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ある日の放課後----
ユウトは昇降口で、もうすぐ来るはずのケイを待っていた。
何気なく外を見ていると、昇降口を出た所の隅にトモカの姿が見えた。そこへ誰かがやって来て、トモカと何かを話している。相手を見上げたトモカは、それに笑顔で答えていた。それから2人は、一緒に歩いて帰っていった。
ユウトはそれをぼーっと眺めていたが、知らないうちに少し目を細めていた。
「待たせた!」
そこへケイが走ってやって来た。
「何かしたか?」
「いや、別に」
ぼんやりしているユウトの様子にケイが言ったが、ユウトは素知らぬ顔で答える。
ケイは、先程のまでユウトが向いていた方を見てみた。するとそこには、歩いて行く2人の姿が僅かに見え、ケイはなるほどと頷いた。
「お前、本当に好きなんだな」
「なんだよ、いきなり」
ユウトの問い掛けには答えずに、ヒヒヒと可笑しな笑いかたをしながらケイは歩いて行く。
「おい、待てよ!」
ユウトはすぐにケイを追いかけた。
その後、ユウトは家に帰りベッドに仰向けに倒れ込んだ。
『お前、本当に好きなんだな』
・・・好き・・ねぇ・・・・
ケイの言葉に浮かんで来たのは、ある1人の顔だった。
それを見てユウトはふっと笑った。
あぁ、そうだな。・・・俺は・・あいつの事が、好きなのかもな・・・・
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朝の学校で、トモカはまたいつものようにユウトと言葉を交わした。
「おはよ」
「おはよ」
声を掛けたトモカに、ユウトはまた前のように明るく返事をした。だが、トモカにはそれが何故か陰っているように見えて不思議だった。
その日、トモカが家に帰り自分の部屋で一息入れていると母親に呼ばれた。
「ちょっと話があるからきて」
「うん・・・」
トモカがリビングに入ると、テーブルに着く父親の姿があった。母親も近くに座っている。トモカは促されるまま、父親と向かい合うように座った。
いつもと違う雰囲気に、居心地の悪さを感じた。
「急な話で悪いんだが・・・、父さんの転勤が決まってな」
父親が話ずらそうに言う。
「え・・・」
「ここからとょっと離れた所なんだけど、この際みんなで一緒に引っ越す事にしようと思うんだ」
「引っ越すの?!」
話が終わり、トモカは半分放心状態で自分の部屋に戻った。そのまま座り込むと、近くにあったクッションを引き寄せた。
そんな・・・急に引っ越すなんて・・・・
トモカの中にアキネの顔が浮かんだ。
アキネと離れちゃう。それに・・・他のみんなとも・・・・ユウト・・とも・・・・
トモカの中に、ふとユウトの顔が浮かんできた。
どうしてだろう。何で・・・・
トモカは抱き締めていたクッションに顔を埋めた。
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「引っ越す?!急に、何で?!」
トモカはアキネの家に来ていた。
「うん・・・親の転勤で、遠くなるからって・・・・」
「そんなぁ・・・。トモカと離れちゃうなんて寂しいよ・・・」
「私も・・・・」
暫くの沈黙の後、アキネが「よし!」と勢いよく言った。
「じゃぁ、引っ越すまでの間、トモカが思い残す事のないようにしよ!」
「うん!」
トモカは笑顔で頷いた。
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次の日からトモカには、周りの光景が何だか違って見えた。
ここにいるのも後少し・・・・
「よっ、どうかしたか?」
学校で教室を見回していたトモカに、ユウトが声を掛けた。
「ううん、何でもないよ」
トモカが笑って答えると、ユウトは「そうか」と言ってその場を離れていった。
トモカはそんなユウトの後ろ姿をしばらく見つめていた。
「トモカ」
声を掛けられてはっとして振り返ると、すぐ隣にアキネが立っていた。
「どうしたの?」
「どうしたの?は、こっちの台詞。トモカ、最近ずっとぼんやりしてる」
「・・・・・」
アキネの言葉にトモカは思わず目を下げた。
「・・・私、トモカにそんな顔してほしくないよ」
「アキネ・・・・」
「・・・思ってる事は伝えなきゃ」
柔らかく微笑んだアキネに、トモカも微笑んで頷いた。
トモカの中で何かが少しずつ動き始めた気がした。
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いつからだろう。
あの人と話していると、嬉しくなったり落ち着いたりする。逆に、1日あんまり話せなかったりすると寂しくなったり不安になったりする・・・・。あの人に見てもらってるのかなって思うと、なんだか嬉しくなる。かわりに、他の人といつも以上に仲良くしていると寂しくなって気になり、心の何処かで引っ掛かる・・・・。
いつも気になって、気がつくとあの人の事ばかり考えていたのは、いつからだろう。
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「・・・・そう・・・別れたんだ」
アキネは初め、驚いた表情をしたが、すぐに柔らかい表情に戻った。
トモカはこくりと頷いた。
2人は日が暮れかけ、人がほとんどいない公園のベンチに座って話していた。トモカはその日、ジュンと別れていた。
「私ね、少しずつ、自分の本当の気持ちが、わかってきた気がするの」
ジュンに好きだと言われたときは、本当に嬉しかった。今まで誰かに告白されたり、付き合ったたりしたことなんてなかったから・・・・。誰かに好きだと言われることが、こんなに嬉しいことだなんて知らなかった。
「・・・・だからね、アキネとの約束を守れるように、自分の本当の気持ちと、向き合おうと思うの」
言葉を選ぶように言ったトモカに、アキネは微笑んで頷いた。
「思い残すことがないように、ね。私に出来ることがあったら何でも言ってね」
「ありがと」
トモカは何だかホッとして微笑んだ。
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それから1日1日が物凄く早く過ぎていった。気がつくと、1週間後にはここを離れなければならなくなっていた。引越しの日が近づくにつれ、トモカの気持ちは徐々に沈んでいった。それでも、最後まで笑顔でいようと努めた。
そして、引っ越す2日前。トモカは、部活が終わった帰り際に暫く学校を眺めていた。
明日が最後かぁ・・・・・
明日まで学校に行き、次の日にはここを離れることになっていた。
そこへ、トモカの元へ向かって歩いてくる足音が聞こえた。トモカが足音のする方を向くと、そこにはユウトがいた。
「あれ、トモカじゃん」
ユウトもトモカに気が付き声を掛けてきた。
「ユウト、部活終わったとこ?」
「ああ。トモカは、今帰るところか?」
「うん」
「それじゃあ・・・途中まで、一緒に帰っていいか?」
「ユウト、こっちの道でも大丈夫なの?」
「ん、大して変わらないよ」
トモカはユウトに言おうか言うまいか迷ったが、結局何も言わないまま雑談だけで終わってしまった。
「それじゃ、俺はここで」
分かれ道に来てユウトが言った。
「うん、バイバイ」
トモカが手を振って背を向けると、ユウトが呼びかけた。
「トモカ」
トモカは立ち止まり振り返った。
「いや・・・その・・・また、明日な」
「また明日ね」
トモカは微笑んで言うと、また背を向けて歩き出した。
「はぁー。何がしたいんだ俺は・・・・」
ユウトは溜息をつくと項垂れながら歩き出した。
次の日-----
学校に来るのもこの日が最後。
トモカは、他の友達にもその事を話した。
「えっ、うそ!本当なの?」
「うん・・・」
「もっと早く教えてくれればよかったのに!」
「ごめんね、なかなか言い出しにくくて・・・」
皆んな一様に驚いたようだった。トモカは一つづつ苦笑いしながら答えていった。
放課後、部活を終えたユウトはケイと昇降口に向かって歩いていた。
「あー疲れた」
「お前、今日調子悪かったなぁ」
溜息をつくユウトにケイは、からかうように笑った。
そこへ、前から3人組の女の子達が歩いてきた。その話し声が、ユウトの耳に入ってきた。
「トモカが転校するなんてねー」
「しかも、この学校にいるのって今日までなんでしょ?」
「本当に、急だよねぇ」
えっ・・・
ユウトは立ち止まり、擦れ違おうとした女の子達に呼び掛けた。
「ナガヌマ」
一番近くにいた女の子が振り返った。
「何?」
「今の話、本当か?」
「え、うん。聞いてないの?」
「・・・トモカ、今何処にいるか知ってるか?」
「さっき、アキネと一緒に帰ってったから、昇降口辺りにいるんじゃない?」
「・・・・ケイ。俺、先に帰るぞ」
「あぁ、行ってこい」
ケイが言い終わると、ユウトは直ぐに走り出した。
今の走りは調子良さそうだな・・・
ケイがユウトの後ろ姿を見送ると、不審な目で見る女の子達に気が付いた。
「あ、ありがとな」
苦笑いしながら言うと、女の子達を先に行くように促した。
「今日でここも最後かぁ」
トモカは学校の前に立っていた。
「トモカと此処にいるのも最後だね」
隣にいるアキネの言葉に、トモカは小さく頷いた。
「でも、また会えるよね」
「もちろん!」
微笑んで頷いたトモカを見て、アキネも微笑んだ。するとそこへ、昇降口の方から誰かが走ってきた。
「あ、ユウトだ」
「えっ・・・・」
アキネの言葉にトモカはピクッとして振り返った。そこへ、走ってきたユウトがトモカの前で立ち止まった。
「良かった、まだいたか」
「ユウト・・・」
「あぁ、そうだ!私、忘れ物したからトモカは先に帰ってて。絶対、また会おうね!」
「えっ、うん!また会おうね!」
急に声を上げたアキネは、手を振ってパタパタと学校へ走って行った。トモカは呆然とアキネの後ろ姿を見送った。
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アキネが、取り敢えず教室へ向かおうと廊下を歩いていると、階段を下りてきたケイと行き合わせた。
「おっ、アキネじゃん。ユウト、見たか?」
「うん。バッチリだよ」
アキネはニッコリと笑って答えた。
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2人だけになり、暫く間を置いてからユウトが口を開いた。
「今日で・・・転校するのか?」
「うん・・・・ごめんね、言えなくて」
「いいんだ。それで、決心がついたから・・・」
ユウトは1度頭を下げると、すっと顔を上げてトモカの目を見た。
「前から言おうと思ってたんだ。・・・俺は、トモカが好きだ」
トモカはユウトの顔を見詰めると、縮こまるように顔を下げて掠れた声で言った。
「私・・・も・・・」
トモカは顔を上げると、今度はしっかりとユウトを見た。
「私も、ユウトのことが好きだよ」
それを聞くと、ユウトは力を抜くようにそっと微笑んだ。それに釣られてトモカも微笑んだ。
「また、会えるよね」
「ああ、もちろんだ」
-----それから、
いくつもの月日が流れた-----ー
「やっぱり桜はいいなー」
トモカはとある川の土手にいた。
川の両側の土手には桜の木が並んでいて、咲き乱れた桜の花が静かに揺れていた。
「へぇー、ここも桜咲いてるんだ」
ぼんやり桜を眺めていたトモカの耳に、後ろから声が聞こえてきた。トモカはハッとして振り返った。
「久しぶりだな、トモカ」
「・・・ユウト・・・」
そこには、ユウトの笑顔が桜と共に咲いていた。
--END--
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
誤字などありましたら教えて頂ければと思います。