第116話 11歳(春)…罠?
困った状況をおさめてくれた冒険者はラウスと言った。
冒険者ランクはC。
一般的にベテランと認められるようになるランクであり、特別な才能のない者――ほとんどの冒険者にとっては引退まで足踏みし続けることになるランクである。
「まー、俺もあと何年かすりゃあ、引退を考えなきゃなんねえ歳になっちまう。俺もお前達くらいの頃は絶対ランクBの壁を越えてやると息巻いていたが……、ありゃ無理だ。目指してどうなるものじゃなかった。ランクBの壁ってのは、目標として超えるんじゃなく、過程として通り過ぎるもんだったんだ。わかるか?」
おれとラウスが並び、その後ろを手をつないだシアとミーネが付いてくる。
仲良しさんというわけではなく、ミーネがどっかにすっ飛んでいかないようにとの対策である。
「要するにだな、ランクBになれる奴ってのは、なるつもりがなくてもなっちまうような奴ってことだ。そりゃあ中には努力してなる奴もいる。だがそういう奴は長生きできない。ランクBってのは到達して終わりじゃなく、そこからが始まりなんだ。なってはみたが仕事をこなせないじゃあ意味がない。まあそういう奴はいずれ更新でランク落ちだ。ランクBってのはなるのも大変だが、維持するのも大変なんだ」
ラウスはおれにひたすら喋りかけてくる。
お節介焼きでお喋り、なんかオバチャンみたいな人だ。
おれたちは喋りまくるラウスと一緒に歩き続け、王都周辺の穀倉地帯を越え、なだらかな丘の上までやって来た。
「あの辺りがギルドで教えられた場所だな。だが今年は群生している場所がちょっとずれている。あの場所の横の――、あのちょっとした森の中にある草原、そこが穴場になっているようだ」
丘でだいたいの位置を示し、ラウスはその穴場へとおれたちを案内する。
そしてその小さな森の奥にあった広場に到着すると――
「ぐへへへへ」
「ふひひひひ」
「うふふふふ」
そこにはギルドであった先輩方三人が待ちかまえていた。
モヒカン、スキンヘッド、ドリルの三人はそれぞれの得物をこれ見よがしに抜き放ち、手でもてあそんだり、体が鉄分を求めるのかべろんべろん舐めていたりする。
「え、えーっと……」
久しぶりに木々に囲まれ、少し実家のことを思い出していたおれにとって世紀末三人組の登場は驚きよりも落胆のほうが大きかった。
気分が台無しだった。
三人組の雰囲気はどう好意的に見ても友好的なものではなく、おれはどうしたものかと困惑した。
すると――
「ふむふむ、つまり――」
ラウスが両手で顔をごしごし擦りながら三人組に向かって歩き出し、そして三人組の真ん前まで行ったとき、くるりとおれたちに向きなおった。
「こういうわけだ!」
そう言ったラウスの顔は三人組と同じ――とまではいかないが、どこかの部族のような乱雑なフェイスペイントが施されていた。
「はあ、つまりグルだったと……?」
まあそれはそれとして、べつにフェイスペイントしなくてもよかったんじゃないか?
そういう演出を大事にするタイプか?
「ぐへへへ、ラウスさん、まんまと引っかかりましたね」
モヒカンがニヤニヤ笑いながら言うと、ラウスは腕組みして低い含み笑いをした。
「親切な先輩かと思ったか? ふっ、残念だったな。このラウス様はお前らのような優秀な子供が大嫌いなのだ!」
「そうだぜぇ、ラウスさんはな、一度はランクBまで行ったがきつすぎてすぐにランクをCに戻したんだ。そしてそれから始まったのさ。優秀なガキどもをいたぶる悪行がな」
「それはわざわざ説明しなくてもいい!」
スキンヘッドはラウスに叩かれ、ベチンッと良い音をさせた。
ラウス率いる三人組はおれたちをどうにかしようとする腹づもりのようだったが……、いまいち緊張感のないこの状況におれは戸惑っていた。
もしこれが油断させるための演出だとしたら、それは恐ろしいことなのだが……。
おれはちらりとシアを見やる。
シアはラウスたちを完全無視で薬草を集めていた。
「いやー、いっぱい生えてますね! こんなにいっぱいあるとお仕事でも楽しくなります!」
ただ誘い込むための方便ではなかったのか、この広場には目的の薬草が群生しておりシアはせっせと摘み取っていた。
おれはちらりとミーネを見やる。
「これは……、確か……、食べられるはず。冒険の書の図鑑にちゃんとあったもの。……ん。あ! 甘い!」
ラウスたちどころか依頼まで完全無視で、野苺のようなつぶつぶの実を一心不乱に、ひょいぱく、ひょいぱく、と口に運んでいた。
「なあなあ、あの嬢ちゃんたちってどうなってんだ?」
「あー、あいつら我が道を行くなもんで……」
さすがにラウスもあの二人の反応は想定外だったか、困惑顔で尋ねてきた。
「あいつらはほっとくとして、結局、あんたたちっておれたちをどうするつもりなの?」
「ほう、おまえはちゃんと危機感があったか」
ラウスに感心される。
失敬な!
「いつもは適当にいたぶってお終いだが、今回はおまえたちを捕まえて売りはらうことにした。俺もそろそろ引退――、第二の人生について考える時期が来ていてな、お前達にはその糧になってもらおう」
考え無しかなのか計画的なのかよくわからん人だな。
「売りはらうって奴隷ってことか?」
「そうだ」
「おれたちが行方不明になったら、一緒に出掛けたあんたがあやしまれるだけだろ。ギルド職員に見られてるし」
「あいつらも仲間だ」
……ギルドォ。
「奴隷条約違反は重罪だけど?」
「知ったことか」
シャロ様の定めた法を無視、か。
しかしこういう手合いってどこにでもいるのか? 家を離れてからもうこれで二度目だぞ。ってか冒険者ギルド。ギルドの創始者であるシャロ様に唾を吐くような奴を冒険者にしておいちゃいかんだろ。
職員がその仲間ってどうなのよ。
規模がでかくなりすぎて目が届かないのか?
まあなんにしろあれだ。
こいつらは始末だ。
「おーい、ミーネ」
「んー?」
「落とし穴」
「ん」
口に放りこんだ実をもちゅもちゅしながら、ミーネは左手――、逆手でもって剣を抜き、そのまま地面にトンと突き刺す。
ぼこん、とラウスたち四人の足もとに大穴が開いた。
『おおおおおおっ!?』
突然の事態にラウスたちは為す術なく落下していった。
※脱字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/10
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/06/27




