第102話 11歳(春)…教育の一環
美味しくない、美味しくない、としょげながらも、ミーネはちゃんと食事を食べ終えた。
不味くても残さず食べる、そんなところもご令嬢らしくない奴だがおれとしては好感が持てた。
まだお腹がすいているようだから、後でこっそり妖精鞄からなにか出してやろう。
膨大に拵えたサンドイッチがまだあったはずだ。
「まあ仕方ないな。美味しいものが食べたいならどこか店にいって食べろって話なんだし。つまりな――」
とおれはミーネに簡単な説明をする。
この食堂は生徒たちのための受け皿のようなものなのだ。
訓練校の寮にしてもそう。
ちゃんと料金は取られるが格安なのである。
「そうなんだ。いろいろお金がかかるのね」
「入学費はないぞ。授業料とかもない」
「んー?」
「宿や食事にお金がかかるってのは、訓練校の予算うんぬんの問題じゃなく教育の一環なんだよ。代価を支払うという行為を念頭に置いて生活することに慣れさせるための訓練だな。ほら、ここに来るまでほとんど金銭のやりとりをしたことのない生活だった者も多いだろうし、それなのにすべて無料で開放して、金銭感覚が曖昧なまま社会に放りだしたらどうなるよ」
学費は無料だが、生活費はかかる。
安いが、確実にかかる。
ここが重要なのだ。
親からの援助がない者――ほぼ全員だろう――は、訓練校で修学しながらこの金を稼ぎださなければならない。
これが最低限出来なければならないこと。
これが出来ないようでは冒険者としてやっていけないと判断されてしまうのである。
入学するのは容易いが、卒業することができるかどうかは本人の努力にかかっている。
しかしまあ、ここはこの国最大の都市だ。
仕事なら色々ある。
訓練校生用の単純で簡単なお仕事とかちゃんとギルドが用意してくれているようだし、何もかもが初めてでどうしたらいいかわからないような者は当然B以降のクラスになるわけで、そういった者たちはクラス単位でのまとまった仕事を請け負うようになっている。
想像を絶するようなアホでもなければ、ちゃんと卒業にこぎ着けることが出来るようになっているのだ。
「あなたってくわしいのね……」
「逆におまえは知らなすぎだろ」
とりあえずここに通えば冒険者になれる、程度の認識だったんじゃなかろうか。恐いわ。
「……さて」
ミーネに説明をしたあと、おれは自作の手帳を取りだして〝食堂、ひと息つく、賑わい、色とりどり、メシが一種類、そして不味い、ミーネしょげるレベル〟と日本語で書きこむ。
冒険の書のアイデアなどをメモするための手帳なのだが、ときにはクサイ台詞なども書きとめなければならず、もし落っことして誰かに読まれたら身悶え必至――、そんな事態を考慮し、誰にも読めないよう日本語で書きこむことにしていた。
これはどっかのアホメイドがとんでもないお下劣物語を書きとめた紙を放置していた事件によって思いついたことだった。
「……な、なにその文字……!?」
おれの手帳を覗き見たミーネが、なにかとんでもないものを目撃してしまったような顔になった。
まあこの世界は統一言語だからな、びっくりするのも仕方ないか。
言語が統一された理由は邪神が関係する。
人口が減りすぎて言語が違おうがなんだろうが協力し合わなければならないという状況になり、その結果として使う者の多い言語が自然と重要視されるようになり、最終的に統一言語になったのだ。
おかげで――、と言っていいかわからないが、冒険の書は翻訳という手間をかける必要がなく、すみやかに各国に広められている。
「おまえみたいに覗きする奴がわからないようにっていう、暗号みたいなもんだな。ちょっとした記録してるだけだけど」
「へぇー、へぇー、これってあなたしかわからないものなの?」
「シアは読めるよな?」
「読めますよ」
こいつ普通に日本語喋るからな、そりゃ読めもするか。
「どうして読めるの!?」
「ど、どうしてと仰られましても……、ご、ご主人さまのお手伝いをするのに必要でしたから、教えていただきまして……」
ちょっと目を泳がせながらシアは誤魔化した。
咄嗟の嘘とはいえ説得力があるので悪くない。
「そっか。じゃあ私も教えて?」
「めんどくさいから嫌だ」
「なっ!? なんでよー!」
「かなり複雑で、本当に一から言葉を覚えることになるんだよ。とてもじゃないが教えてられない」
「でもシアには教えたんでしょ!」
「そりゃまあ必要だったからな」
面倒くさいことになってきた。
しかしここで教えると約束しようものなら、本当に日本語の授業をしてやらなければならなくなる。それにここをしのげばきっと明日には忘れているだろうから……、鬱陶しくても我慢だ。
シアがちょっと得意げな顔になっているのも鬱陶しいが我慢だ。
「むー……」
ぷくーっと膨れたミーネは腕を組もうとするが、腕の位置を決めかねるように動かし、結局は腕組みするのをあきらめた。
「なにやってんだ?」
「え? んとね、腕を組もうとしたけど、胸にあたると痛いからやめたの。おっぱいの奥になんかあって、そのせいで痛いのよね。ミリー姉さまはおっぱいが大きくなる準備をしているせいだって言ってたわ」
「……そうか、それは大変だな」
と言うしかねえ、おれに一生わからない感覚だ。
そんな話を聞いて――
「グギギギギ……」
ついさっきまで得意げな顔をしていたシアが威嚇音をあげ始めた。
べつにミーネに他意があるわけじゃないし、本人はちょっと不便で困ってるところなんだからそんなに食いつくなよ……。
「……ご主人さま、正直に答えてください。大きいおっぱいと小さいおっぱい、どちらがお好みですか?」
あきれていたらシアが渋い顔して妙な質問をしてきた。
「どっちも好きだが?」
「こいつは予想外にぶっちゃけてきましたね……、その返答、嫌いではありませんよ。しかし、わたしの望む答えではありません」
知らんがな。
「では質問を変えましょう。お嬢さまのおっぱいとメイドのおっぱい、どちらがお好みですか?」
「メイドだな」
「ふふっ、普段であればこのエロリスト――、そう罵るところですが今日のところは大目に見ましょう」
「…………」
おれはこっそり妖精鞄から木製ハリセンを取り出すと、尊大な表情でいるシアの頭をひっぱたく。
「痛っ、ちょっと痛いじゃないですか! ってかそれわざわざ持ってきたんですか!? どんだけ陰険なんですか!」
「うっさいわ! つかなんで上から目線なんだよ!」
おれとシアがしょうもないやりとりをしていると、それを困惑顔で見守っていたミーネがぽつりと言う。
「んー……? 揉む?」
「揉まねえよ!」
「おうおうおう、揉んでやろうじゃないですか!」
「おまえは引っこめ! ってかお嬢さま対応はどうした!」
「だって! だってー!」
くっ、シアが無駄に騒ぐせいで周りから注目を集めてしまっている。
逃げていった奴らは正解だったかも知れん。
と、そのとき――
「おい、そこのお前!」
おれに声をかけてくる奴がいた。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/10/26




