第115話 11歳(春)…先輩冒険者
おれたちはまず訓練校で担任のサーカムから仮冒険者証の受け取りについて説明を受け、それから訓練校に一番近い冒険者ギルド支店――、王都の西にある西支店へと向かった。
さすがに貴族街にある貴族用の中央支店と比べ、西支店は木造で庶民的な雰囲気がある。
無駄に気品を漂わせるための調度品などは一切なく、左右の壁すべてを使っての掲示板、正面にはカウンター、そして待合のために用意されているいくつかのテーブルと椅子。
やっぱりどことなく西部劇の酒場のような雰囲気を感じてしまう。
まあ本当に酒場と兼任している支店もあるんだが。
「……ご、ご主人さま、ちょっとちょっと、すごいの居ます、すごいのが居ますって……」
中央支店にはよく通ったが、西支店に来るのはこれが始めてだ。
建物に入ってすぐ、シアがおれの袖をつんつん引っぱりながら囁いた。
わざわざ言われるまでもなく、おれだってその存在にはとっくに気づいている。
現在の時刻は朝の八時前。
一般的にはとっくに活動を開始している時刻だが、冒険者にとってはやや早い――、元の世界に似た感覚の時間帯。
そのため西支店はまだすかすかの状態である。
しかし、おれたちよりも早く来た冒険者が三人おり、テーブルのひとつを占拠していた。
実に派手な三人組だった。
二十歳くらいの男性二人に、それよりちょい年上そうな女性が一人。
三人とも基本にしている皮のジャケットとズボン――着込みの上に、どぎつい色をした金属製の肩当てや、小手、脛当てを装着している。
そこまでなら、まあそういうものかと思うところだが、三人はその顔にくまどりのようなフェイスペイントを施し、男性の一人は輝くようなスキンヘッド、もう一人は惚れ惚れするようなモヒカン、女性は長めの髪を天を貫くドリルのごとく見事にそそり立たせている。
あのテーブルだけなんか世紀末だった。
「……ご主人さま、どうしましょう。ミーネさんに消毒してもらうべきでしょうか……?」
「おまえな……」
なんで何もしてないのにいきなりぶっ殺そうとしてんだ。
嘆かわしいことに、シアはあの三人組の派手さに目を奪われ、その真価をまったく理解していないようだった。
勝手に消毒役を押しつけられそうなミーネは三人のことなど気にせず掲示板の依頼を興味深そうに眺めている。
良いのか悪いのか実にマイペースだ。
「おうおうおう、なにジロジロ見てんだぁ?」
シアがチラチラ見ていたせいだろう、三人組の一人――モヒカンが声をあげると席を立ち、よたよたとこちらに歩み寄ってきた。
シアがおれにすがりついて言う。
「……ご、ご主人さま、わたしもう笑い我慢するのきびしい……!」
「おまえは黙ってろ」
いやまあ確かに面白いけどさ。
「あんだぁ、お嬢ちゃん、俺らの格好にケチつけんのかぁ?」
モヒカンが顔をしかめて少し屈み、わざわざおれたちに視線を合わせてくる。
やめてくれ。
おれも笑っちまうだろうが。
「おい、どうしたぁ?」
「そんなお子さまに舐められてんのかい? なっさけないねぇ」
テーブルにいた残り二人もこちらへとやって来る。
もうシアはおれの腕に顔をうずめて、ぐふっ、ぶほっ、とほとんど笑ってしまっていた。
誰か止めてくんねえかとカウンターを見やると、受付のギルド職員三人は顔を背けて震えていた。
ただ、その様子が怯えているのではなく、全身全霊で笑いを堪えているように見えるのはおれの気のせいだろうか?
「おめぇたち訓練校のガキだろ? つーことは、俺らは冒険者の先輩ってことだ。そんな先輩に挨拶のひとつもねぇのか?」
そう言ったのはスキンヘッド。
礼儀に気を使うタイプらしい。
「ははっ、あんたらじゃあ馬鹿にされても仕方ないかもねぇ」
「あんだとぉ? おめえだって同じだ馬鹿」
ドリル女に言われ、スキンヘッドが凄む。
「おめえらが喧嘩してどうすんだよ。こっちだろこっち」
モヒカンが顎でおれたちを指す。
ああそうか、とスキンヘッドとドリル女がこっちを見る。
なんか面倒なことになってきた……。
だが、ここは誠心誠意で対応して、ちょっと誤解が生まれていることを伝えなければいけない。
「うちのアホが不躾に見てしまって、失礼しました。なにぶん田舎からでてきたばかりで、本物の冒険者にお会いするのはこれが初めてだったのです」
「おうおう、本物ときたか、俺らの凄さがわかるってのか?」
モヒカンの言葉に、おれはうなずく。
「ええ、わかりますよ。まず皆さんが身につけている革の着込み。なかなか年季が入っていますね。ただ使ってそのままではなく、ちゃんとから拭きをして、定期的に油を塗って手入れしているのがよくわかる、実によい風合いです。そこまで育てるには一年二年ではきかないでしょう。装備を大切に使うのは本物の冒険者の証です」
「お、おう!?」
しかめっ面していたモヒカンがびっくりした顔になる。
他の二人もきょとんとして、そわそわし始めた。
「それに、その目立つ風貌は冒険者としてやっていくために考えだした戦略でしょう? 冒険者は舐められるわけにはいかない側面を持つ職業です。後ろ盾を得られるような幸運な者はまれで、普通は己の体一つで荒廃した世を渡っていかなければなりません」
「い、いや、世の中そんな荒廃まではいってない……ぞ?」
「そこであなた方はまず見た目で威圧することによって、無駄な争いが生まれないよう工夫している。抑止力ですね。一見、野蛮そうに映りますが、ちゃんとその装備まで目を光らせる依頼人ならばその意図を汲み取るでしょう。そして依頼をきっちりとこなしたとなれば、見た目の意外性と相まって、依頼人の印象に強く残ります。そう、なんの考えもなく普通の格好でとりあえず仕事をしているようでは良縁など結べるわけがないのです。あなた方はそこまで考えて冒険者をやっている。それは冒険者であることに誇りを持っているからだと思いました。それにそもそもです」
「え、まだあるの……?」
なんでモヒカンは気まずそうな顔でか細い声をだすのだろう?
「この早い時間帯であるにもかかわらず、あなた方はすでに依頼のチェックに訪れている。この行動からもあなた方が真摯な態度で冒険者業に取り組んでいることがわかります」
そしておれはため息まじりでシアに言う。
「わかったか。おまえはこの方々の格好を面白がったが、ちゃんとこうした理由があったのだ。それに外見の派手さで言ったらおまえも同じようなもんだろうが」
「一緒にされたくないんですけど!」
「バカめ。おまえの方が一緒にするに値しないと知れ」
ひとまずこれで誤解は解けただろうか。
……ん?
はて、どうしたのだろう。
三人は顔を赤くしてうつむいて、なんかプルプル震えてしまっている。
このままほっといて、さよなら、というわけにもいかずどうしたものかと立ちつくす。
ふとカウンターを見ると、職員たちの顔が笑いを堪えすぎたために阿吽像みたいになっていた。
どうすりゃいいのよ。
と、そんなとき――
「おーう、おはようさん」
見るからにベテランそうな冒険者の男性がギルドに現れた。
「お? なんだなんだ、おいおい、訓練生いびりか? なっさけねえことしてんじゃねえよ。ほれ、散った散った」
ベテランがぷらぷらと手を振ると、三人組は我に返ったようにハッとして、そそくさとテーブルに戻っていった。
「大丈夫だったか? この時期になると、こうやって訓練生にちょっかいかける奴がいてな。まあ長く冒険者やってるとお馴染みの光景なんだが、なかにはびっくりして冒険者になるのを辞めちまう奴らもいるからなー」
「ありがとうございます」
べつにいびられてはいなかったが、どうしたらいいかわからない状況を助けられたのは事実だ。
「訓練生がここに来るってことは、あれだよな、仮冒険者証の。それでおまえたちは将来を期待される生徒、と」
ふーむ、となにか考えこむベテラン。
それからふと何か思いついたように顔をあげ、カウンターを見る。
「なあ、この子たちの受ける依頼ってどんなだ?」
「薬草の採取となっています」
「そっか。……よし、ちょっと俺もついてくわ」
突然、ベテランが言いだしたことにおれはきょとんとする。
「へ? いや、そこまでしていただかなくても……」
「いやいや、薬草採取を侮るなよ? あれってこの辺りの薬草の分布を把握してないとけっこう面倒なんだよ。ひたすら歩きまわって成果無しなんてこともあるからな」
ああそうか、薬草の種類は両親に叩きこまれたが、この地域のどの辺りに生えているとかまでは知りようがない。
「まあ訓練生が受けるような採取なら、依頼を受けるときにだいたいの場所を教えてもらえるが……、本当にだいたいだからな。その年によってよく生えている場所も変わるし」
「なるほど……」
「そんなわけだから、連れていったほうがいいぞ? なに、俺も昔こんな感じで冒険者に世話になった。恩義を感じたら、いつかお前達も訓練生をちょっと助けてやればいいさ」
ふむ、付いてきてもらったほうがいいな?
そうおれが思ったとき――
「私これが気になる! これ! 村から家畜がいなくなっちゃったから調べてって依頼! これやりたい!」
おれたちそっちのけで、ずっと掲示板と睨めっこしていたミーネが声をあげた。
「それランクCのところの依頼だろ! ってかそもそも今日受ける依頼は決まってんだよ!」
「あれ?」
こいつひょっとしてサーカム担任から説明受けてたとき寝てた?
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/03




