第107話 11歳(春)…自己紹介
気まずい空気を残し称号判定の儀は終了した。
そのあとすぐに訓練場でクラス分けが始まり、マグリフ爺さんが言っていた通りおれたちはAクラスへと振り分けられた。
Aクラスになれたのは、おれたちを含めると二十二人。
この中には食堂で絡んできたなんとか伯爵家の坊ちゃんと、その取り巻き二人も含まれていた。
Aクラスの人はこっち、と集められてしまったせいですぐ近くから坊ちゃんに睨まれるハメになっている。
そんなに敵意を向けないでほしいなー。
これから一緒に修学にはげむ仲間じゃないですかー。
「うぅ……、へぐぅ……」
「よしよし、よしよし」
おれが野郎の熱い視線を受けてげんなりしていることなどつゆ知らず、ミーネはエロメイド――、顔を手で覆ってしゃがみ込んだまま動かなくなっているシアの頭を撫でている。
おれやミーネにとって称号は特に気にかけるほどのものではなかったが、シアの場合は致命傷だったようだ。
やがて訓練場の方々でクラスごとの集団がまとまると、おれたちAクラスのところに教官が一人やってきた。
何かあるのだろうと、おれはミーネと協力して左右からシアの腕を抱え無理矢理立たせた。
「うぅ……、もうお家に帰りたいですー……」
憔悴して泣き言を漏らすが自業自得、かける言葉などない。
「よーし、注目」
教官はパンパンと手を叩くと話し始めた。
「俺がお前達――要するにAクラスを担任するサーカムだ。まずはおめでとうと言っておこう。お前達はこれから一年、しっかりと訓練を受けることで他の者たちよりも早く冒険者になることが出来る。だが、だからといって慢心してはいかんぞ。飽くまで卒業できれば、という話だからな。それにAクラスに選ばれたといっても、所詮はここでの話だ。現役の冒険者からしたらお前達なんてよちよち歩きの赤ん坊――、知識、技術、戦闘能力、あらゆる面で足りていない。……まあ、かなり飛び抜けた者もいるわけだが、それはそれだ」
その教官――サーカムの言葉に、Aクラスの面々はそっとおれたちを見やる。
おれはなにもしてないが、一緒にいる二人は派手なデモンストレーションをやらかしたからなー。
するとその面々の中の一人が声をあげた。
「ちょっといいですか」
「ん? なんだ? お前は、ああ、ヴュゼアだな」
声をかけたのはおれに敵意を燃やすヴュゼア少年だった。
「納得できないことがあります」
「納得?」
「はい。なに一つ試験を受けていないのに、Aクラスになっている者が一人います。これはいったいどういうことでしょうか」
うん、おれだね。
「聞くところによれば、彼はあのレイヴァース家の者というじゃないですか。もしかして、冒険者ギルドの創立に携わったシャーロットゆかりの家だから、特別扱いでAクラスになったんですか?」
「いや、彼は充分に能力があると判断している」
「それは本当でしょうか。レイヴァース家から何かしらの圧力をうけて、そういうことにしてあるだけでは?」
うーん、年齢が条件を満たしていなかったシアに関してはちょっと圧力かけたね、母さんが。
「それにあれですよ? 称号が小悪党ですよ? 僕には彼がAクラスにふさわしい人間とは到底思えないんです」
そう言うと、ヴュゼアはおれに顔を向ける。
「そう言えば、まだお前の名前も知らなかったな。まずは俺から名乗ろうか。俺はヴュゼア・ウィストークだ。お前は?」
「え?」
突然自己紹介が始まりやがった。
こいつは予想外。想定外。
まだ名乗る心の準備が出来てないって。
あー、いや、いずれクラスで自己紹介とかするだろうし、いっそここでやっておくべきだろうか。
よし、頑張れおれ、自己紹介だ、よしいけ!
「……お、お」
思わずどもり、口ごもる。
くそっ、余計に言いにくくなった!
「なんだ? ろくに喋ることもできないのか? それとも口に出すのも恥ずかしいような名前なのか?」
大正解だよちくしょう!
「……ぷぷぷっ……」
横にいるシアが口元をおさえてブルブルしだした。
このアホエロメイドめ……、後からハリセンでひっぱたく!
「はっ、なんだ情けない。名前も満足に名乗れないような奴が、この国が誇る勇者シャーロットゆかりのレイヴァース家次期当主なのか?」
どうしよう、言われることに納得するおれがいる。
いやまあ次期当主なんてやる気ないし、クロアの方が向いてるし。
「情報によれば、お前には弟がいるようだな。もうこの際、継承権を弟に譲ったらどうだ?」
弟が生まれる前からそのつもりです。
「それともなにか、その弟はお前よりも出来が悪いから、お前が当主をやるしかないのか?」
……あ?
「――うわっ」
笑っていたシアが小さく悲鳴をあげる。
まあシアにはわかるか、今こいつが核地雷を踏んだのが。
世界広しと言えど、おれほど温厚な奴もそうはいまい。
しかしこいつはその温厚なおれを激怒させる、数少ない逆鱗に触れてきた。あれ、逆鱗って何枚もあるもんだっけという疑問などもうこの際どうでもいい。とにかくこいつはおれを怒らせた。こいつは仏の顔に向かって十六連打を決めたのだ。
おれは朗らかに笑い、ヴュゼア少年に言う。
「うーん、君はぼくがAクラスにいるのが納得できないんだね。じゃあこういうのはどうかな? 君が実際にぼくがどれくらいなのか確かめるっていうのは」
「ほう、俺と勝負しようっていうのか?」
「ダメかな? もし一対一で勝負するのが恐いなら、後ろの友達二人も一緒でいいよ?」
「はあ?」
一瞬、ヴュゼアは驚いたがすぐに顔をしかめて言う。
「大した自信だな。おい、お前達も聞いたな。今こいつが言ったことを。三人で戦おうとかまわないと。教官もよろしいですね?」
「確かに言ったからな。だが、やりすぎとなったら止めるからな」
よかった、サーカム教官殿はこのもめ事をすすんで収めるつもりはないらしい。
サーカムの言葉を聞いて、ヴュゼアは取り巻き二人――ちっこいのとでかくて丸いのに顎をしゃくって、やるぞ、と合図する。
おれはやる気になっている三人に微笑みかけ、それから巻き添えを出してはいけないと、Aクラスの集まりから距離を取る。
Aクラスが何か始めたと、他のクラスの生徒たちがこちらに注目を向け始める。
そんな中、おれと得物を抜きはなったヴュゼアと取り巻き二人が向かい合い、少し離れてサーカム教官が見守る。
「では……、そうだな、まいったと言ったら決着だ」
勝敗の確認をして、サーカムはさっと手を挙げる。
「それでは始め!」
開始の合図。
同時におれは指をパチンと鳴らした。
バチチチッと赤い雷撃の花が咲き――
「「「ぎゃあああああッ!」」」
悲鳴をあげて地面に倒れこむヴュゼアたち。
おれはかまわず指を鳴らす。
パチン、パチン、パチン――
「ま――、ががっ、まま、がっ、ま――、あががっ、ま――」
ヴュゼアがなにか言おうとしていたが、やはりかまわず指を鳴らす。
「確かにおれは自分の名前も名乗れないようなろくでなしだが、それと家は関係のない話だ。わかるか?」
パチン、パチン、パチン、パチン、パチン――
「まッ! あがが! まい――、あばば! ま――、まばば!」
「あびびび! ちょ、ちょぉほぉー、ほほほ! ほぉーッ!」
「えひゃ! あひゃへへぇぅ、おほほぉーッ! おほほほほぉーッ!」
ヴュゼアは「まいった」と言おうとしているようだが言わせない。
一方、巻き添えになっている小柄な少年は生きのいい魚みたいにピチピチと、そしてふくよか少年は笑いながらのたうち回っているんだが……、どういうことだ? まあいいか。
「で、だな、おれのようなろくでなしと比べるのもおこがましいくらい弟は優秀なお子さんなんだよ。わかるか? わかるか? わかるかって聞いてんだろうが!」
話しかけるがヴュゼアたちは悲鳴と奇声をあげるばかりだ。
当然と言えば当然なのだが、喧嘩売ってきたんならもうちょっと根性を見せていただきたい。
これではただおれが弱いものイジメをしているだけになってしまうではないか。
すでにクラスメイトたちの表情は引き気味、他の新入生たちについても言わずもがな。
明らかにおれの印象が悪くなっていっている。
まったくこいつらのせいで!
なんだかよけいに怒れてきた。
ちまちま雷撃を使っているのもいまいちすっきりしなくてイライラする。
ああもう、どうしてくれよう。
そんな、おれがちょっと荒ぶる気持ちを持てあましていたところ、もうこれ以上は危険と判断したサーカム教官が止めにはいった。
「そ、それまで! やめるんだセクロス!」
「ってその名を呼ぶなぁぁ――――ッ!」
苛ついていたから、ついカッとなった。
そして訓練場に赤い大輪が咲いた。
『ぎゃあああああぁぁ――――――ッ!』
頭に血が上っているおれに向かってその名を呼ぶとどういうことになるか、それを理解しているのはその場においてはシアだけだった。
そりゃそうだ。
まさか名前を呼んだだけで、訓練場を覆い尽くすような雷撃をぶっ放してくるなんて誰が想像できるだろう。
とにかく訓練場には赤い大輪が咲いた。
「あ」
ほんの二、三秒後におれは我に返ったがもう遅い。
訓練場で立っていられたのはおれと、おれの仕立てた耐雷撃効果をもつ服を着たシアとミーネの三名だけだった。
※文章の修正をしました。
2020/02/08




