第120話 11歳(春)…レイヴァース先生
初めて魔法を使った六人の生徒は最初こそぽかんと光を灯した自分の指を眺めるだけだったが、やがて驚きながらはしゃぎ始め、他の呪文も試してみたいと言いだした。
おれは軽い気持ちでそれに応えて呪文を教え、その結果、訓練場は六人の新米魔道士たちがそれぞれ使える魔法を連発するというたいへん賑やかな有様になった。
そしておれはマグリフ校長に呼び出しを喰らった。
「試しにライトの呪文を唱えさせてみたら発動させることができたので、他の魔法も教えたというわけじゃな?」
普段の温厚な顔とは違い、マグリフ爺さんは険しい表情でそう確認してきた。
なにかまずかっただろうかと思いながら、おれはうなずく。
「なるほどのう。……ところで、一つ尋ねたいんじゃが」
「なんでしょう」
「な・ん・で、あの六人だったんじゃ?」
「あ」
そこでおれは調子に乗ってやらかしていたことにやっと気づいた。
集めた六人がそろって初めての魔法を発動してのけたというのは出来すぎだ。やるならもっと大人数を集めていっせいに呪文を唱えさせるといったような、誤魔化しのきく方法をとるべきだった。
「しっかりしとるようで、案外抜けとるところがあるんじゃのう」
ふぅ、とマグリフはため息をつき、それから長いお髭をなでる。
「魔法を使わせたのは決定的じゃったが、それでなくとも生徒たちそれぞれにあった武器を選んでやるなんぞ、誰にでも出来るようなことじゃないんじゃぞ?」
「おおぅ……」
こ、これは……、なんとなく〈炯眼〉がバレてるっぽい。
「まあ生徒たちのため良かれと思ってやったことじゃし、儂も感謝こそすれ咎めようとなどは思わん。ただもうちょっとのう、こっそりというかのう、気をつけた方がよいと思うんじゃよ」
「はい、仰る通りです、はい」
バレたのはこれで二度目か。
ロールシャッハにも注意されていたというのに……、またこんなあからさまで大々的にやらかすとは……、自分のアホさに頭が痛い。
「まあ儂はシャーロットがそういう能力を持っておったという話を知っておったから気づいたんじゃが……、やっぱりそうなのかの?」
「ええ、まあ、そんな感じですね。才能があればわかる、程度のものです。ただ相手が僕に対してすごく友好的――、心を開いていないとなにもわかりません」
「あー、なるほど。懐かれまくりじゃったからのう」
「ええ、なので余計に教えてあげたくなりまして……」
「ふむー……」
マグリフは目を瞑り、深く深く息を吐く。
「シャーロットの再来、まさにまさに、ということかのう」
いやいや、シャロ様の再来なんてそんな恐れ多い。
「しかしその能力、本当にそれだけなのかのう」
「どういうことでしょう?」
「実はの、入学試験で一応は魔法が使えるかどうか試しに呪文を唱えさせるんじゃ。簡単な魔法、そう、ライトの魔法じゃ」
「ということは、そのときは発動しなかった、と?」
「そうじゃ。なのにその六人はあっさりと発動させたんじゃろ? もしかしてその能力は才能の開花を促したりするんじゃないかの?」
「それはないと思います」
そんな話はアホ神から聞いていないし、そもそも神の敵対者を見つけだすためだけに与えられた能力だ。
「訓練校でなにかきっかけがあったんじゃないですかね?」
「きっかけ……、と言ってもの。あの六人はクラスもばらばら。共通の――、となると……、今年度の生徒というくらいじゃな。ほかに共通することとなると、おまえさんが調べ――」
と言いかけ、マグリフははっとする。
「あ。あったわい」
「何かの授業とかですか?」
「おまえさんの雷撃じゃよ」
「は?」
いやなにをバカな――、と思ったとき、ふと思い出す。
「あれ? そういえばミーネって……」
森で会った大熊に雷撃ぶちかました翌日、雷撃も使っての勝負を挑んできたミーネにおれは……、雷撃を喰らわせた。
そしてミーネが魔術を発現したのはそのすぐあとだった。
「あれ? あれー? あれれれ?」
木製ガンブレードもきっかけだったが一番の要因は雷撃?
んなバカな。
「の、のう、ちょっとこれは洒落にならんぞ。もしそうで、この話が広まれば……、世界中からおまえさんの雷撃を浴びに魔道士志望の者たちが殺到することに……」
「えぇ……」
マグリフ爺さんは深刻な顔で言う。
「で、でもそうと決まったわけじゃないでしょう?」
「それはそうじゃが、そう考えると納得できるんじゃよ。おまえさんの雷撃は神撃じゃろ? 神撃を撃ち込まれたわけじゃから、その刺激に対して体がなんらかの反応をしたんじゃないかと思うんじゃ。そしてそれはおまえさんを受けいれた者には特に顕著に表れる、と」
「そ、それは……」
そんなの肯定も否定もしようがない。
おれ自身よくわかってない力なのだ。
「魔法は別としても、おまえさんに武器を選んでもらった生徒はその熟練が妙に早い。これは職員のなかでも話題になっておった」
「決まりですかね……?」
「おそらくのう……」
顔を見合わせ、おれとマグリフは同時にため息を吐く。
もし噂が広まったら魔術士志望が殺到するどころの話ではない。
「内緒でお願いします」
「そうじゃな。これは内緒にしておくしかないのう」
相手の人生に影響を与えるのだ。導名のための名声値稼ぎにはいいのかもしれないが……、ちょっとこれは遠慮したい。
「まあこれについては内緒とするとして、あとは魔法が使えるようになった生徒たちについてじゃな。魔導学園は魔導学の知識も必要じゃから編入は……、無理じゃな。おまえさんくらい魔導学に明るければ話は別じゃが、あの子たちではのう」
「本人たちは魔道士になりたいわけじゃなく、魔法を使える冒険者になりたいようなので校長が指導すればいいんじゃないですか?」
「そうじゃの。座学はそこそこにして、冒険者としてやっていく上で役立つ魔法を徹底的に教えこむことにするかの」
ひとまず話はまとまり、おれはほっと胸をなでおろす。
今回は完全におれの迂闊さが招いた事態だった。
これは反省すべきところである。
ちゃんと後悔もしている。
ってかもう〈炯眼〉を使うのやめたらいいんじゃないか?
いまいち役にたたねえし!
「最後に一つ、正直に答えてもらいたいことがあるんじゃが」
「なんでしょう?」
「この訓練校で学ぶべきことはあったかの?」
「……えー、実はあまり……」
「じゃろうな。とは言え、訓練校に来なくてもよろしいというわけにもいかん。それでどうじゃろう、おまえさん、教える側になってみんか?」
「……? 教える側って……」
「教員として生徒たちを教える立場になってみんかということじゃな」
「え……? いやあの、入学してひと月もたっていない生徒ですよ?」
「かまわんよ。校長は儂じゃ。儂がいいと言えばそれが校則じゃ」
すげえこと言うなこの爺さん。
「実際、教員たちはおまえさんに教えることがないと困っておる状態じゃしな。学力、知識、人望と、これだけそろっておるんじゃ。ものは試しにちょっとやってみてもよかろうて。なに、クラスを受け持つようなことはさせんよ。冒険の書と、あと読み書きあたりを指導する教科担任としてじゃよ。と言うか読み書きをどうにかしてやってほしいんじゃ。おまえさんが教えるなら生徒たちも身が入るじゃろうし」
うーん、それくらいなら出来るか。
「まあそれくらいなら……」
「お、やってくれるか! うんうん、ではさっそく明日から頼むとしようかのう。明日は普段より早めに登校してくれるかの? 職員会議で紹介せんといかんからのう」
「え、明日からいきなり!?」
そしておれはレイヴァース先生になった。




