模倣と経験
凍りさえすれば。それがいかに難しい相手かは痛感している。先ほどと似た構図。闇雲にベンジャミンを狙おうにも、奴の動きが速すぎて追い切れない。
その間に、俺を即座に仕留めようと距離を詰めてくる。とっさに魔法を撃つ。きっかけは掴んだ。魔法の撃ち方はもう完璧に理解した。だったらあと少しのはずなんだ。
「うっとうしい魔法だ」
ベンジャミンが躱すことに集中していたようだが、やり方を変えたようだ。撃ち出した白い光の粒子に向けて構える。肘を向けて、内から外へと褐色の腕を振り上げる。バチッとエネルギーが弾かれた音が響く。光の屈折があったかのように、あらぬ方向へと魔法の向きを変えられてしまう。
「マジかよ」
洞窟の天井へと放り出された魔法の欠片は、パラパラと破壊の残滓を見せる。当てるだけでも苦労しているというのに、当てても意味ないってことかよ。
「ぐっ……」
呻き声を耳にする。見れば、ベンジャミンの腕が氷で覆われていた。意味がないことなんてない。当たれば効果はある。
「へっ」
光明が見えたからだ。少しだけ笑みをこぼす。それがベンジャミンにも聞こえたようで、鋭い視線と、怒号が響く。
「何がおかしいんだ?」
「一発でそれだけのダメージってんでで泣きたくなってるところだよ」
けど、あと何発か当てたら動きを封じるには十分なはずだ。
「赤い龍……」
「っ!?」
ベンジャミンの腕から、覆われた氷から、何かが飛び出す。そしてそれは洞窟内で膨れ上がると、みるみるうちに龍の姿へと型を変えた。
「なんだよ……そりゃあ」
「お前程度の奴に、あまり血は使いたくないんだ。だがあまり舐められるわけにもいかないんでな。とっておきという奴だ。血の龍が襲い掛かる」
巨大な龍。本物の龍ではないが、ファンタジーな異世界らしいじゃないか。自分を落ち着けようと必死に心の中で鼓舞した。所詮は血液なんだ。この氷の魔法で凍らせればいいだけのこと。確信にも近い思惑で腕を伸ばす。洞窟内を駆ける龍に向けて射貫く。
「言ったはずだ。そいつは血の龍だとな」
「……っ」
撃ち出した氷のレーザーを、龍は軽々しく躱していく。俺の魔法と違ってただ放たれえただけではない。自律性を持ち、敵に向かって牙を向けてくる魔法だ。
「くそっ……」
寸前のところでもう一度狙いをすますが間に合いそうにない。そこに、炎の壁が阻まれて赤き龍を蒸発させた。
「リーゼ、助かった」
「立ち止まったままなんて舐めてるのっ! 足を動かしなさい」
「……!」
そうだ。やすやすと的になる必要はないんだ。体力のことも考えながら、ベンジャミンとの距離を考える。ただそこで、ベンジャミンの右腕からは依然、半月型のブレードを出現させて、左腕から先ほどと同じ龍の頭を携えていた。近づけば斬られる。近づかなくても龍でやられるってわけだ。
「理解はしているようだな」
いきなり龍が放たれる。自身のスピードをあげて、回避に努める。そのまま龍に向けて魔法を放つ。動きながらだと狙いをつけにくいが、外すほどではない。向こうが追いかけてくれる分、的はデカい。それでも躱してくるのがやっかいだ。
距離を離れる分、撃つ回数がかせげる。数を打てば何とやらだ。そこに、本体であるベンジャミンが迫る。
「く……」
ベンジャミンにも向けて撃つ。再び腕で払う挙動。だが違うのは、腕に生やした血のブレードを使って弾いたことだ。血のブレードも確かに凍らせることもできたが、ベンジャミンの動きを止めるには届いていない。
「死ね」
「ぅああぁ……!!」
体に走る痛み。自分の身にも走る赤い軌道。ベンジャミンによって切り裂かれた。何とか体をひねって足を動かす。追尾してくるベンジャミンに向けて魔法を放つ。
「ふん」
腕の軌道を変えられて、腹部に蹴りをぶち込まれる。
「ぅく……っ……」
体が浮く。一瞬呼吸が止まったぞ。蹴り飛ばされた体が、洞窟内の荒れた地盤で激しい痛みに襲われた。
「はぁ……くそっ……」
「よくやったほうだぞお前は。もう休め。死んでな」
感情の乗らない冷徹な言葉。せっかく転生したんだ。ようやく魔法が使えるようになったんだ。まだ異世界転生を堪能してないんだぞ。
「死ねないね」
何より、お前みたいなクソ野郎には殺されたくないんだよ。
「来い、赤い龍……」
さっきより大きい。容赦ないなこいつ。たった一回斬られただけだけどすごく痛い。体力消費のせいか思考も鈍い。どうしたらいいのか。考えが回らない。
それでも敵は待っちゃくれない。容赦ない龍が大きく飛翔して口を開く。どうする。どうすればいい。今の俺にできることはなんだ。
とにかく魔法を外すな。ギリギリまで待ってまずは龍を凍らせる。より大きな龍になってくれたのは逆に助かったかもしれない。目の前に迫るに氷の魔法をぶち込めば、龍は白い氷に覆われて動きを止める。
そこに、ベンジャミンが距離を詰めていた。
あぁそうだよな。
俺が蹴り飛ばされて、背後はすぐ石の壁だ。龍は凍らさることが分かっていて、龍と同じ軌道で来るわけがない。右腕のブレードは、右から来ようものなら、凍った龍が邪魔で振りぬけない。
となれば、左からくるよな。
「……お前読んで……だが、俺のほうが速い」
ベンジャミンは持ち直して攻撃の手は緩めない。
そこで、ガキイィィン……と、洞窟内で打ち合う音が響く。
「なっ……お前……」
「その剣みたいなのが邪魔だからな。無理やり真似させてもらったぜ」
血の剣に向かって、臆することなく腕を差し出す。ただし、凍らせておいた腕だ。無茶な考えだったが、腕に氷をまとって受け止めた。
「さぁ、反省する時間だ」
右腕を伸ばす。ゼロ距離掃射の氷の一撃。いくらベンジャミンでも避けることはできず、その体を撃ち抜いた。
「この……クソガキがっ……」
殺意の念を抱きつつも、ベンジャミンの体が徐々に凍り付いていく。瞬く間に凍り付いていく。やがて全身が凍り付くとベンジャミンの動きは全く動かなくなった。
「はぁ……はぁ……やった……」




