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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第112話 11歳(春)…おやつはいかが?

「私、今日はこっちに泊まるってお爺さまに伝えてくるわ!」


 顔合わせを終えてすぐ、ミーネはそう言うと勢いよくメイド学校を飛びだして行った。

 慌ただしいお嬢さんである。

 おれとシアはサリスとティアウルに連れられ、これから生活することになる部屋へと案内される。

 おれの部屋は広めの仕事部屋と寝室が別で用意されていた。

 二つの部屋は隣り合い、それぞれ廊下から入ることも、室内の扉から行き来することも出来るようになっていた。

 仕事部屋はおれが好きに配置できるよう配慮したのか実に簡素。机と椅子があり、そして空の棚が壁際にいくつも設置されている。


「ねえちゃんの部屋はこっちだぞ」


 ティアウルに手を引かれて、シアはおれの仕事部屋正面にある部屋に案内されていた。


「素敵な部屋ですね。ありがとうございます」

「ベッド気持ちいいぞ。ねえちゃん寝てみろ」


 開けっ放しのドアから、シアとティアウルがはしゃいでいるのが丸見えだった。


「おおっ、これは確かに良いベッドで……、あ、まずいです、寝そう」


 ぼすっ、と自分のベッドに倒れこんだシアがなんか言っていた。

 おまえ始祖メイドとしての振る舞いはどうした。


「ご主人様、今はティアさんがいるので荷物を出すのは後にしましょう。お手伝いしますよ」


 専属のアホメイドにあきれているとサリスがそっと囁いた。


「……あれ? もしかして……」

「父から、少し。あと荷物が少なすぎると思いましたので……」


 妖精鞄を持っていることを何となく察し、さりげなく助言してくれたようだ。こんなできた娘さんを秘書につけてくれたダリスには深く感謝せねばなるまい。


「……あれ!? ねえちゃんホントに寝たか!?」


 それに比べてうちのあれは……。

 眠れる始祖メイドは放置することにして寝室も確認してみる。

 仕事部屋から寝室へ移動し、廊下へのドアを開けたところでふと無視できないものが目に入ってきた。

 おれの寝室から廊下を挟んで正面にある部屋。

 シアからすれば隣部屋だ。

 その部屋のドアに『私の部屋』と書かれた看板が掛けられていた。


「……なあ、これはもしかしてあれか、お嬢さまか」

「はい。週に三日は泊まっていかれますね」


 答えたのはサリス。

 サリス自身もちょっとどうかと思っているのか、やや苦笑いである。

 するとシアの部屋からひょっこり顔をだしたティアウルが言う。


「ミーネな、ここから一緒に訓練校行くって言ってたぞ」

「えー……」

「それとここしばらく、毎日毎日、あんちゃんが来ない、来ないってそわそわしてたな」

「そうですね、ずいぶんと気を揉んでいましたね」

「む、そうか。いらん心配をさせていたか……」


 それは悪いことをした。

 携帯電話なんてない世界だからな、心配しだしたらきりがなかっただろう。

 訓練校で再会したとき、やたらプンスカしてたのは心配の裏返しだったか。


「あ、そうだそうだ」


 ちょっとお詫びにおやつでも、と考えたとき、そういえば今日なにか美味しい物を食べさせてやらないといけなかったことを思い出した。

 まああの称号はおれが悪いんじゃない。

 でもなんか申し訳なくて仕方ないのだ。気分的に。


「どうしましたか?」

「ああ、ちょっと調理場を借りていいかな。ミーネに心配かけたようだからなにか作ってやろうかと。一緒にメイドたちのぶんも作ろうか」

「あ、本当ですか!? すぐご案内します!」

「あんちゃんなにか作ってくれるのか!」


 あれ、なんかサリスとティアウルの食いつきが妙にいい。

 おれがきょとんとすると、サリスがはっとして言う。


「あ、ミーネさんがですね、レイヴァース家でお世話になっているとき、色々と美味しい物を作ってくれたと言っていたんです」

「そだぞ。みんな期待してたな」


 なんかハードルが……。


「そ、そうか。期待に添えるかわからんが、用意するよ」


 若干の不安を覚えながらも、おれはシアをハリセンで叩き起こして調理場へと向かった。


    △◆▽


 この世界の食文化はまだ発展途上なので、あちらの世界のように美味しいことが前提で、そこからさらに美しい見た目だの、変わった舌触りだの歯ごたえだのといった驚きを提供する必要はない。

 単純明快に美味しい、ただそれだけでいい。

 ただただ美味しいだけで、腹を膨らますためだけの食事しかとっていなかった者にとっては麻薬のような魔性の存在になる。

 食べることによって得られる満足というのは単純だが、根源的であり、考える以上にその意識に根を張り、おいしい料理を提供してくれる人という印象――好意は意識以下のところにまで影響する。

 もちろん一度だけではダメだ。

 繰り返し繰り返し提供することで影響が現れる。

 まあ俗に言う胃袋を掴むというやつである。

 美味しい食事を奢られるとき、その意味をよく考えるようにとジジイはよく言っていた。

 飯くらい気楽に食わせろといつも思っていた。


「あの、手持ち無沙汰なんですが……」


 出来たら運ぶということにして、しばらく調理場に人を来させないようにとサリスにお願いする。

 妖精鞄のことを知っているサリスはすぐに言いたいことを理解してくれて、ティアウルを連れて調理場から出て行った。

 そして現在、おれは広い調理場でシアと二人きり、調理するのにかかるであろう時間を消費するためにぼんやり待機していた。


「しゃーねーだろ。とりあえずパンとソフトクリーム作るのに一時間くらいは時間がかかったってことにするんだから」

「ミーネさんが帰って来たら、きっと突撃してきますよ?」

「……そうだな」


 考えた結果、妖精鞄に作り置いた食パンが何斤も残っているのでそれを使ってのハニートーストを作ることにした。

 しかしただのハニートーストではない。

 派手さと食べごたえ、そして美味しさを兼ねそなえる、一斤まるごと使っての特大ハニートースト、ソフトクリーム乗せである。

 ソフトクリームは氷魔法を応用した現代魔道具の冷蔵庫が用意されていたのでなんとか言い訳が立つ。

 普通のご家庭には魔道具の冷蔵庫なんて代物はなく、少し裕福でも氷を利用して冷却するアナクロな冷蔵庫しかない。

 なので用意されていることにちょっとびびった。


「ミーネが帰ってきたら焼き始めるか。焼き上がるまでの少しの時間ならいくらあいつでも大人しく待ってるだろうし」


 すでに二斤の食パンの内側をざくざくカットし、バターを差しこんであとは焼き上げるだけになっている。焼き上がったら妖精鞄からソフトクリームを出してデンと乗せ、リカラの雫をたっぷりかけてやれば完成だ。


「あ、ミーネさんもう帰ってきました」


 窓から外を眺めていたシアが言う。

 うそん、とおれも窓に寄ると、玄関へと爆走してくるミーネの姿が見えた。


「もしかしてあいつダッシュで往復してきたのか?」


 馬鹿な、とは思ったが、それが普通にできる奴が今隣にいることを思い出した。うん、あいつもそれくらいはできるか。


「しゃーない、ちょっと早いが焼き始めよう。シアはミーネにうまいこと言って、食堂で待機させるようにしてくれ。いざとなったら実力行使で突撃してくるのを食いとめるんだ」

「あいあいさー」


 シアが調理場から出てすぐ、おれはパンを焼きにかかった。


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