第111話 11歳(春)…メイドたち
おれたちは校長室に案内され、このメイド学校を取り仕切る校長と対面した。
元は王家で侍女長を務めていた校長はただそこにいるだけでも優雅で上品な印象を、そして磨き上げられた鋼のような美しさと強さを感じさせる初老のご婦人だった。
現在、この学校でメイドを指導する人はこの校長だけである。
校長が直々にテスターの少女たちを指導しながら、本開校のためのメイド教育カリキュラムを製作しているのだ。
「ようこそおいでくださいました。わたくしが当メイド学校の校長を務めておりますティアナと申します。まずはお二人のご来訪を心より歓迎申し上げます」
おれとシア、そしてミーネの三人と向かい合うようにティアナ校長は立ち、そして自分の左右――左に四人、右に三人のメイドを立たせている。
左の四人はすでに会ったサリス、ティアウル、リオ、アエリス。
右の三人はこれが初対面となる。
ちびっ子、獣人族の猫娘、そして豪奢な印象をうける御姉様。
……はて、八人と聞いていたんだが、あと一人はどうかしたんだろうか?
「それでは生徒たちを紹介させていただきます」
ティアナ校長に促され、サリスから順番に自己紹介が始まる。
とは言えサリスとティアウルは知己の間柄なので、改めて名を名乗る程度の簡単な挨拶だった。
リオは応接間に案内されるまでに充分すぎるくらい話を聞かせてもらったので、やはり簡単な挨拶で終わる――と言うより、アエリスに肘打ちされて止められていた。
アエリスは自分の話もリオが充分しただろうと分かりきっているのか、短い自己紹介で切りあげる。
左側にいるメイド四人の自己紹介が終わり、そして次は右にいるメイド三人の自己紹介に移る。
まずは若葉のような爽やかな黄緑色の瞳、そして長いぼさぼさの髪をしたちびっ子からだ。
ちょっとぼんやりな感じの子である。
「ジェミナ。よろしく」
ぺこり、とお辞儀するちびっ子――ジェミナ。
そして顔をあげたとき、ジェミナはやはりどこかぼんやりした様子だったが、その表情にはやりとげたような満足があった。
ん? 終わり!?
「次はニャーですニャ」
やはりジェミナはあれで終わりらしかった。
口数の少ない子みたいだ。
そしてお次は猫メイド。
おれよりやや小柄で、肩の上あたりまでのざんばら髪は薄く緑みのある黄色。茶髪や金髪とは違う、ススキのような明るい黄だ。髪よりも濃く、赤みを帯びた橙の瞳は眠そうに半眼である。その気怠そうな様子に、猫の獣人だからなおさらか、おれは元の世界で家に居座ってしまった野良猫を思い出した。
「はじめまして旦ニャさま、お会いできて光栄ですニャー。ニャーの名前はリビラですニャー。まだまだ見習いメイドなので至らぬところがいっぱいニャ。でもそこは大目に見てもらえると嬉しいニャー」
ニャーが多い!
自分をニャーと言うせいでよけい多い!
「趣味はお昼寝と美味しい物を食べることニャー。ミーネから旦ニャさまは美味しい物を作るのが得意と聞いてるニャー。ここでもぜひその腕を振るってほしいニャー。もし美味しい物をたくさん食べさせてくれたらちょっとくらいお触りしても許してあげるニャー」
ちょい待て。なんだお触りって。
もしかしておれって女好きとか思われてるんだろうか?
まあメイド学校なんてものの発案者だからな、致し方ないのかもしれない。
だがおれがスケベオヤジではないことは、早いとこ理解してもらわないといけないな。
そして最後に御姉様が挨拶する。
身長は高め。シアが恐れおののき震え出すほどスタイルが良い。流れるような長い髪は灰みのある深い滅紫。瞳は髪より明るい赤みがかった紫の菖蒲色。気負った様子もなく自然体でいるが、纏っている雰囲気が並ではない。メイド姿でいるにもかかわらず、上流階級のオーラが滲みでているのだ。どう控えめに見ても、この人ってメイドを雇う側の人間なのになんでメイド学校にいるんだろう?
「妾はヴィルジオと言う。諸国を放浪し、このエイリシェに立ち寄った際、知己の間柄であるミリメリアからここを紹介されてな、面白そうだからしばらくやっかいになることにした」
そう言ってニッと微笑むヴィルジオ。
この人、この国の姫さまを呼び捨てにしてるんですが……、そしてそれを誰も、ティアナ校長ですら咎めないって……。
これはただ事ではないと、おれはこっそり〈炯眼〉を使用する。
《ヴィルジオ》
【称号】〈メイド見習い〉
ですよねー。
出会ったばかりですもんねー。
こりゃ普通に聞いた方が早い……、ホントこの能力って微妙だな。
「さて、ひとまず紹介が終わったところで一つお伝えしなけれなばらないことがあります」
メイドたちの自己紹介のあと、ティアナ校長が口を開く。
「実はもう一人――シャフリーンという生徒がいたのですが、すでに卒業しております」
「もう卒業?」
「はい。その生徒はとても優秀で、一年でわたくしが教えられるすべてを身につけてしまいました。このままここに置いておくよりも、と考えまして、わたくしの判断で卒業させました。現在はミリメリア姫専属のメイドとして王家で働いております」
「ミリメリア姫の?」
「はい。もちろんレイヴァース卿のご要望通り、自らの主人と認めさせるという儀式も行いました」
「あ、ミリメリア姫もちゃんと手順を踏んだんですか」
「とても乗り気でしたね。可愛い妹たちが無粋な輩に雇われる危険を減らせると感心しておりました。このミリメリア姫の行いにより、以後、メイドを雇い入れるための儀式は絶対のものとなりました。王家すらも手順を踏んだのですから、これを強引な手段に訴えることはザナーサリー王家、レイヴァース家、クェルアーク家、チャップマン家を敵に回すということです。さらにミリメリア姫が最初の卒業生を獲得したことで箔もつきましたね」
ミリメリア姫には感謝しかないな。
ちょっとメイド計画を乗っ取られているような気がしないでもないが……。
そのあと、もう必要もないだろうが形式的におれも挨拶と簡単な自己紹介をしてシアもそれに続く。
いらないのにミーネも続いた。
「これからレイヴァース卿がこのメイド学校で生活するにあたり、日替わりでメイドをつけさせてもらいます。なにか気づいたこと、思いついたことなど、改善点があればぜひ報告をお願いします」
なるほど、ローテーションでお世話してもらえるのか。
おれはふとシアを見る。
こうなると、こいついらねえよな……。
「……ちょちょ、ご主人さま!? なに『こいついらねえ』みたいな目してるんです!? わ、わたしはいつも一緒ですからね……!」
「シアさんは基本はレイヴァース卿と行動を共にして、興味がおありでしたらわたくしの指導を受けてみてはいかがでしょう」
「あ、はいっ。そうさせていただきますっ」
「お待ちしておりますよ? さて、では挨拶はこれくらいにしましょうか。長旅でお疲れでしょう? すぐにお部屋へご案内いたします」
そう言って、ティアナ校長は優しく微笑む。
それだけで雰囲気がだいぶ柔らかくなり、ちょっと近寄りがたかった気配が消えてなくなった。
今はほんわかした優しそうなご婦人だ。
ちょっとした表情や仕草、立ち振る舞いで自分の印象をがらりと変えることができる人らしい。
「まずはサリスさんとティアウルさんに任せましょう。二人とも、お知り合いだからと、あまり馴れ馴れしくしてはいけませんよ?」
最後に今日のお付きのメイドをサリスとティアウルに任命し、顔合わせはお開きとなった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/20
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/31




