の複合技ですよね?

 要は魔力をこめて威力をあげただけの左手パンチですよね?

 おれは突っ込みの嵐だったが、それを見学していた生徒たちは感嘆の声をあげている。


「お前達も左腕の偉大さを真に理解したとき、その秘めたる力を解放することができるようになるだろう!」


 おそらく教官は左腕の働きに気づいて感動したとき、その想いがやたら強かったためにそのまま魔術にまで到達してしまったのだろう。

 イワシの頭もなんとやら。

 そう信じ、実際に出来てしまった以上はもうあの教官のなかでは左腕の秘めたる力ということで完結してしまっている。

 ただそれをそのまま生徒に教えるのはやめろ。

 これはあとでAクラスへ行って、魔技について説明し、その想いが強ければあの教官のように魔技が使えるようになることもあると説明したほうがいいだろうか?

 でも、あれをそのまま信じ込ませておけばあの教官みたいに魔技を習得するかもしれないし……。

 判断に困るな……。


「先生! 俺は左利きなんですけど、そういう場合は右手を解放すればいいんでしょうか!」

「左利きの場合とか、そういう難しい話は俺にはわからん!」


 うーん、これおれが先生やってても問題ないわ……。


    △◆▽


「じゃああとでね!」


 放課後、おれたちはいつものごとく料理店で昼食をとり、そのあとミーネはマグリフ爺さんの特訓を受けるため訓練校へと戻っていった。


「ご主人さまー、ちょっと生意気なこと言っていいですか?」


 ミーネと別れたあと、おれとシアはメイド学校への道すがら、普段ならば今日のおやつは何にしようと話し合うところだ。

 しかしこの日はシアの様子がいつもと違い、ふと立ち止まってなにやら珍しいことを言いだした。


「おまえがわざわざ断りをいれるとか……、いったい何だ?」

「いやー、前々から思っていたんですけどね、そろそろさすがにまずいんじゃないかなーって思うことがありまして……」

「まずは言え。なんか恐いだろうが」


 促すと、シアは深呼吸を一つしてから言いはなった。


「ぶっちゃけご主人さまってご主人さまやってないですよね?」

「……はい?」


 言われたことの意味がいまいちわからず、おれは首をかしげる。

 するとシアはやれやれとばかりに首を振った。


「これでわからないってことは、本当に自覚なしでしたか……」

「いや……、どういうこと?」

「ですから、ご主人さまがご主人さまやってないってことですよ。冷静に考えてみてください。なんでご主人さまが毎日毎日せっせとメイドたちのおやつ作ってるんです? まあ最初の挨拶代わりはわかります。時々であればそう問題でもありません。でも毎日はおかしいでしょう?」

「確かにそうかもしれんが……、メイドたちが喜ぶし……」

「いやですから、ご主人さまはメイドたちのなんなんですか? 執事ですか? 今の状態は執事どころかお嬢さま方のおやつ係ですよ?」


 おやつ係だと……?

 いったいこいつは何を言いだすんだと、おれは冷静に王都に来てからのことを分析してみた。

 おやつ係だった。


「なんてことだ、おれはおやつ係だったのか……」

「それも悪いおやつ係です。みなさんが自制できないような美味しいおやつを用意しておいて、満足ゆくまで食べさせて、そんでもって体重の増加が心配だとかもう『おまえは何を言っているんだ』って話ですよ。それでいて体重計まで用意しようってんですから、どんだけサドなんですか。メイドたちが増加する体重に苦悩しつつ、それでもおやつを食べてしまう様子でも眺めたいんですか?」

「そ、そんなつもりはない。ただ喜んでもらえるから……」

「喜んでくれるからって……、ご主人さまってペットをまるまる肥え太らせるタイプですね」


 元の世界で家に居座ってしまった野良猫は、そのお腹にこの世の物とは思えないほどふわふわぷよぷよしたものが垂れ下がっていた。

 だって餌くれ餌くれってしつこいんだもの!


「実はわたし、最初はちょっと心配していたんです。ご主人さまが理想のメイドを育て上げようと無理を強いて、みなさんを潰してしまうんじゃないかって。まあそれについては杞憂で、ほっとしたところもあります。でも今の状況はあまりに放任すぎです。指導に関してはティアナ校長に任せるのが一番だとは思いますが、だからと言って教育にまったく関わらないってのはどうなんです? ティアナ校長も最初に言っていたじゃないですか。気づいたことや思いついたことがあったら言ってくださいって。それなのにご主人さまときたら、メイドたちの技能や態度に問題があろうとなかろうと、メイドというだけですべて世は事もなし状態です。個性を尊重するなんて良いこと言っているようでいて、実はほったらかしにするための方便にしかなってないじゃないですか。メイドを世に広め、メイド文明の礎を築くみたいなことを言っていたご主人さまはいったいどこへ行ってしまったんです? メイドさんに囲まれた生活をしているというだけで満足してしまって、頭の中がハッピーセットになってるんじゃないんですか?」

「お、おう……」


 シアがシアらしからぬ真面目な顔をして超本気で説教してきた。

 言うことすべてがもっともで、おれは反論の一つもできない。


「おう、じゃありません。いいですか、ご主人さまは自分ではそうは思ってないでしょうが、周りからすればすごい人なんですよ? シャーロットゆかりのレイヴァース家の長男ってだけでも相当なのに、冒険の書を世にだしたことで主に冒険者ギルドの関係者からは一個人としても認められちゃっています。そんなすごい人が毎日毎日、メイド見習いのために甲斐甲斐しくおやつ作ってあげていてどうするんですか。犬だって甘やかしすぎると自分が主人だと勘違いして駄目になってしまうんですよ? 自分たちの仕える主人がしゃんとしてないと、メイドのみなさんもどうしたらいいかわからないじゃないですか。あの学校にはティアナ校長という指導者がいます。けれどティアナ校長は教育者であって主人ではないんです。だからティアナ校長はご主人さまに主人役としてメイド学校に滞在してもらっているんじゃないですか?」


 ぐうの音も出ねえ……。

 そうだ。でなければわざわざおれをメイド学校に寄宿させる必要なんてない。おそらくティアナ校長はおれならばメイドたちの育成に尽力してくれると期待して招いたのだろう。

 だというのにおれはメイドに囲まれる生活を満喫するだけで、メイドたちが独り立ちできるようにと働きかけることは何もしていない。


「なんか思ったより長く語ってしまいましたが、わたしが言いたいことはつまりですね、今のご主人さまはメイドたちに悪影響を与えかねないってことなんです。わかってもらえましたか?」

「……はい。よくわかりました」


 おれがどれだけダメな主人だったか本当によくわかった。


「しかし……、おまえってメイドに否定的じゃなかったのか?」

「べつに否定的ってわけではないですよ。ちょっとご主人さまのメイドへの執着は行き過ぎと思ってますが、それだけです。そもそもわたしはご主人さまのサポートのためにいるわけですし……」


 と言葉を濁し、シアは急にうつむいておれをチラチラ見る。

 それからすっと頭をだしてきた。


「偉そうなことを言っちゃいましたけど……、た、叩きます?」


 いきなり弱気になった。

 でも頭をだされたところで叩く理由などない。

 とりあえず撫でた。


「――ほおっ!?」


 シアはびっくりしたがかまわず撫でる。

 前に全然メイドっぽくないなんて言ってしまったが、どうやらおれの目が節穴だっただけらしい。

 シアはひっぱたかれるのを覚悟でこのおれにメイドについて進言してきたのだ。

 始祖メイドの面目躍如、いや、面目一新か。


「そうだな、おれの頭はハッピーセットになっていたようだ。これからは心を入れかえて、あいつらが立派なメイドになれるよう微力を尽くすことにしよう。さしあたって……、まずはおやつを止めようか」

「いや! それは駄目です! わたしの忠告でおやつがなくなったなんて知れたら、わたしの身に不幸な事故が起きかねません! わたしの身の安全のためにも、ご主人さまはこれからもみなさんにおやつを作ってあげてください!」

「えー……」


 おまえ、今さっきなんて言ってたよ……。


※脱字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/10

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/12/19


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