第122話 11歳(春)…ちびっ子コンビ
今年度入学のBからFまでの生徒たちは基本的な読み書き計算のあやしい者が多い。
とは言え読み書きについては冒険の書を遊べるようになろうと勝手に張りきっている者が多く、そう心配する必要はなさそうだ。
例え今は読めなくとも、書けなくとも、手元にある冒険の書に親しんでいけば自然と覚えてしまうことだろう。
なにしろ冒険者になるための修学、そして生活費を稼ぐための労働に追われる生徒たちにとって、冒険の書は訓練校内で大っぴらに遊ぶことのできる唯一の娯楽なのである。
そりゃあ熱も入る。
問題なのは計算――、特にかけ算と割り算だった。
足し算と引き算については、手や足の指などを駆使しての力業があるが、かけ算と割り算となるとまず九九の暗記ありきだ。
そこでおれは九九の表を作り、各教室の壁に貼りつけた。
それを見ておれはなんとなく高校の事を思い出す。
入学した高校の教室にこれが張ってあったときはさすがに度肝を抜かれた。化け物みたいに計算ができる奴がいる一方で、二桁の足し算すらあやしい奴もいるという、わけのわからん高校だった。
「よーし、じゃあ順番に読んでいくぞー」
声をかけ、おれが読んだ後に全員で復唱させる。
目視させ、声に出させ、その声を聞いて言葉の流れを記憶させる。
これがまず授業の最初にやることだ。
それからおれがGMとなり、生徒みんなとの冒険の書を開始する。
生徒がみんなで話し合いながら行動選択をしていくというスタイルだ。
読み書き計算がまだ不完全なので、二年生のように各班にわけてそれぞれ遊ばせることが出来ない故の苦肉の策。
しかし、逆にそれぞれの主張がぶつかりあうことになり、そのセッションはかなり白熱する。
ちょっと白熱しすぎて喧嘩になりそうなこともあるが、その場合はおれがその状況ではどちらが適切な判断かを解説して場をおさめるようにしていた。
次の行動について生徒たちが話し合いをするのをよそに、おれはちょっと窓から訓練場の様子を眺める。
訓練場ではAクラスの生徒たちが戦闘訓練を行っていた。
もちろん金銀も参加している。
「パワースラッシュ!」
ミーネがやけにでかい声で技の名を叫んでいる。
どうやら魔技のための訓練のようだ。
魔技はその自身の体で行使する魔術の一種。
叫んだところで覚えるようなものではなく、いつどうやって使えるようになるかは完全に個人任せ。
修練の果てに身につける者もいれば、ある日、ふとしたきっかけで使えるようになる者もいる。
あの授業は基本的な魔技の真似をしてみるという、魔技を使うためのきっかけの授業――、というところだろう。
パワースラッシュは最も基本的な魔技とされている。
単純な筋力だけの技ではなく、そこに魔力を込めたものがいわゆるパワースラッシュだ。
と言うか、魔力のこもった一撃であればもうなんでもかんでもパワースラッシュである。
そもそもパワースラッシュと呼ぶ必要すらなく、その名は自分で好きに決めてもいい。
昔はそれぞれの名で呼んでいたようだが、シャロ様が魔技の系統を分類し、それぞれ名前をつけてまとめた結果、基本のこの魔技はパワースラッシュと認知されていったのだ。
しかしミーネが魔技――基本のパワースラッシュをまだ覚えていなかったのはちょっと意外な気がした。
シアはオーク二体が生け贄となり習得することができたようだが……。
あ、そうか。
あいつ地力が高いから魔技とか必要なかったんだわ。
きっとどの敵も普通に戦って倒したんだろう。
「ねえシア! そう言えばパワーってなに!?」
「力ですよー! 力ー!」
「わかったわ! パワーは力ッ!」
ザンッ、と叫びながら剣を振りおろすミーネ。
ちょっとアホの子みたいだった。
△◆▽
訓練校での仕事を終え、昼食をとったあとシアと一緒にメイド学校へと帰還する。
ミーネは相変わらずマグリフ爺さんを困らせているらしい。
爺さんは午後から魔法を使えるようになった生徒たちに特別授業を行っているので、そろそろミーネは強引に回収するようにしたほうがいいだろうか?
「ご主人さま、今日もおやつを用意するんですか?」
「なに当然のことを聞いてくるんだ?」
「……、まあ、いいですが」
シアは何か言いたげな表情をしていたが、とくにそれ以上何も言ってこなかったので、ちょっと気にはなったがおやつ作りにとりかかる。
「今日はクッキーにしようか。昨日、下ごしらえして冷蔵庫にいれておいたアイスクリームをのせて食べるような感じで」
それからおれとシアはせっせとクッキーを焼き上げた。
途中、にょろりと忍び込んできたドラ猫がクッキーを咥えて逃げていくという事件もあったが無事完成させることができた。
ミーネのぶんは取り置き、残りをメイドたちに与える。
わざわざ運んでもらうのは申し訳ないと、ティアナ校長も当たり前のようにメイドたちと一緒になっておやつをお召し上がりになる。
大量のクッキーと、山となっているアイスクリームの塊。
メイドたちは始めこそスプーンですくったアイスクリームをクッキーにのせて食べていたが、気づけばクッキーでアイスクリームをえぐり取りながら食べるようになっていた。もしあのアイスクリームに意識があったら「ウヴォアーッ!」とか叫んでることだろう。恐ろしい。
腹を空かせたヒナたちに餌を運ぶ親鳥のごとくおやつを提供したおれはそのあと仕事部屋に向かい、お仕事を始める。
机にかじりつき、傍らに立つシア指導のもと体重計の正確な設計図を製作する。
メイドたちの健康のためにも急がねば。
やがて一時間ほど経過したとき――
「あんちゃんあんちゃん、あたいお茶とお菓子を用意するな!」
「ん。ジェミも」
ソファに座っていた本日の御付き係――ちびっ子コンビが言った。
元気ハツラツなティアウルと、寡黙なジェミナである。
二人はそう言うとすぐ、ててっと部屋を出て行った。
それを見送ったあとシアが言う。
「様子を見てきましょうか?」
「うーん……」
そこはかとなく不安を感じるが……。
「いや、主がメイドを信じないでどうする。ってかお茶とお菓子用意するだけだしな。きっと大丈夫だ」
ほのかな不安を一蹴し、おれは作業する手をとめてひと息つく。
やがて二人はお菓子――今日の生き残りのクッキーとお茶をそれぞれ分担して持ってきた。
ティアウルがお菓子、まあそれはいい。
問題はジェミナだ。
お茶の入ったカップをソーサーに乗せ、それを両手で頭上に掲げるようにして持ってきた。
カップはジェミナが動くたび、カタタ、カタタ、と揺れて音を立てて揺れる。
危ない。
危ないですって。
「な、なあ、ジェミナはいつもそうやってお茶を運ぶのか?」
「今日。とくべつ」
「え? おれだからってこと?」
「ん」
ちょっと自慢げな表情をするジェミナ。
どういうことだ、おれにハラハラドキドキをプレゼントしたいのか?
そんなおもてなしはいらんですよ。
ジェミナは危なっかしくも無事ソファー前のテーブルにお茶を用意してのけた。
なんだろう、謎の達成感をおれも感じた。
ティアウルはすでにクッキーの盛られた器をテーブルに置いて、自分はソファに座っていた。
「あんちゃん、ここ、ここ」
ぽすぽすと自分の隣、ソファの真ん中あたりを叩く。
「ここ。ここ」
それを見たジェミナもティアウルの反対側に腰掛け、ソファの真ん中をぽすぽす叩く。
「うん、そこな。うん、わかったわかった」
ティアウルはにこにこと、ジェミナは自信ありげに促してくる。
拒否しづらい空気で、おれは促されるままに二人の間に腰掛けた。
シアがニヤニヤ眺めているのが腹立たしかった。
「あんちゃん、食え。うまいぞ」
座るやいなや、ティアウルがクッキーをつまんでおれに食べさせようとしてくる。
勢いあまっておれの頬にぐりぐり当たる。
「ジェミも」
とジェミナが手にとったのはティーカップである。
それがおれの頬に押しあてられる。
熱い。それまだ熱いよ!
「んぷぷぷ……」
シアは笑っていやがる。
おのれ……。
「ま、まあ待て。待つんだ二人とも。大丈夫だから、おれ自分で出来るから。な? な?」
なんとか二人にその手を引っこめさせる。
いったい何なんだこのおもてなしは。
もしやこれもおれだから特別と?
気持ちは嬉しいが、嬉しいが……!
なんか親戚のところにいったら小さな娘さんになぜか懐かれて、謎のおもてなしをぶちかまされたような気分になった。
「クッキーは二人が食べてもいいぞ。おれはお茶だけでいから」
「そうか? じゃあもらうな!」
「ジェミも。ジェミも」
勧めてやると二人は仲良くクッキーを食べ始める。
勧めておいてなんだが……、さっきさんざん食べたよねキミたち。
「そういえばジェミナはどうしてこのメイド学校に来たんだ?」
熱めのお茶をちびちび含みながらジェミナに尋ねる。
「ん。ここ行けって。面倒みてくれた……、人?」
なぜに疑問系。
それに面倒見てくれたってどういうことだ。
気になるところだが……、いきなり突っこんだ質問はよくないだろう。そのあたりはもっと仲良くなってから尋ねた方がよさそうだ。
しかしここに捨てられた子だった場合、もうジェミナが頼るべきところはこのメイド学校しかないということになる。もしかしたらどこかのお姫さまが可愛さに目が眩んで雇ってくれるかもしれないが、このおもてなし状態ではさすがにまずかろう。
ジェミナはなにか特技とかないのだろうか。
まだ〈炯眼〉では看破できないし、ここは素直に尋ねてみる。
「特技? ジェミの?」
「あんちゃん、あるぞ。ジェミナな、物を動かせるぞ!」
何を言っているのだろう、このドワーフっ子は。
「主。主。これ」
ちょいちょいと突かれて見るとソーサーがふわふわ浮いていた。
「は?」
おれがぽかんとしているとジェミナは得意げに言う。
「特技。ジェミの」
「特技って……、これ魔術か」
予想外の特技におれが驚いていると――
「サイコキネシスきたぁぁぁ――――ッ!」
シアが声を張りあげ、ジェミナがビクッと震えた。
「ほわっと!」
糸が切れたように落下するソーサーをすかさずおれはキャッチ。
カップと共にテーブルに置く。
「……と、唐突に興奮すんな!」
「いやちょっと待ってくださいよ! サイコキネシスですよ!? 興奮するに決まってるじゃないですか!」
なんということだ、シアに変なスイッチが入ってしまった。
「ジェミナさん、これはすごい特技ですよ! もう、もう、こんなすごい特技をお持ちなら、もっと早く教えてくださいよ!」
「へう」
ジェミナが小さく唸っておれの腕にしがみついた。
「おまえちょっと落ち着け。ジェミナが怯えちゃってるだろうが」
「ありゃ。ごめんなさいです。でも夢が広がってしまって。ほら、こう剣をたくさん用意して、それを操って剣の舞とか! 夢が!」
「だから落ちつけって言うのに……。ジェミナ、あいつは騒がしいが襲ってきたりはしないから大丈夫だぞ。ジェミナのその特技はどれくらいのことができるか教えてくれるか?」
「ん。たくさんは無理」
「あの、あの、ジェミナさん自身を持ちあげるとかできますか!?」
「無理。使うと動けない」
「なるほど……、力を使う起点は動かせない。自分の首根っこを掴んで持ちあげることは出来ないということですか」
「わかること少ない。あんまり使ったことないから」
「おや? では訓練すれば成長するかもしれないと!?」
「んー……?」
ジェミナが唸りながら首をかしげる。
自分自身も把握しきれていない特技のようだ。
「じゃあジェミナ、どれくらいの重さの物を、どれくらいの距離まで動かせるとか試したことあるか? 例えば……、そこのうるさい奴を天高く高い高いして落とすとか、そういうこと出来るか?」
「ちょ!? なんでわざわざそんな例えを!? なんですか、あれですか! 親方、空から女の子が! とか言いたいんですか!?」
ジェミナは騒ぐシアをじーっと見つめていたが、ふと首をかしげ、それからおれを見る。
途端、おれとティアウルはふわっと浮き上がった。
「おおっ!?」
「おっ! ジェミナすごいな!」
おれは驚いて混乱したがティアウルは即座に受けいれた。
なかなか大物かもしれん。
ジェミナはおれとティアウルをそっと降ろし、それから再びシアを見つめる。
むむむっ、と眉間に可愛い皺が寄る。
やがて一言。
「重い」
「ぐはっ」
シアに大ダメージ。
「シア。重い。浮かばない。なんで?」
「がはっ」
さらに追加ダメージ。
「ちょ、ちょっと待って、待ってくださいって。わたしご主人さまより軽いですよ!? ご主人さまとティアウルさん二人を持ちあげられてどうしてわたしは駄目なんですか!」
「でも浮かない。残念。高い高い。無理」
「いや高い高いはしなくていいんですけどね!?」
「あはははっ、ねえちゃん重いのか!」
ティアウルが愉快そうに笑う。
ただ今はちょっと間が悪かった。
「ほーら、高い高ーい」
シアによってティアウルは窓からポイされた。
「ティアウル――――ッ!」
二階だから死にはしないと思うが!
回復ポーションとか用意したほうがいいだろうか……?
「ティアさーん、駄目ですよー、ちゃんと出入り口を使わないとティアナ校長に怒られますよー」
下からサリスがティアウルをたしなめる声がした。
あの感じならティアウルは大丈夫そうだ。
そしてティアウルを突発的にポイしたシアは何事もなかったかのように向きなおる。
ひしっ、とジェミナが腕にしがみついてきた。
「それで……、わたしがなんですって?」
「軽い。シア。軽い。軽い」
ジェミナがぷるぷる震えながら言う。
ジェミナはおべっかを使うことを覚えたようだ。
「ねえちゃん怒らせるとけっこう恐いな!」
ポイされたティアウルは普通に帰ってきてそう言った。
ドワーフ族は頑丈なんだろうか?
※脱字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/10
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/03
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/08




