第109話 11歳(春)…メイド学校
「ちょっと待て、なんではずれとはいえ貴族街にあるんだ!?」
ミーネに案内されてメイド学校へ向かう途中、おれはその場所を聞いて驚いた。そんな資金も格も必要な場所に設立されたなんて報告はうけていなかったのだ。
「なんかね、ミリー姉さまが張りきってそこにしたの。えーっと、しばらく前に聞いたことだからよく覚えてないんだけど――」
と、ミーネのふわふわ曖昧とした説明を聞いたところ、ミリメリア姫がメイド計画にいたく感銘を受け、チャップマン家からその主導権を奪って計画を変更させたということがわかった。
「それでね、最初はべつのところで建物を借りていたんだけど、ミリー姉さまが貴族街の外れにある屋敷を買い取って、そこを直して、冬の終わりくらいにメイドはこっちに移ったの」
王都の大通りをてくてく歩き、そのまま貴族街まで向かう。
そして到着したメイド学校は高い壁に囲まれた見事なお屋敷だった。
改築したおかげか周囲にあるお屋敷よりも立派に見える。
あんまり立派なのでおれは恐れおののいて震えた。
「これは……、ミリメリア姫にはちゃんとご挨拶にうかがわないと」
「あ、それはやめた方がいいわ」
「は? なんで?」
「うんとね、ミリー姉さまが言っていたの。あなたが王宮に行くと王様に捕まってめんどくさいことになるから、来ない方がいいって」
「な、なにそれ? なにが起きるんだ?」
「それはミリー姉さまに聞かないと。ミリー姉さまって月に一度はここに来るから、そのときに聞いたらいいわ」
「ミリメリア姫って主の役までかってでてくれてるのか?」
「え? ただ来たいだけみたいよ? ここに来て妹たちに会うのが生き甲斐だってよく言ってるわ」
「妹たち?」
「ああ、それはね、私と同じよ。ミリー姉さまにとってメイドたちはみんな妹分なの。あ、でもひとりお姉さんね」
そう言ってミーネはにっこり笑うのだが……。
「……ご主人さま、ミリメリア姫ってもしかして……」
「……待て、滅多なことを言うもんじゃないぞ? それにミリメリア姫はミーネの兄さん、アルザバートさんと婚約しているんだ……」
「……そうですか。じゃあ単純に女の子が好きなだけですかね……」
「……たぶんそうだろう。きっとそうだろう……」
ガチではなく、きっとソフトな感じだ。
「それじゃあ私は先にみんなに伝えてくるわね!」
ぼそぼそ会話するおれとシアを置き去りに、ミーネは正門をくぐって屋敷へとすっ飛んでいった。
「ミーネさん、行っちゃいましたけど……」
「とりあえずここに居るのもなんだ、玄関まで行くか」
遅れて、おれとシアはとぼとぼとミーネによって開け放たれたままの玄関まで向かう。
そして玄関をくぐったところで、一人のメイドが奥から現れてパタパタと走り寄ってきた。
おれたちと同じくらいの年代で、肩下までおろされている髪はやや紫みのある淡い赤。瞳は晴れた空を思わせる明るい青。
少女ははじけるような笑顔を浮かべながらやってくる。
「むむっ、ミーネさんほどではないですが、ありますね……」
さっそくシアがやっかんでいたが、もうほっとくことにした。
「ようこそようこそ! お待ちしてました! セ――じゃなくて、ご主人様! それからシアさん!」
メイドはおれの手を取ってぶんぶん振り、それからシアの手をとってぶんぶん振る。
一瞬、おれの名前を呼びかけてやめたのはミーネから注意でも受けていたのだろうか。
「私はリオっていいます。どうぞよろしく!」
ぺかーっと輝くような笑顔をする少女――リオ。
ミーネとはまた違った勢いを持っているお嬢さんだな。
「こちらこそよろしく頼むよ」
「よろしくお願いいたします」
と、シアはスカートをつまみあげカーテシーで対応する。
「まあまあ、シアさん優雅ですね! さすがは始祖メイドです!」
な、なんだって?
ここではシアがそんな妙な扱いになってるのか?
「みんなでよく話していたんですよ。始祖メイドのシアさんっていったいどんな子なんだろうって。いやー、びっくりするくらい可愛いですねシアさんって。ミーネさんもすごく可愛いですけど、シアさんはそれとはまた違う……、なんでしょう、美しさ? もう作りあげられたような可愛らしさですよ」
「……うぅ……」
リオの言葉を聞いて、シアが目頭を押さえてうつむいた。
「あれ!? 私なにかまずいこと言いました!?」
「気にするな。ただちょっと、これまで素直に褒められたことがないから嬉しすぎて泣いてるだけだ」
「ええ!? だってシアさんこんなに――」
と、リオが言いかけたところ――
「貴方はなにいきなりお客様を泣かせているんですか!」
ゴスッ、とその頭に手刀が振りおろされた。
「あいたーッ!」
リオが頭を抑えてうずくまると、いつの間にかその背後に居たメイドが姿を現す。
その少女は少し小柄で、三つ編み一つ結びの髪は緑みのある淡い青色。半眼になっている目も同じ青。そのため物静かで涼やかな印象があった。活動的で賑やかそうな印象のリオとは対照的である。
少女はうずくまるリオの尻を一発蹴ってから、たたずまいを改めて挨拶をする。
「初めまして。私はアエリスと申します。足もとで丸くなっているこれとは幼なじみの間柄でして……、これがいきなり失礼をしたことをお詫びいたします」
「い、いや、なにか失礼なことをされたわけじゃないんだ。ただうちのメイドが勝手に感極まって泣き出しただけで、リオに罪はない」
「そうですよ、もー、アーちゃんはそうやっていつも私が悪いみたいにポコポコ叩くんですから。ひどい」
リオは頭をさすりながら立ちあがる。
ポコポコじゃなくて、けっこう良い音したんだけど……、いつもなのか? 慣れてるのか?
「そのうち私の頭は割れてしまいます」
「岩をも砕く貴方の頭を割れるようになってしまいそうな私の手のことを心配してほしいですね」
そう彼女――アエリスが言ったとき、なぜだろう、おれは自然とハリセンを取りだし、そっと差しだしていた。
「これは……? あ――」
ハリセンを受けとったアエリスは一瞬いぶかしんだが、すぐにハッとしたように声をあげ、そしてハリセンをリオの頭に叩きこんだ。
スパーンという良い音がした。
「あいた――、って、あれ? それほどではない?」
咄嗟に痛がったが、思ったほどではなくリオがきょとんとする。
あれ? けっこう痛いはずなんだけど……。
「これは薄い木の板と布で作られている……、良い物ですね」
「あー、気に入ったなら、それはアエリスにあげよう」
「よろしいのですか?」
本当に? 本当にくれるの? と表情は語っている。
うむ、手にした瞬間、使い方を理解するような者の手にあるのはハリセンにとっても本望だろう。
「ああ、おれはまだ何本も持ってる」
「ありがたく頂戴いたします」
そしておれとアエリスは微笑みあった。
不思議だ。アエリスとはすごく仲良くなれそうな気がした。
「な、なんでアーちゃん、いきなりご主人様と仲良しに……? それになんか恐い……!」
微笑みをかわすおれとアエリスを見てリオはおののいていた。
△◆▽
現在、この学校にいるメイドたちは校長からの指導が終わり、各自それぞれの場所で仕事をしているとのこと。
すぐ校長に会い、そのあとメイドたちが集まるのを待って顔合わせするのは煩わしいだろうと、皆そろっての対面をアエリスは提案してきた。
特別反対する理由もないので、おれは皆がそろうまで応接間でひと休みすることになる。
アエリスは校長への報告、そしてお茶の用意をするからと離れ、おれとシアの案内はリオが引き受けてくれた。
「私、二年ほど前にエイリシェへ来たんです。もちろんアーちゃんと一緒にです。そのときは冒険者になって生計を立てようと考えていたんですけど、冒険者になるには歳が足りなくて、じゃあ訓練校ならって思ったんですけど、そっちも足りなくて、あーもーどうしようってなってたときに、このメイド学校を紹介されたんです」
おれとシアを案内しながらリオはよく喋った。
「私がこうしていられるのは、ご主人様がメイド学校を作ろうとしてくれたおかげです。すごく感謝です。きっと冒険者になれていてもここでの生活ほどよい暮らしは出来なかったと思います。冒険者ってランクがCくらいになるまでは大変なんですよね。私、冒険者ってもっと派手なものと思っていたんですよ。でもここで冒険者についてちゃんと教えてもらって、自分の浅はかさを思い知りました。あ、ここって冒険者の資格も取れるようになってるんですよ。二年かかるんですけど、来年資格がとれるのはご主人様と同じですよね? 冒険者になったら一緒にお仕事しませんか? あ、私、こう見えてけっこう強いんですよ? アーちゃんも」
相槌をいれる間が見つからないほどよく喋った。
そんなリオの様子からわかるのは、メイド学校に来てとても喜んでいるということだ。そしておれにすごく感謝してくれている。完全におれの趣味から始まったことなので、ここまで感謝されると逆に居心地が悪い。ちょっと責任を感じてしまうのである。
もちろん始めたからには見捨てるつもりはない。
メイドを見捨てるなど、あってはならないことである。




