第1話 神との対話1
もとは神との対話シーンをひたすら続けるという話を書こうと思っていました。
すぐになにも思いつかなくなって断念しました。
神との対話が妙に長いのはその名残です。
※お下劣な描写があるため、読むとあなたの品性が低下する危険があります。
そういえばおれの名前はなんだったんだろう?
△◆▽
「つまり、アホな死神が『卍解! 卍解!』とふざけて振りまわしていた鎌がすっぽぬけて飛んでいき、それに当たっておれは死んだ――、と、こういうわけか?」
真っ白な空間に浮かぶ八畳間。
真ん中には丸いちゃぶ台があり、すみっこには古めかしい木枠のブラウン管テレビが置かれている。
現在、おれはリンゴくらいの大きさの、モヤモヤとした黒い塊になっていた。
まるで幼女にバチンと叩き潰される哀れな妖怪、もしくは幼女に仇なすものどもを激しく弾劾する妖怪大統領のような有様だ。
「ええ、そのとおりです」
朗らかに答えたのはちゃぶ台の向かいに座る神さまとやら。
きらきら輝く粒子をまとったお姿で、長い金の髪、金の目、そして二十歳前後の……男か女かよくわからない中性的で美しく――そしてうさんくさい顔立ちをしている。
「そのアルカイックスマイルやめてくんねえかな、よけいイラッとするんだが」
すでにおれはキレていた。
始めこそ訳がわからず、ですます口調をしていたが、どうして自分がここに来るはめになったのか、その理由を知ってからは完全に喧嘩腰になっていた。
べつに――、将来に展望があったわけではない。
漠然とした希望どころか、明日の予定すらもなく、ただ漫然と日々をすごしてきた結果の十七年だった。
けれど、死にたいとは思っていなかった。
だからおれはおれが殺されたことに怒りを覚えずにはいられない。
おれを殺していい奴がいるとすれば、それはおれの子供だけだ。
「まあ、あんたに文句を言ってもしかたないんだがな。そもそも悪いのはそっちの奴だし」
言うと、神の右隣にいる影絵みたいな人影がビクッと縮こまった。
あの影絵がくだんの死神――うっかりおれをぶっ殺したアホだ。
「それで、おれはこれからどうなるんだ? 消すにしろ、戻すにしろ、勝手にやりゃあいいのにわざわざ引っぱりだして事情まで聞かせたんだ、なんかあるんだろ?」
「理解が早いですね。もっとこう、大騒ぎするものかと思いましたが……、ならばさっそく用件といきたいところですが、その前にいくつか説明しなければならないことがあります」
まず、魂というものについて――と神は言う。
「魂とは種のようなものです。一粒の種は畑でたわわに実り、時期がくれば農夫によって収穫され、そしてまた畑にまかれる。本来であれば収穫された種はそれまでのしがらみ――生前の記憶の一切を農夫によって切り離されています。まれに残っている場合もありますが、わずかであればそれほどの問題ではありません」
「ってことは、ほぼ記憶が残ってるおれはその次の畑……? 転生ってことだよな? それができなくて大問題ってわけか」
「はい。――ただ、あなたの場合にかぎっては記憶の残留云々という話ではないのです。それを理解してもらうために死神について少し話しましょうか」
決まりが悪そうにもじもじする死神をよそに、神は言う。
「死神の主な仕事は魂の回収――死に際にあらわれ、魂を刈り取ることです。きれいに、魂だけを、です。これを行うために死神は鎌を持ちます。鎌は死神の一部であり、その力を振るうために必要なものでもあります。本来であれば死神の手から鎌がすっぽぬけるようなことはありえません。例えばそれは、あなたが自分の肉棒をどれだけ激しくしごき倒そうとも、もげることがないように」
「ん?」
なんか、妙な例えをされたような気がした。
いや、たぶん気のせいだろう。
きっとそうだ。
今は真面目な話をしてるもんな。
「このありえないことが起きた要因――これは死神が鎌に名前をつけて遊んでいたのが原因と思われます。名づけたことにより鎌が独立した神格を有してしまい、結果、分離してしまったというわけです。あなたにわかりやすいよう例えるなら、ある日、あなたが気まぐれに自分の肉棒に名前をつけた結果、肉棒は自我を持ち、過酷な境遇に嫌気がさして逃げだしてしまったようなものです。つまり――」
「ちょっと待とうか」
気のせいではすませられなくなって、おれは話をとめる。
「どうしました? 理解できないところがありましたか?」
「べつに話がわからないわけじゃない。ただなにが理解できないと聞かれたら、おまえの頭の中がどうなってるのか理解できないと言うしかねえ。ってか、なんだその例えは!? なんでいちいち肉棒に例えるんだよ! おまえどんだけ肉棒好きなんだよ!?」
「べつに肉棒が好きなわけではありませんが……、そうですか、この例えは気に入らないようですね。では肉棒は控えましょう」
「……ああ、そうしてくれ」
釈然としないが、肉棒について追求しても時間のムダだ。
まさか死んでから「肉棒はひかえましょう」なんてとんでもないセリフきくことになるとは思わなかった……。
「えっと、つまりそのような原因によって鎌は死神の手からすっぽぬけ、あなたにぶつかってしまったわけです。本来であればあなたの魂は砕けて消滅してしまうところでした。しかし、そのとき鎌は独立してはいたものの、まだ主体のないあやふやな状態でした。そのため鎌はあなたの魂に混ざり込んでしまったのです。欠片とはいえ神の力。結果、あなたは人という枠組みから逸脱してしまいました。実はあなたは死んだというよりも、肉体に収まるようなものでなくなってしまったために飛びだしたというのが正確なのです」
「……魂を体におしこめりゃよかったんじゃねえかと思ってたが、それができない状態になってたってことか」
「無理をすれば可能ですが……、問題が起きますね」
「問題?」
「はい。あなたの魂には死神の鎌が混ざっています。そのせいで、あなたは少しならば死神の力を使うことができてしまいます。しかしこれは、使いこなせる、という意味ではありません。つまり、あなたは制御できない死の神の力を無差別にまき散らす迷惑極まりない存在になってしまうのです」
「おれがいると、まわりの人間がばたばた死んでいくって?」
「あなたが殺意をもって力を使おうとしなければそこまでの即効性はないでしょう。例えば……、そうですね、放射性物質のようなものと考えてください。即死するほどの放射線を放ちはしないものの、ゆっくりと、しかし確実に周囲の生物を蝕みます。例えばあなたが生き甲斐であった自家発電をおこなった場合、あなたの子種たちは飛びだした後、すべて死に絶えてしまうでしょう」
「だ・か・ら!」
「はい?」
「いや〝はい?〟じゃなくて! 真面目な話ししてるよね!? 今すっごく真面目な話してるよね!? なのに何でさらっととんでもない例えをぶちこんでくるわけ!?」
「あなたにわかりやすいようにと思ったのですが……」
「まったくわかりやすくねえ! 逆に集中がとぎれるんだよ!」
「ああっ、なるほど。好きだからこそ、つい気をとられ――」
「ちげえよ!」
「はて、おかしいですね。あなたにとっては生きるための原動力でしたよね?」
「そんな原動力で生きてなかったよおれは!」
「ですが精通の日よりかかさず朝昼晩とそれぞれ三回の――」
「モンスターかおれは!?」
「まさに」
「肯定を求めたわけじゃねえよボケが! あとそもそもの例えがおかしいだろう! 自家発電ならどのみち普通に死に絶えるわ!」
「なッ!?」
おれの指摘に神は驚愕し、おののくように声を震わせた。
「まさかそんな指摘をうけるとは……、さすがプロはひと味違う」
「なんだよプロってよぉ!」