第118話 閑話…慨花
バートランは自室にこもり、答えのない疑問に頭を悩ませていた。
頭をよぎるのは入学試験の日、孫娘のミーネから伝えられた話だ。
あの日、ミーネは彼との再会がよほど嬉しかったのだろう、帰ってきてすぐにメイド学校へと戻っていってしまった。
それについては微笑ましい話だ。
なにしろミーネは去年の冬あたりから、春はまだか、春はまだかとそわそわし始めていた。
そして春になればなったで、今度は彼はまだ到着しないのかとよりいっそうそわそわし始めた。
手紙によれば訓練校の入学試験の日――、それより少し早く到着する予定とあったが、試験当日になっても彼はこの屋敷へ訪れることはなかった。
何かあったのではないか――。
試験日当日、ちょっと泣きそうになりながらしょぼくれた様子で出掛けていったミーネだったが、夕方頃に帰ってきたときにははじけるような笑顔を見せていた。
その笑顔を見ただけで彼はちゃんと王都へ辿り着いたと知ることができたのだが、途中で聖女と共闘していたらしいという話をミーネから聞いてバートランは驚くと同時にあきれることになった。
ミーネは口早に訓練校でどんなことがあったかを語った。
相変わらずな様子の彼と、その彼と一緒に王都へと訪れたシアという少女について。
シアとの勝負は負けたことを悔しがりながらも嬉しそうに語り、そのあと称号判定の話になった。
そしてバートランはミーネが〈勇者の卵〉という称号を授かっていることを知り、驚きと喜び、そして不安を覚えた。
勇者を勇者たらしめる相手の存在を、ミーネは、そしてその場にいた者たちはよく理解したのだろうか?
そしてその後すぐ教えられた彼の称号を聞き、バートランはおののいた。
その〈小悪党〉という称号は――
「ミーネは初代と同じ、そして彼はその友と同じ称号……か」
ミーネに覚られぬよう動揺を隠したまま、そうかそうかとバートランは話を合わせた。
話し終えたミーネが屋敷を飛びだしていったあと、バートランは改めてその称号について思いを巡らせた。
初代は〈勇者の卵〉であり、その幼なじみは〈小悪党〉だった。
〈勇者の卵〉はやがて〈勇者〉に。
〈小悪党〉は〈悪党〉に、〈悪魔〉に、そして〈魔王〉に。
初代の残した日記――そこに記された幼なじみについての記述は多い。
その者は善良であったという。
しかし、だからこそ世に失望し、嘆き、そして堕ち――、散った。
故に冠するは慨嘆する花――〈慨花〉。
「……どういうことだ……?」
初代とその友、そしてミーネと彼。
まさか……、と思ったが、まさかそれはないと考え直す。
神々の祝福をいくつも授けられている者が魔王になるなど考えられない。
しかし称号は運命の先触れ。ひきずるもの。
なにかしらの意味がある。
一応、これはエドベッカを通じてロールシャッハに報告しておくべきだろうとバートランは考えた。
……。
ところで、ミーネはいつになったら屋敷へ帰ってくるのだろうか?




