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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
115/820

第114話 11歳(春)…冒険者仮登録

 王都到着二日後、とくに何事もなく訓練校で授業を受けた。

 正直、どの授業も受ける必要を感じないくらい容易いものだ。

 しかし最速で冒険者になるためにはここを卒業しなければならないわけで、無為とはわかっていてもおれは真面目に授業を受けた。

 午後からの自由時間、おれはすぐ王都に引き返し、まずはクェルアーク家へご挨拶にうかがった。

 バートランの爺さんもアル兄さんもかわりなく、おれの訪問を歓迎してくれた。

 初対面になるシアはよせばいいのにまた外面を取り繕って挨拶していた。


「これは可愛いお嬢さんだね。ミリーが欲しがるだろうなぁ」


 朗らかに笑うアル兄さんの言葉に、シアの顔は引きつった。

 シアもミリメリア姫を「お姉さま」と呼ばされることになるのだろうか?

 そのあとチャップマン家へご挨拶にうかがう。

 ミーネの案内で商会本部ではなく自宅へ向かい、そこでダリスと奥さんのレフラに会った。レフラはダリス以上におれたちを歓迎してくれた。サリスをよろしくと言われたが、こちらこそどうぞよろしくという話だ。これからすごくお世話になるだろう。


「あの子はね、貴方が贈ってくれたウサギのぬいぐるみがすごくお気に入りで、ときどき家に戻ってきては、メイド学校でどんなことがあったか喋りかけているのよ。それならそっちの自室に置いておけばいいじゃないって言うと、もうぬいぐるみを側に置いておくような歳じゃないって怒るの。ふふ、あの子って自分のしっかりしたところしか人に見せたくない子だから」


 夫人はサリスのことを喋りまくり、聞いているおれは非常に気まずい思いをした。

 サリスの知らないところでちょっとした秘密が暴露されまくっているのである。

 すまぬ。

 おれは悪くないけど、すまぬ。

 チャップマン家を後にして、最後に貴族街にある冒険者ギルド中央支店へ向かい、支店長のエドベッカにご挨拶と冒険の書の広報活動に対しての感謝を述べる。

 一昨年王都に滞在した時かなり通ったので職員のほとんどは顔見知りになっており、王都へようこそと温かい歓迎の言葉をもらった。

 二日目はこうして挨拶回りで終わった。

 三日目からは王都の地理を覚えるため散策に時間を費やした。

 要は王都をひたすら散歩したのだ。

 そんな王都の散歩に金と銀は大はしゃぎでついてきた。

 訓練校が終わったらまずは料理店で昼食をとる。

 訓練校の食堂の料理が残念だから――、ということもあるが、この王都の食文化がどんなものか確かめるための調査でもある。

 当然のように金銀もおれと一緒に食事をとり、そして当たり前のようにおれの奢りになった。

 シアにはちゃんと給金だしているんだが、おれの奢りである。

 ミーネはうちより格上な貴族の令嬢なんだが、おれの奢りである。

 解せぬ……。


    △◆▽


 夜明けと共に目を覚まし、おれは簡単に身支度を調えると仕事部屋に設置した神棚に祀られるシャロ様の小像に祈りを捧げる。

 それから朝の準備のためバタバタ動き回るメイドたちと挨拶を交わしながら外出する。

 向かう先は正面広場にある大きなシャロ様の像である。

 王都に到着した翌日から、おれはこのシャロ様の像にも朝の祈りを捧げるという習慣を始めていた。

 シアには病気と言われたが知るもんか。

 祈りを捧げたあとおれはメイド学校に戻り、出掛ける準備を整えたシアと一緒になってミーネを叩き起こす。

 王都到着初日、今日はこっちに泊まるとバートランに報告したミーネだが、あれ以降ずっとメイド学校で暮らしている。

 クェルアーク家からはなにも言ってこない。

 ちょっと放任すぎやしませんかね!


「おら起きろお嬢さま!」

「ミーネさーん、朝ですよー、あーさでーすよー」


 ミーネが眠るベッドの左右で声を張りあげるが、お嬢さまは「うーん、むにゃむにゃ」するだけでなかなか起きやがらねえ。


「今日は早めに行って説明を受けないといけなかったろうが!」

「仮冒険者証の発行、今日はわたしたちの番ですよー」

「……あ、あぅ」


 ミーネがちょっと起きる気になった。

 王都の冒険者ギルドともなれば基本混雑するので、訓練校生の仮冒険者証発行は何日かにわけて執り行われる。

 まとめて発行しろよと思ったが、どうやら仮冒険者証を受けとったあと、実際にひとつ仕事をしてみて一連の手順を体験するという恒例行事があるようだった。

 一日あたり三人ずつ。

 その行事の最終日である今日がおれたちの番というわけだ。


「……うぅ、おはよ」

「はいはい、おはようさん」

「おはよーございまーす」


 ようやくミーネがのろのろと体を起こす。

 レイヴァース家で居候してたときとなにも変わっていないような気がするが、人の寝床にもぐりこんでこなくなっただけ成長はしているような気がする。いや、そもそもがおかしいか?


「じゃあシア、あとは頼むぞ」

「はーい」


 言い残し、おれはミーネの部屋を出る。

 六歳の頃は身支度を手伝い、服も着替えさせてやったが、もうさすがにおれがやっちゃあまずいだろう。

 と言うわけでシアにまかせた。


「ちょ! ミーネさん、ベッドに倒れちゃダメですって! また寝ちゃいますからダメですってー!」


 ドアの向こうからシアの声が聞こえてきたが……。


    △◆▽


 結局、まだおねむのミーネは寝間着のままシアに抱えられて食堂に連れてこられ、給仕に徹するメイドたちによって朝食を食べさせてもらい、それから身支度を手伝ってもらっていた。

 そんなミーネのていたらくを見ておれの胸に去来したのは謎の申し訳なさであった。

 冷静に考えればおれが申し訳なく思う必要などないのだが、どういうわけか申し訳なく思ってしまう。意識したことはなかったが、どうもおれのなかでミーネは家族にかなり近い位置にあるようだ。

 シアがアホな義妹とすれば、ミーネはだらしない従妹みたいな感じなのかもしれない。

 そしてようやくおれたちは訓練校へ出発できたのだが――、ふとそこでおれは気づく。


「おまえいつまで同じ服着てんの?」

「ふえ?」


 ミーネは入学試験の日からずっとおれが仕立てたツーピースを頑なに身につけている。

 初日はおれに見せてくれるために着ていたとばかり思っていたが、どうやらこれしか着るつもりがないようだ。

 それでいいのかお嬢さま。


「この服ねー、最初はときどき着てたの」


 まだどこか寝ぼけており、完全体になっていないミーネはちょっとぼんやり喋る。


「でもどんどん着心地がよくなっていってねー、もう今はこれを着てないとなんかしっくりこないの。この服すごいのよ。暑いときは涼しいし、寒いときは暖かいし、汚しちゃっても綺麗になるし、引っ掛けてちょっとほつれちゃってもね、気づくと直ってるの」


 ほんわかとミーネが言うと、それにシアが同意する。


「そうなんですよね、困ったことに着心地がいいんです。こうあって欲しいっていう気持ちが服になっているような……、そのせいで、他の服を着ると違和感がすごいんです」

「うんうん、そんな感じね」


 金と銀の着た切り雀が二羽か……。


「ねえねえ、気になるならまた作ってくれない?」

「さりげなくねだってくるんじゃねえ。古代ヴィ――、じゃなくてあの布、残りはセレスのために取っといてあるんだ」

「ぐっ、わたしも一着くらい普通のお洋服をお願いしたかったんですが……、そう言われるともうわたしは何も言えない……」

「むー……」


 シアは悔しそうに言い、ミーネは不満そうに口をとがらす。


「そんなに着心地って重要なもんかねえ」

「そういうご主人さまは頓着しなさすぎです」

「一応、その日その日で着替えてはいるぞ?」

「その服ってご主人さまが五歳くらいのときに、服作りを学ぶために使った古着や練習で作った服ですよね? せっかく仕立ての腕前があるんですから、たまには自分の服も作ってみたらどうです?」


 言われてみれば確かに、作るのはクロアやセレスの服ばかりで自分のものなどまともに仕立てた記憶がない。

 いや、そもそも――


「自分の服なんか作ってもなー……」


 針仕事のきっかけはクロアの健やかな成長のため。

 お古ではない新しい服を着させてやる必要があったからだった。

 そのためか、おれのなかで服を作る作業というのは、誰かのために行う仕事ということになってしまっている。

 自分が仕立てた服を自分で着るという状況がぴんとこないのだ。


「ご主人さまが自分で仕立てなくてもいいんです。仕立ててもらっても、買ってきてもいいんです。わたしが言いたいのは、要はもっと立場に見合うような立派な服を着てくださいってことです。今の状態だと、わたしたちってお嬢さまとメイドと下男の少年ですよ?」

「べつにいいよ、どう見られようと」

「お兄ちゃんは王都でボロ服を着てみんなから下男と思われてますって手紙書けますか?」

「……、はい、気をつけます」


 そうか、おれがしょぼいとレイヴァース家がしょぼいと思われかねないのか。

 これはそのうち改善する必要があるかなー……。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/13


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― 新着の感想 ―
[一言] そっかー身なりもボロいからあの少年も余計につっかかってきたのかなー いやいい服着ててもそれはそれでつっかかってきてそうだな(撤回
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