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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
2章 『王都の冒険者見習いたち』編
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第108話 11歳(春)…訓練校Aクラス

 本来であればクラス分けの後、それぞれの教室にて明日からの予定について担任教官から説明を受けるはずだった。

 しかし現在、緊急集会ということで訓練場には朝のように新入生が整列させられ、その正面の演壇にマグリフ爺さんが立っている。

 そしてその傍らにおれも立たされていた。


「えー、誤解があったようじゃから説明しておこうかの。と言うのはここにおるレイヴァース卿についてじゃ」


 おれは整列した生徒たちから、なにか恐ろしいものを見るような視線を向けられていた。

 名前を呼ばれて、ついうっかり誰も彼もを巻きこむ雷撃をぶっ放してしまったとはいえ……、ちょっと切ない。


「レイヴァース卿は、レイヴァース家の人間だから試験が免除になったわけではない。必要がなかったからやらなかっただけじゃ。まず知識や学力についてじゃが、これは先ほど名前がでたから気づいた者はおるんじゃないか? そう、冒険の書、これを作りあげたのが彼なんじゃよ。あれだけの物を作りあげる人間に、試験を受けさせる必要なんぞありゃせんよ」


 おれが冒険の書の制作者であることが暴露され、それを知った入学者たちは騒然となった。

 畏怖の視線が少しやわらぐ。

 よかった。


「そして知っておるかの。彼は冒険の書の販売によって得られる利益配分権を放棄し、そのかわりとしてすべての訓練校に冒険の書を配布してくれるように働きかけた。つまり、後日おまえさんたちが受けとる冒険の書はの、レイヴァース卿の贈り物なんじゃ」


 導名のためなんだが、そんなこと知るよしもない生徒たちはただの厚意と勘違いしておれに尊敬の目を向ける。

 好感度が極端にアップした。


「次に戦闘能力についてじゃが……、まあ、説明の必要はもうないじゃろ。はっきり言って、今ここに集まっておる者たちのなかで、彼と試合して戦いになるのはミネヴィア嬢とシア嬢、それから儂くらいのものじゃな」


 あれ、とおれが見やると爺さんは不敵に笑う。


「……まあバートラン殿には劣るがの……」


 小声でそんなことを言う。

 それってかなり強いってことなんじゃ……。

 遊んでるところしか見たことないから全然わからなかった。


「そんなわけで、儂は試験なんぞ必要ないと判断したわけじゃ。まあ遅刻してきたが、それはティギー子爵領にて聖女とともに悪党を懲らしめておったからじゃ。褒めこそすれ、遅刻を咎めるようなことはできんよ。ティギー子爵も聖女も、その手紙にくれぐれも彼のことをよろしくと書いておることじゃしな」


 どうしよう、そろそろ生徒たちの目が崇敬になってきている。


「最後に、レイヴァース卿は自分の名前が嫌いのようでの、機嫌が悪いときに呼びかけると雷撃を浴びせてくることがあるようじゃ。とは言え死ぬようなものじゃないからの、そこまで気にする必要はないじゃろ。そんなわけで……、あれじゃ、皆、仲良くやるように」


 マグリフ爺さんはそう言って締めくくったが、爺さん自身一度もおれの名前を呼ばなかったことがすでに事の危険性を示しているようなものだった。

 生徒たちははっと表情をこわばらせ、それはまるで、絶対に奴の名前を呼ぶものかと硬く心に誓っているようだった。

 名前を呼ばれることに慣れる――、そんな、おれが訓練校に来た目的のひとつは初日にして頓挫したのであった。


    △◆▽


 緊急集会が終了したあと、生徒たちはそれぞれの教室へと向かうように指示された。

 おれは生徒たちの妙に熱のこもった視線を避けるようにそそくさとAクラスの教室へと向かった。

 教室には機能性重視の机がずらりと並んでおり、その光景はおれに懐かしさを抱かせる。

 教室は三十人ほどを収容できるようだったが、Aクラスは確かおれたちを含めると二十二人。やや席に空きがでる。

 好きに席を選んでいいのかよくわからなかったが、おれたちは最後尾の窓側に三人で集まった。おれを金銀が挟む形だ。

 逆に、クラスメイトたちは最前列からきっちり席を埋めている。

 クラスメイトたちとの間にある空席が現在の溝を現しているようでおれは切なかった。

 マグリフ爺さんの話によって嫌われたりはしていないようだが、近寄りがたい印象をもたれてしまっているようだ。


「ねえねえ、どうして私やシアはあなたの雷きかなかったの?」


 学友との距離などどうでもいいようにミーネは尋ねてきた。


「その服だよ。なんかおれが仕立てると、どういうわけか雷撃無効なんて効果がつくんだ」

「え? それって……、ものすごい話じゃないの?」

「かもな。だからあんまり言うなよ?」

「わかったわ」


 うん、とミーネはうなずくがこいつ返事だけだからな……。


「ご主人さまー、あのなんとか家の子たち来ませんね、ちょっと加減を誤ったんじゃないですか?」

「そんなことはないと思うが……」


 おれの怒りの雷撃を浴びまくったヴュゼアと取り巻き二人は、あの後どこかへ運ばれていって以降、姿を見なくなっていた。

 ちょっと気になる事を言っていたから尋問したかったんだがな。

 食堂ではおれのことなんぞ知りもしなかったのに、いつのまにやら家族構成を掴んでいやがった。

 それがどんなカラクリか気になったのだ。


「お、ちゃんと集まっているな」


 三人で雑談をしているとやがて担任のサーカムが現れた。


「よし、ではまず皆の親睦を深める第一歩として自己紹介をしてもらおうか」


 いよいよこの時が来たか、と思った。

 が――


「あ、レイヴァース卿はもう大丈夫だからな。校長がしっかりと紹介してくれたからもうする必要はないだろう。うん」

「…………」


 喜ばしいような、悲しいような、複雑な気分になった。

 自己紹介は前の席から順番に始まり、クラスメイトたちは自分の名前と、得意なことなどを喋る。


「ミネヴィア・クェルアークよ。得意なことは……戦うこと? 剣を使うわ。あと魔術も。よろしくね!」

「シア・レイヴァースです。レイヴァースではありますが、わたしはただの養女でして、ご主人さまのメイド――、ええっと、御付きの侍女のようなものをしています。気を使う必要なんてありませんから、みなさん仲良くしてくださいね」


 にこにことしたミーネとシアが最後に自己紹介をする。


「うむ、以上だな。では今日のところは明日からの予定を簡単に話して終わりにしようか」


 明日から本格的な訓練が開始される。

 シャロ様が単位を定めたのでこっちの世界でも週は七日であり、最後は休息日になっている。

 訓練は週六日。

 そして時間割はというと、元の世界とはかなり差異がある。

 なにしろ早朝六時に起床、準備の後、七時から授業が開始されて十二時に終了するというものなのだ。

 午後からは生徒の自由行動となり、だいたいは仕事、自主練、遊ぶ、の三パターンにわかれる。

 一番多いのは仕事。

 なにしろ生活費を稼がないといけないのだ。

 入学費や授業料は免除されているが、宿舎と食堂では料金が発生する。払えない場合いきなり追いだされるようなことはないが……出世払い、要するに借金になってしまう。

 さらに卒業して冒険者となったときのため、装備をそろえるためにも稼がないといけない。

 訓練校生というのは一方でアルバイト戦士なのである。

 なかには仕事に熱中しすぎて、そのまま丁稚になってしまう者もいるそうな。


「よし、連絡は以上だ。では解散」


 そう言ってサーカムが教室を去ると、室内には少しほっとしたような空気が流れた。


「これで今日は終わりね!」


 ぴょん、とミーネが立ちあがり、おれの腕をぐいぐい引っぱる。


「ね、ね、うちに来て! お爺さまもお兄さまも待ってるわ!」

「待て待て、ちょっと待て。今日は厳しい」


 はしゃぐミーネをなだめ、おれは説明をする。


「おれは今朝ここに来たばかりだから、このあとお世話になるメイド学校にいかなきゃならん」

「あ、そっか。いいわ、私も行く。案内してあげる!」

「あれ? おまえ行ったことあるの?」

「うん、ときどき行って、お嬢さま役をしてるの」

「あー、なるほど」


 メイドの訓練の一環として、ダリスがお願いしたとかそんな感じだろう。実際こいつはお嬢さまだし、ちょうどいいわけか。


「じゃあ行きましょう!」

「ちょ、そ、そんなに急がなくてもいいだろ!?」

「ミーネさん! 結びヒモを引っぱらないでください! エプロンはだけちゃうです!」


 やけに張りきるミーネにより、おれとシアは引きずられるように教室から連れだされる。

 すると、それまでお喋りひとつなかった教室が賑やかになった。

 おれたちの存在はクラスメイトを萎縮させていたらしい。

 うぅ、緊張させちゃってごめんね……。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/02/01


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