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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
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第10話 3歳(夏)1

 夏が訪れ、おれは満年齢で三歳になった。

 三歳ともなればもう完全に赤ちゃんではなく子供である。

 キャッキャと騒ぎながらちょこまか走り回り、びたーんと転んでピギャーと泣く、そんな感じの子供である。生理的な反応による要求だけだったものが、しっかりと自我をもって我が侭を言い始める。

 まだ我慢を覚えていないため、それはさながら小さな暴君。

 とにかく親が手を焼く頃だろう。

 おれは違うよ?

 めっちゃ我慢してるよ?

 ローク父さんに剃り残しのおヒゲでジョリンジョリンされても我慢してるんだよ?

 でもね――


「ほぎゃーっ!」


 バチーンッ、と破裂音がすると同時に父さんがひっくりかえった。

 なにが起きたかというと、おれの体から雷が放たれ、おやつをねだる猫みたいに頬をすりすりしていた父さんに直撃したのだ。

 転生前になんだか身についた〈厳霊〉がここにきて突如暴発したのである。

 それまでちょくちょく出してみようとして、まったく反応がないためどうしたことかと思っていたが、まさか最初の獲物が父さんになるとは……。


「――お、お、おお!?」


 ひっくり返った父さんは、ころんと逆再生したみたいに起きあがり、それからパリパリと雷を纏うおれを見て目を見開いた。


「ちょ、大丈夫か!?」


 あわわと動揺する父さんに「へいき」といってひとまず安心させる。


「そうか、平気か。それならまあいいんだが……、その雷はおまえがやってるのか?」

「うん」

「ど、どうやって?」


 どうやってって聞かれても、ぐぐぐっとか、むぅんとか、そんな感じの天才的な説明しかできないな。


「わかんない。なんか、でた」

「そうか。なんかでたのか。ひっこめることはできるか?」

「うん」


 すんなりひっこめて見せると、父さんは放心したようにぽかんとした顔になった。


「はわわわ……、て、天才、こりゃ天才だこりゃ……」


 そう思っちゃうだろうけど天才じゃないんだなーこれが。


「リセリー! リセリーちょっと来てくれー!」


 大声で母さんを呼びながら父さんは部屋を飛びだしていった。

 いや呼んどいておまえが行くんかい。

 ちょっと落ち着け。

 おれは父さんを見送ってから小さくため息をつく。

 発現は本当に唐突だった。

 その瞬間、なにかが自分のなかで噛みあうのを感じた。

 ぼやけていた像がピタリとあったというか、鍵が鍵穴におさまってガチリと回ったというか。

 もうほとんど感じないほどになっていた精神と身体のズレ、それがようやく完全に解消され、馴染んだような感覚を覚えたのだ。

 ふむ、これが魂が馴染むってやつなのかな?

 すっとんでいった父さんは、母さんを引き連れて戻ってきた。

 事情を聞かされてないのか、なにがなにやらという困惑顔の母さん。

 父さんは興奮ぎみに言う。


「よし、セクロス、さっきのあれ、やってみてくれ!」

「うん!」


 おれは父さんに雷撃をぶちかました。


「ちょおぉぉぉっ!?」


 父さんは雷を喰らってピーンと背筋をのばして痙攣すると、その場にくしゃっと崩れ落ちた。


「い、いや、俺にあてなくても、よかったんだ、ぞ……?」


 ええ、もちろんわかってますよ?

 ちょっと名前を呼ばれてイラッとしただけです、はい。


「えー、やってくれっていったからー」

「そ、それはそうだがな……」


 まあ興奮状態もおさまったようだし、ちょうどよかったんではなかろうか。

 ところが――


「ねえ、もう一度やってみてくれる?」

「うん!」


 母さんが真面目な顔で言ったので、おれは立ちあがろうとしていた父さんに再度電撃をぶちかました。


「ちょほぉ、まぁっ、あぁぁ――――ッ!?」


 中腰の体勢に電撃を喰らい、父さんは痙攣したあとゴローンとひっくり返った。


「……おいっ、リセリー、ひどいぞ! これけっこう……、リセリー?」


 父さんは文句を言おうとしたが、母さんが真剣な顔になっていることに気づくと、不思議そうに問いかけた。

 しかし――


「外にでましょう」


 言うやいなや、母さんはおれをひょいっと抱えあげてそのまま部屋をでる。


「お、おいリセリー? どうしたんだ? おーいって」


 父さんの呼びかけを無視して、母さんはおれを抱えたままさっさと玄関をくぐる。そしてそのまま真っ直ぐ進み、十メートルほど離れるとふり返って立ち止まりおれをおろした。


「ちょっと母さんの後ろにいなさい。危ないから」


 なにが?

 よくわからなかったが、今の母さんちょっと恐いのでおとなしくうなずく。


「おーい、なんだっていうんだよー」


 なんだか情けない声をあげながら、父さんが玄関からでてくる。

 それを見計らって母さんはすっと右手をつきだし、人差し指をのばす。

 そして――


「サンダーアロー」


 そっと母さんが囁いた。

 なんで英語を――

 そうおれが驚いた瞬間、母さんの指先に雷光がともり、生みだされたいびつな稲妻の矢が父さんにむかってぶっぱなされた。


「ほわっ!?」


 おれも驚いたが、攻撃された父さんはもっと驚いただろう。

 だが直撃する寸前、あろうことか父さんは稲妻の矢を裏拳でぶん殴って粉砕した。


「はぁ!?」


 驚いた。はじめて見る魔法にも驚いたが、それを父さんにぶっ放す母さんにも、ぶん殴ってどうにかする父さんにも驚いた。

 この世界ではこういうのは普通なのか?


「おいリセリー、なんだよいきなり。びっくりしたぞ」


 稲妻の矢をぶん殴った手を――さすがに痛くはあったのか、ぷらぷらとふりながら父さんがやってくる。

 思いっきり不意打ちで攻撃されてその程度の反応って、もしかしておれの知らないところでこんなの日常茶飯事だったりするのか?


「ねえあなた……、今の、痛かった?」

「ん? ああ。それに手が痺れた」


 え、それだけ……?

 いやいや、威力がそんなでも――


「あれって、私が撃つとそこらのゴブリンくらいなら炭になるんだけど、あなたはちょっと手が痺れるくらいなのよね?」


 そこそこ威力はありました。


「ああ、あれくらいならな。なんで今更そんなことを確認するんだ?」

「あなたが弱くなってるんじゃないかって確認よ。ほら、この子の雷撃であっさり痺れちゃったでしょ?」

「――あ」


 母さんに言われて父さんははっとする。


「そうだな、言われてみれば……、うん? どういうことだ? この子の雷は威力はそんなに無いようなのに……、やけに芯まで響くと言うか……」

「そこに気づいて天才天才って騒いでたんじゃなかったのね……」

「え? だってほら、雷だすんだぞ? すごいじゃないか」

「それもすごいのは確かなんだけど……」


 と母さんは父さんに説明する。


「火だったり水だったり、ちょっとした魔術を使える人はそこそこいるの。でもそれは人並み以上に才能があるかどうかとは話が別。シャーロットが魔導学を構築する以前、魔導師っていう存在が非常に希有で貴重だったのはそれが理由よ。ある程度の才能をもつ者はちらほらいても、そのほとんどがちょっと便利くらいでしかないの」

「そういうもんなのか?」

「そういうものなの。まあ、あなたが勘違いしても仕方ないわ。ある日、自分の子供が魔術を使えることに気づいて、天才だって大喜びするって話はけっこうあるらしいから」

「そっかー……」


 父さんがしょんぼりする。


「あら、がっかりしなくてもいいのよ? たぶんこの子は本当に天才だもの。あなたってやたらと耐性があるから、そこらの魔法使い程度じゃ怪我をさせるのも一苦労でしょう? なのに、この子がちょっとだした魔術の雷で数秒間無防備な状態になったのよ? もしかしたらその大昔の希有な魔術使いみたいな才能を秘めているのかも」

「おお、……そうか、天才か!」


 再び喜ぶ父さん。

 落ち着け。話よくわかってないだろうあんた。


「そういうわけだから、ちょっと実験をするわ。あなたはそこにいてね、障壁はるから」

「俺が的か!?」


 マジックシールド――と母さんはまた英語を唱える。

 魔法は基本英語なのか?

 ああ、魔法はシャロ様が生みだしたものだからか。


「さあ、いいわ」


 母さんがおれをうながす。

 父さんの前にはマジックシールド――半透明の縦長の楕円があった。

 あれって魔法だけ防ぐようなもなのだろうか、それとも物理的な攻撃も防ぐものなのだろうか。気になる。でも今は質問はやめておとなしく言われたことをやろう。今の母さんはちょっと恐いのです。


「とーさん、いくよー」

「おうこい!」


 どーんと胸を叩いてみせた父さんにどーんと雷撃を放つ。


「あばばばッ!」

「あれ?」


 おれの雷は障壁を貫いて父さんを痺れさせた。


「かーさん、あたったー」

「貫通しちゃったわね、どういうことかしら……。じゃあ今度は雷撃を散らすように……」


 そして母さんはマジックシールドにアースシールドを追加する。

 魔法の盾にくわえ、魔法によって地面からどーんと突きだしたモノリス的な壁が父さんを守る。

 電化製品のアース的な効果があるのかな?


「とーさん、またいくよー」

「おうよ、こい!」


 壁の向こう、元気な声だけ聞こえてくる父さんに雷撃を放つ。


「あんぎゃーッ! なんでーッ!」


 父さんの悲壮な悲鳴があがった。


「……あら?」


 パチン、と指を鳴らして母さんが障壁解除。

 マジックシールドは霧散、アースシールドはボロボロと崩れだして地面に転がる父さんを埋葬した。

 つーか指パッチンで解除とかかっこいいな母さん。


「リセリー……な、なぜだ……」


 土の小山からゾンビみたく這いだした父さんが言う。


「威力は弱くなったりとかしてる?」

「んー、弱くはなってきている感じがする。ただ今回はこれなら大丈夫だろうと油断してたから意外に効いた……」

「なるほど……、じゃあもう一回やってみましょう。今度は貫通してくることを意識しておいてね」

「えー……」


 父さんはすごく嫌そうな声をあげたが、母さんはかまわず魔法の障壁と土の壁を父さんの前に作りだすとおれに話しかける。


「今度は雷撃を弱くしてみてほしいんだけど、できる?」

「うん、やってみるー」


 そして三度目の正直か、二度あることは三度あるなのか、おれは出力を抑えることを意識しながら雷撃を放った。


「あたたっ」


 父さんの声があがったが、これまでに比べだいぶ控えめだ。

 それを証明するように、父さんはひょいっと顔を覗かせた。


「今度はちょっと痛いくらいだった」

「なるほど……」


 父さんの言葉を聞いて母さんはいよいよ考えこむ。

 顎に手をやってぶつぶつ呟きながらウロウロ歩きまわり始めた。


「かーさんどーしたのー?」

「あー、母さんな、魔法とか魔術のことを考えるとああなるんだ」


 ばしばし体の土を払いつつ父さんが教えてくれる。

 そうなのか、母さんはそういう系の人だったのか。


「ああなるとなー……、なにか答えがでるまでずーっとああだから」

「どれくらいー?」

「わからん。すぐ思いつくかもしれないし、何日かあのままかも――」


 そうぼんやりとした調子で父さんが言いかけたとき、母さんはぴたりと動きをとめた。

 父さんとふたりして「ん?」と見ていると、母さんは両手を天に突きだして声をはりあげた。


「望みを裡において悶絶せしめた汝が嘯く正義への代償を我はこの祈りにおいて否定する!」


 な、なにって?

 母さんがおかしなことを言いだした、と思ったら――


「ディバインシールド!」


 バギンッ、と小気味よい甲高い音がして淡い黄金の障壁が出現した。

 ああ、呪文だったのね。


「よし、これでいいわ! さあ、今度は母さんに撃ってみて!」


 確証でもあるのか、自信にみちた表情で母さんは言った。


「いくよー」


 ややおよび腰で雷撃を放つ。

 父さんはヒゲ頬ずりという積年の怨みがあったのでほいほいぶっ放したが、母さんにはとくに怨みもなにもないので攻撃するのはちょっと気がひけるのだ。

 だがいざ放ってみると、雷撃は障壁を破砕させたが母さんにまではとどかなかった。

 おぉー、と父子でそろって声をあげる。

 母さんはとても満足げな笑顔でおれを高い高いする。


「あははっ、凄いわ、これは凄いわよ!」


 すごく上機嫌の母さんはおれを掲げたままぐるんぐるん回る。

 母さんはわりとおっとり型だと思っていたが、こんなふうに喜んだりもするのか。


「なにがすごいのー?」

「なーリセリー、なにがわかったんだ? 俺にも教えてくれよー」


 父さんも同じ気持ちなのだろう、ちょっと蚊帳の外なのが悲しいのか情けなく言う。

 母さんはおれをおろし、頭をなでなで。


「この子の雷はすでに神撃なのよ」

「…………え、マジで?」


 唖然とする父さん。


「ええ、障壁と相殺したでしょう? あれって善神から力をかりるものだからそれを破壊したとなると、それはもう同じ格をもった力――神撃しかないわ」

「……この歳で神撃とか、そんなことあるのか……?」


 喜ぶ母さんとは逆に、今度は父さんが困惑顔になってしまった。

 ところで神撃ってなんなんですかね?


「ねー、それってなにー?」


 ちょいちょいと母さんの服をひっぱる。


「え? ああ、えっと神撃っていうのはね、神さまの力のことよ」


 神さまの力……?

 ああ、そうか。おれの雷って死神の鎌の力が変換されて生みだされるものだから。

 あの残念な死神でも神は神か。


「神撃はすごく頑張ると人でも使えるようになるの。本当にすごく頑張らないといけないから、使える人はほとんどいないんだけどね」

「かーさんはがんばったー?」

「あ、母さんのはちょっと違うのよ。母さんのは神さまの力を借りる魔法を使ったの。神撃を宿した人なんて、母さんも父さんも、これまでひとりしか会ったことないわ」


 母さんの喜びよう、そして話からして、神撃を宿した者ってのはかなり希少みたいだ。


「なんてこった……俺の息子は本当に天才だったのか……」

「そうよ! 凄いことだわ!」


 事態にちょっとおののきはじめた父さんと、未だ興奮冷めやらぬ母さん。


「雷は自分で思ったように動くの?」

「んー、なんとなくうごく」

「もっと強くしたりできる?」

「つよくすると、あぶない」


 使えるようになったが制御となるといまいちだ。

 出したりひっこめたり、飛ばしたり、それくらいならできるが、それ以上に複雑なことはちょっとできそうになかったし、無理に出力をあげるのは漠然とだが危険だと感じる。それは全力で岩をぶん殴ったら拳がどうなるか想像できるようなもの。暇神にぶっぱなしたくらいの出力をやろうもんならおれはもう塵になるだろう。


「どれくらい強くできるの?」

「すごく」

「今までのと比べて、どれくらい?」


 どう比べろと……。

 乾電池と原子力発電なんて表現できねえし。

 だが母が期待のこもった目で見つめてくる……、しかたなくおおざっぱな例えをする。


「いまの、これくらい」


 両手でおおきな円を描いてみせる。


「すごくつよくすると、あれくらい」


 ――と、おれは空を指さした。

 母さんの笑顔が空を見あげたままピキリ、と硬直する。

 父さんは覚りでも開いたようにおごそかな顔になっていた。


※雷撃の効果・威力の調整のため修正・加筆をしました。

(2016/10/13)

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/22

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/02/02

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/12/30



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