第106話 11歳(春)…称号判定の儀
金銀の二名による二試合目はマグリフ爺さんの泣きがはいって実現しなかった。
どうやらこの後に催しがあり、この訓練場を使用するようだ。
爺さんはアースクリエイトの魔法でもって、ミーネによって一部荒れてしまった地面をちょいちょいと整備した。
「さてさて、ではこれより称号判定の儀を執り行うぞい」
再び訓練場に新入生が整列し、演壇に立ったマグリフがこれから何をするかを説明する。
称号判定の儀というのはこの訓練校独自の催しで、冒険者ギルド支店長エドベッカから借りてきた魔道具によって称号を判定するという名前そのままの行事だ。
マグリフが立つ演壇の下に机が用意され、その上にその称号を判定する魔道具が置かれている。
ぱっと見るに、それは複雑な幾何学模様が刻まれた額縁に納まった分厚い水晶板、といったところ。
誰にでも使うことが出来るということからして、あの水晶板は天然の精霊石なのではなかろうか。
とすると、あれはとんでもなく高価な代物のはずだ。
それを証明するようにマグリフ爺さんは演壇――魔道具のすぐ側から動こうとしないし、その周囲には武器を持った教官や職員が勢揃いして妙な緊張感を漂わせている。
「では順番に、魔道具に触れてみなさい」
爺さんが言うと、待機していた職員が新入生を促して順番に魔道具――水晶板に触れさせる。
すると水晶板はぼんやり光り文字を映しだした。
記念すべき新入生一人目の称号が映しだされる――
「……の、農家の三男……?」
映しだされた文字はまさしく〈農家の三男〉であった。
もしかしたらすごい称号が出るのでは、とちょっと期待していたところもあったのだろう、一人目の新入生〈農家の三男〉は目に見えてうなだれると、職員によって横へと移動させられる。
それからは職員による流れ作業で、新入生たちは次々と水晶板に触れ――
「夢見る穀潰し!?」
「畑を耕せし者って……」
「引き取り手のない次女、ってなにこれー!」
そして次々と新入生たちはもしかしたら自分は特別なのではないかという漠然とした希望を砕かれていった。
これは……、想像以上にむごたらしいことになっている。
ここに来るしかなかった者もいるだろうが、しかし、どこかに希望は抱いていたはずなのだ。それをこうして人前で打ち砕かれてしまうのは……、あまりに無慈悲。それともこれこそが冒険者を目指す者への最初の洗礼なのだろうか。
しかし展開としては面白いので、おれは冒険の書の次回作にぜひともこの行事を盛りこむことに決め、せっせと映しだされる称号をメモする。必死にマラソンして今日に間に合わせた甲斐があった。
おれは新入生の称号を書き写さないといけないため、となると必然的に魔道具を使うのは最後になる。
おれにつきあってシアとミーネも最後に判定することにしたようだ。
称号判定は一人あたり三十秒もかからないようなものだったが、さすがに二百人もいれば時間はかかる。それでも二時間ほど経過した頃、残すは数人というところになった。
称号判定をすませた新入生はこの催しが終わるまで自由に行動してもよかったが、この場を去る者はいなかった。
誰もがこれから一緒に修学する仲間の称号に注目していたが、それは凄い称号が出るのを期待しているのか、それとも自分たちと同じようにしょうもない称号――、もしくはそれ以下と思われる称号が出ることを期待しているのか、ちょっと判断できなかった。
「じゃあわたしからいくわね!」
そしていよいよ残すはおれたち三人となった。
まずはミーネが意気揚々と歩み出て、ぺたんと水晶板に触れる。
そして表れた称号は――
「……ん? 勇者の卵?」
きょとんとしたミーネが呟くと、その瞬間、息を呑んでいた者たちがいっせいに感嘆の声を漏らした。
新入生や職員、マグリフ爺さんですら驚きの表情でうめく。
「な、なんかミーネさん、すごいのきてますよ!?」
シアも驚いており、ミーネを見つめたままおれの腕をゆさゆさ揺すってきた。
お嬢さま対応していたシアだったが、試合の後から素で対応するようになっていた。
一線を引くのはもう無理だと覚ったのだろう。
そこでおれはミーネに〈炯眼〉を使ってみようと考えていたことを思い出し、また忘れないうちにさっそく確かめてみる。
《ミネヴィア・クェルアーク》
【称号】〈勇者の卵〉
〈セクロス大好き〉
〈魔導剣士〉
【神威】〈遊戯の神の加護〉
【秘蹟】〈四属――〉
【身体資質】……並。
【天賦才覚】……有。
【魔導素質】……優。
ホワァッ!?
いや、――いや待ておれ、落ち着けおれ。
うん、あれだ、なんか勇者よりもすごい称号がついちまってるがあれはおれの名前だ。
ああ、びっくりした。
いくら成人と認められるのが早い世界だからって、十二歳でそれはねえよ。
しかし……、懐かれているとは思っていたが称号に出てくるほどとは思っていなかった。
どうやらセレスがシアに懐いていると同じレベルで懐かれているらしい。
まあ色々と世話をやいてきたからな。
でもあの称号はひどいわ。
おれが悪いわけじゃないのに申し訳なくて謝りたくなるわ。
言うわけにもいかないから、今日のうちになにか美味しい物でも食べさせてご機嫌をとることにしよう。
ミーネの称号によって場は一時騒然としたが、それも次第に落ち着いて次にシアの番となる。
しかし――
「ご主人さま、先にいってください。わたしだとミーネさんの後に行くのはちょっときついです。ほら、ご主人さまはレイヴァース家の次期当主、ここはいっちょすごい称号をどかーんと」
「そんなのあるわけねえだろ」
前に自分のステータスを確認したのが一体いつだったか、すでに記憶にないが確か〈アホ神の犬〉と〈おにいちゃん〉の二つだった。
「いーから、いーですから」
シアの馬鹿力で背中をぐいぐい押されて、おれは強制的に魔道具の前に立たされた。べつに最後じゃなきゃいけない理由もないし、おれは水晶板にぺたりと触れる。
いつのまにか周囲は静まり、浮かび上がるおれの称号に注目していた。クェルアーク家のミーネが勇者の卵で、じゃあレイヴァース家はどうなんだと、期待したような視線を送っている。
そして表れた称号は――
「……小悪党?」
はて、いつのまにそんな称号が?
おれはちょっと自分を〈炯眼〉で確認する。
《セクロス・レイヴァース》
【称号】〈暇神の走狗〉
〈小悪党〉
〈嘆きの物書き〉
【神威】〈善神の祝福〉
〈装衣の神の祝福〉
〈商業の神の祝福〉
〈遊戯の神の祝福〉
【秘蹟】〈厳霊〉……〈雷花〉
〈針仕事の向こう側〉
〈魔女の滅多打ち〉
〈炯眼〉
〈廻甦〉
あれ!?
称号の〈おにいちゃん〉どこいった!?
変な称号が追加されたせいで〈おにいちゃん〉消えちゃった!?
うわー、ショックだー……。
そんな、おれが〈おにいちゃん〉を失ったことに意気消沈していると突然――、周囲で笑いが起きた。
何事かと周りを見回すと、皆はおれを見て笑っているようだった。
「うん?」
はて?
少し考え、そして気づく。
ああ、あれか、おれの称号が〈小悪党〉だったからか。
クェルアーク家が〈勇者の卵〉ときて、また凄いのを期待していたらレイヴァース家が〈小悪党〉じゃあな。
そりゃ可笑しくもなるか。
爆笑の渦の中、ミーネは眉を寄せて困惑顔、シアは口元をおさえてニヤニヤしていた。
おもいっきり笑われてはいたが、おれは内心ほっとした。
素行やら家柄やらで悪目立ちしてしまったが、これで同期の新入生たちに多少は親近感を持ってもらえるんじゃなかろうか。
「いやー、ご主人さまのおかげでやりやすくなりました。ありがとうございまーす」
ニヤついた顔で言うシアに肩をすくめて見せてその場を譲る。
まだクスクスと笑いが残るなかシアは意気揚々と水晶板に触れた。
そして表れた称号は――
〈むっつりスケベ〉
場を凍りつかせた。
もしこれが他の新入生やおれであったなら、よりいっそうの笑いを誘ったに違いない。
しかしシアは自画自賛するように誰もが認める美少女なのである。
そのため笑いよりも驚きが勝り誰もが唖然としてしまっていた。
知ってはいけない一面を知ってしまったような気まずさが蔓延し、誰も彼もがどうしようもなく立ちつくしている。
「…………ッ」
そんな圧倒的な羞恥プレイのなかシアは耳まで赤くしていた。
やがてその体がプルプル震えだしたと思ったら、唐突にがっと魔道具を両手でがっちり掴み、乱暴に掲げ上げた。
『待った待った待った待った――ッ!』
魔道具を叩きつけようとするシアに、周りにいた職員と教官がいっせいに飛びついた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/19
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/31




