第110話 11歳(春)…サプライズ
「うーむ、むむむ……」
案内してくれたリオが退室したあと、お茶を用意してくれたアエリスもすぐに部屋から居なくなり、応接間にいるのはおれとシアだけになっていた。
ようやく人心地と、静かにお茶を楽しんでいるおれの横でシアは難しい顔をして唸っている。
「うむー、始祖メイドとして敬意を払われるようになるにはどうしたらいいか……、うむむ……、立派なところを見せないと……」
どうでもいいことを考えているようだった。
おまえが立派だったことなんて、妹のセレスが産まれるときだけだっただろうが。
突っこむのも面倒でこれは放置しておくことにした。
そんなとき部屋のドアがノックされ――
「えへへー」
にこにこしたミーネがひょこっと顔を覗かせた。
ミーネはするりと部屋へ滑り込んできて、それから内開きになっているドアを開け放つ。
おれはなにをやっているんだろうと困惑したが――
「ん……、ん? あれ!?」
並んで現れた二人のメイドを見て驚いた。
一人はおれと同年代、明るいブラウンの髪と赤みをおびた褐色の瞳をした大商家のご令嬢――サリス・チャップマン。
もう一人はゴーグル型の眼鏡をかけたドワーフの少女。
小麦色の肌に、亜麻色をした短めのふわふわした髪と、濃い赤茶色の瞳を持つ鍛冶師クォルズの娘――ティアウル。
「お久しぶりです」
「あんちゃん、ひさしぶりな!」
サリスは涼しげに、ティアウルは輝くような笑顔をそれぞれ見せてくれた。
一方、おれはぽかんと間抜けなツラを晒す。
「あはっ、驚いた?」
二人がメイドになっていることは当然承知だったのだろう、ミーネは楽しげに言う。
「そりゃ驚いたが……、なんで二人が?」
状況を把握しきれないおれがうめくと、サリスは悪戯っぽい笑顔になって言う。
「実は、手紙でお伝えした大切な仕事というのがこのメイドのことだったんです。もし人が集まらなかった場合のことを想定して。あと私がお側に控えていれば発明品の企画をすぐ父に伝えることができます。つまり、秘書とチャップマン家への窓口としての役割ですね」
「あ、そりゃ助かる」
なるほど実に効率がいい。そしておれが楽できる。
こういうところを円滑に進められるよう手を打つのは、さすが大商人ダリスということか。
今日はもう遅いから、明日になったらちゃんとお礼にうかがわなければ。
「あたいは父ちゃんに言われて来た。ちょうどいいからここで落ちつきを学んでこいって。それから、あんちゃんが武器の絵を描いたらもってこいって。それからそれから、あんちゃんは恩人だから、ちゃんとお世話してやるんだぞって父ちゃん言ってた」
「あー、なるほど」
おっちょこちょいで危なっかしいからと、鍛冶屋にも冒険者にもなることを父に認めてもらえなかったティアウルだが、そうか、メイドなら危ないことなんてそう無いし、礼儀作法を学ぶのだから落ち着きを身につけられるかもしれない、ということか。
武器のデザイン画は冒険の書二作目の資料としてたくさん描いたから、それを渡せばいいだろう。あとまた針がぺかーっと神鉄化して光り出したからそれもついでに渡そう。
「あとな、ついでにあんちゃん婿にもらってこいって言ってたな」
「「「んん!?」」」
ティアウルがいきなり妙なことを言いだし、おれとシア、それからサリスがぎょっとする。
ミーネは勝手におれのお茶を飲み干していた。
「あの、ティアさん? 私そんなこと初めて聞きましたが……、もしかして内緒だったのでは?」
「お? おおっ、そう言えばそうだった! えと……、内緒な!」
もはや内緒もくそもなかったが……、あれか、なんかバレたことをクォルズに内緒ということか?
どちらにしろティアウルが淑女になるにはまだ時間がかかりそうなことはわかった。
「しかし……、なるほど、おれを驚かせようとメイド学校にはいったのを黙っていたのか」
「発案はミーネさんです」
「そだぞ、王都に来たとき驚かそうって」
「なるほどなるほど、確かにおれの驚く様子を見て、すごく楽しそうだったな……」
つい、とミーネを見やる。
ぷいっ、とミーネはそっぽを向いた。
いやべつに怒ってるわけじゃないから。
ちょっとだけしてやられたという気にはなったが、このサプライズは気分を害するような類ものではない。
サプライズとテロをはき違えている奴もいるがミーネのこれは真っ当だ。
ミーネの仕掛けたサプライズによって後回しになったが、ここでおれは二人と初対面になるシアを紹介する。
「ご紹介に与りましたレイヴァース家メイド、シアと申します」
シアは見栄を張ってか丁寧に挨拶する。
どうせ明日には化けの皮が剥がれるんだろうが、まあここでいじるのも無粋かと、おれは黙っていた。
「姉ちゃんきれいだな! もしかして兄ちゃんの嫁か!」
「ほわっ!? い、いや、そそ、そんなことはないでございまっするですよ? わ、わたし、妹ですし! 一応ですが!」
化けの皮は一分も持たなかった。
そのあとサリスとティアウルは簡単な自己紹介をすると、すぐにあれこれシアに尋ね始めた。
やはり最初のメイドということで興味を誘われるのだろうか。
これにはミーネも参加して、少し前までは静かだった応接間がとたんに賑やかになった。
それから少しすると――
「リオでーす。みなさんそろいましたー。校長室へどうぞー」
ドアがノックされリオが呼びかけてきた。
いよいよメイド学校に通うすべてのメイドたちとご対面である。
とは言えもう四人会っているので、後は半分だけなのだが。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/20
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22




