第117話 11歳(春)…みんなの誤算
穴の縁までいって覗きこむと、穴はなかなか綺麗な円柱状になっているのがわかった。
深さは四メートルといったところか。
「お、お前! 一体何をした! くそ、こんなの!」
穴の底でも四人はもみくちゃになっていたが、やがてラウスが起きあがり、怒鳴りながら壁をよじ登ろうとする。
しかし壁になっているのは硬い岩ではなくただの土、すぐにぼろぼろ崩れて登りようがない。
「おいお前ら! 順番に台になれ!」
指示を受けて三人組はまずモヒカンが壁に両手を突いて立ち、その上にスキンヘッドが立ち、三段目にはドリルが立つ。
「よしよし、いいぞ!」
そしてラウスが意気揚々とハシゴとなった三人をよじ登ろうとしたところで――
「パチンとな」
指を鳴らして〈雷花〉を放つ。
『あぎゃあああああああっ!』
どてんどてん、と四人は崩れ落ちて再びもみくちゃになった。
「うわー、わざわざ登り始めるのを待つとか、悪辣ですね」
ひょこっとシアが隣に来て覗きこむ。
預かった球体型のカゴに薬草を詰め終わったらしい。
「よ、よくもやりやがったな!」
「お前ら覚悟しろよぉ!」
「すんごい目に遭わせてやんぜ!」
「あ、あんたらそんなこと言って……!?」
ラウスたちが騒ぐ。
一人――、ドリル女だけは状況を理解しているようだったが、まあだからといって何かが変わるわけでもない。
「いやー、うん、あんたらもうそこから出ることはできないから」
言いながら、おれはパッチンパッチンと指を鳴らす。
『あぎゃ! あぎゃ! ぎゃ! ちょ――、んぎゃ!』
指の鳴る音、ほとばしる雷撃の音、そして悲鳴。
「ご主人さま、それでこの人たちどうするんです?」
「ひとまず埋めようかと」
「〝ご主人さまって、えいって殺っちゃえる人でしたっけ? 日本生まれの日本育ちでしょう?〟」
「〝好き好んで殺るつもりはないが、まあ、状況次第だな〟」
「〝そして今回は殺ってしまう状況と……〟」
おれが指を鳴らし続けながらシアと会話をしていたところ――
「なに話してるの!? それって魔導言語と違うわよね!?」
甘い実を食べていればいいのに、耳ざとかったミーネがびっくりした顔でこっちにやって来てしまった。
「もしかして前に見た文字の言葉!? 二人だけでずるい!」
ミーネはおれの腕にしがみついてがっくんがっくん揺さぶってくる。
ちょっと指を鳴らすどころではなくなってしまった。
「い、いやあのな……、べつに――」
「いーやーッ! 私も覚えたい! 覚えたいぃー!」
「あのー、教えてあげたらどうです?」
地団駄まで始めたお嬢さまを見かねてシアが言う。
「じゃあおまえ教えてやってな」
「え」
「やたーッ!」
「ええ!?」
よし、なんとかなった。
「それで話は変わるが、ミーネって人をぶっ殺しちゃっても平気?」
「うん? ゴブリンほどじゃないけど、盗賊とか始末してるわよ?」
え。
あ、うん、そうなのか。
「そうでしたか。それではお忙しいところお手数ですが、ミネヴィアさんにはこちらの方々の埋葬をお願いいたします」
「なんかすごい他人行儀になった!?」
数え切れないほどゴブリンぶっ殺したお嬢さんの、ゴブリンほどじゃないって数はいったいどんだけだって話だ。
つかクェルアーク家の戦闘教育ってどうなってんの?
「とにかく、この人たちを埋めればいいのね。じゃあ――」
と、ミーネが剣を振るおうとしたところで――
「待った待った待った! これは訓練だ! 訓練校でAクラスの生徒を対象に行われる恒例行事だ!」
大慌てでラウスが叫んだ。
ミーネはこてんと首をかしげ、尋ねてくる。
「って言ってるわよ?」
「ふむ、まあそういう可能性も考えてはいた」
考えてはいたんだが――
「だがぬるすぎる。やるならばもっと徹底的に、ほんの少しの抵抗も許さないほど厳格に行うものだ。例えばこの広場に入った瞬間に襲いかかる、もしくは三人を前にして驚いているおれたちにラウスが襲いかかり誰かを人質にするとか、そんな感じでな」
「じゃあ……、ん? どういうこと?」
「つまり訓練にしてはずさんすぎるってことだ。この行き当たりばったりな計画は、ちんけなゴロツキが考える程度のものだな」
「ちんけで悪かったなーッ!」
下でラウスが憤慨していたが無視する。
「でもご主人さま、本当に訓練だったらどうするんです? 始末しちゃったらまずいですよ。ギルドの人にも見られてますし」
「わかってる。だからこうしよう。おれたちがここに薬草を採りに来たら、なんとそこには世にも恐ろしい魔物がいた。ラウスたちは足止めをかってでて、か弱いおれたちを逃がしてくれた。先輩たちは偉大であった。――と、こういう筋書きでいこう」
「なるほど、ばっちりですね!」
「あとで寄付とか募って石像でも作ろう。きっとそれで先輩たちは満足してくれるさ」
『んなわけあるかーッ!』
「やかましい!」
『ぎゃあああああッ!』
騒ぐラウスたちに雷撃を喰らわせ、おれは言う。
「この極悪人どもめ。おれには聞こえるぞ。おまえたちに攫われ、売りはらわれた子供たちの嘆きの声が! 怨嗟が! おまえたちを埋めてしまえと囁く声が!」
「そんな子供いるか! 攫うのはこれからって話したろ!」
「黙らっしゃい! ザナーサリー伝説の人にしてやるってんだからぐだぐだ騒ぐな! 大人しく埋まれ!」
言ってやるが、ラウスたちは往生際が悪かった。
もうおれの説得はあきらめ、誰かー、誰かー、と声を張りあげて助けを求め始める。
「バカめ。こんなところに誰が来る――」
「ねえねえ……」
ふと、ミーネがおれの服をちょいちょいと引っぱる。
「ん? なんだ?」
「見られてるわよ?」
「へ?」
ちょい、とミーネが指さした方を見ると、そこには半笑いでこちらを眺めているマグリフ校長とエドベッカ支店長がいた。
あれぇ!?
「――さ、さてミーネくん! おれたちを謀ろうとした先輩たちへの仕返しはこれくらいにしておこうじゃないか! ささ、先輩たちが上へあがってきやすいように、穴の一部を崩してだな、こう、坂のようにしてくれないかな!」
お願いするとミーネは円柱状の穴の一部を崩し、ちょっと急な上り坂を作りあげた。
すると直後、恐怖におののいていた世紀末三人組は必死になって地上へと這いあがり――
『校長先生ぇぇ――――ッ!』
マグリフ爺さんの姿を見つけると同時、半泣きで駆けよっていく。
「……よし、今だ、逃げるぞ……!」
おれはシアとミーネに声をかけ、即座に逃亡を開始。
だが――
「アースクリエイト」
マグリフ爺さんが唱えた、ため息混じりの発動句。
瞬間、おれたち三人の周囲の地面がするりと陥没。
一瞬の浮遊感に、おれたちは腰砕けになってしゃがみ込んだ。
そして気づけば地の底に。
「地よ!」
と、ミーネが地面に剣を突き立てたが反応無し。
ミーネの魔術よりも爺さんの魔法のほうが影響力が強いらしい。
「うぇいうぇーい!」
一方、シアは突然奇声を発し、なんかアクションゲームのキャラみたいに周囲の壁を連続蹴りして穴から脱出しようとする。
「おいこら! てめえだけ逃げる気か!」
「助けを呼んできます! 必ず! 必ずもどりまうきゃああぁ!」
シアは上でとっ捕まったようだ。
つか助けを呼ぶって、いったい誰に求めるつもりだったんだあのアホは。
あれ絶対、ただ言ってみたかっただけだろ。
△◆▽
身柄を拘束されたあと、おれとミーネはマグリフ校長、エドベッカ支店長、そしてラウスの三人が並ぶ前で正座していた。
この世界にも正座の文化があったのだろうか?
世紀末三人組はマグリフ爺さんの後ろに隠れておれたちの様子をうかがっている。かなり怯えた様子だ。
そしてシアはというと、なんだかよくわからないもので体を拘束されたまま離れたところに転がっている。
例えるならそれはいくつもの関節で形成された金属製のヘビのオモチャ。
たぶんエドベッカの魔道具だろう。
「さて、この子たちはどうじゃったかね?」
マグリフが尋ねるとラウスは苦笑いを浮かべて頭をかく。
「大した物、と言うしかないですね。多少の怪我くらいは覚悟してましたが、まさか怪我を負うことすらできず、いきなり殺されそうになるとは思ってませんでしたよ。まあ実際、そういう状況なら対処としては正しいわけで、これは怒るに怒れません。ただそれでも文句を言うとするなら、こんなとんでもない生徒をまかせたどこかのジジイにですかね。手強いとしか伝えないとか意地が悪いにもほどがある」
「す、すまんのう。儂もまさかいきなり始末しようとするとは思わんかった。物見気分でエドベッカ殿を誘って見に来てよかったわい」
「頼みますよホント……」
ため息をつき、それからラウスは爺さんの後ろに引っ込んでいる世紀末三人組を睨む。
「お前ら、早めにランクDになれたからって、最近たるんでいるようだったからいい薬になっただろう。そしてわかったか? こういう奴らがランクBの壁を越えていく奴らだ。ボンクラのランクC冒険者じゃ相手にもならず、地のマグリフや蒐集家エドベッカ――、ランクAに手を焼かせるような奴ら」
「ボンクラということはなかろう、一度はBまでいったんじゃ」
「すぐにCに戻りましたがね」
「いやいや、自分の力量を冷静に判断した結果じゃろ? やっと辿り着いた場所でそれが出来る者はあまりおらんよ。儂はそういうところを買っておる。教官になってくれると嬉しいんじゃがのう」
「まあそれはもう少し先の話なので」
「頼むぞい」
ほほっ、と笑い、マグリフ爺さんがおれたちを見る。
「それでこの訓練はどうじゃった? 率直にの」
「……はあ、では率直に言いますと、優しすぎますね」
「優しいかね?」
「はい。もっと過酷な状況に陥らせるべきじゃないかと。例えばもっと大人数で囲んで捕まえ、問答無用で樽に放りこむんです」
「……た、樽?」
「ええ、そして荷車に乗せ、一日中どこかへ運ばれていく恐怖を味わわせるんです。少しの休息も与えないように、常に樽を棒などで叩いて眠りこまないようにする。水を流しこんだり、前に攫った子供がどんな目にあって死んだなどといった会話を聞かせるのも恐怖をかき立てるのに一役買うでしょう。そして心身ともに疲弊し、精神が限界にきたところで樽から解放。そしてそこは訓練校だった、とこういう状態にするんです。おそらくその生徒は状況を理解できず混乱するでしょう。そこで校長が世の中はこのようなことが溢れている、だから訓練校でしっかり学びなさいと諭すんです。するとその生徒は訓練校の偉大さを知り、教えられるすべてを胸に刻み、やがては立派な冒険者になるとぼくは思うのです」
「おまえさんはこの世をどんな地獄と思っとるんじゃ?」
ひどく困惑した顔でマグリフ爺さんは言った。
率直にと言うからありのままの考えを述べたというのに。
※誤字の修正をしました。
2017/1/26
※脱字を修正しました。
2018/12/10
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/10
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/08
※さらに脱字を修正しました。
ありがとうございます。
2023/04/30




