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ふくれ顔と転移とジジイ

「……お前、名前は?」

「朧気だけど、多分ユウトです」

「そうか……俺はアドゥルス。アドゥルス・J・オブライアン。皆はアドゥルス先生って呼んでんだ」

「は、はぁ……」


 驚いていたように感じたのは気のせいだったのか。アドゥルスと名乗った男は、気さくに笑いながら話す。まるで久々に旧友と再会したかのようだ。


「リーゼ。ルキナ。お前らは罰として二週間、第三魔法訓練場の掃除な」

「え~?」


 女の子二人が同時に不服を漏らす。


「え~じゃねぇ。お前らがえ~と言っても可愛いが俺は容赦しないからな。あと、こいつのことはとりあえず他言無用だ。いいな? もし破ったらセカンドを剥奪する」

「……分かりました」


 不満そうな女の子二人だが、剥奪と聞いて一応の納得はしたようだ。俺には全く何のことかは分からないし、何故俺のことが他言無用なのかもさっぱりである。


「とりあえずお前らは先に帰ってろ。俺はこいつと賢者に会ってくる。他の先生に訊かれたらそう答えてくれ。ちょっと緊急で賢者に用が出来たってな」

「は~い」

「え、俺も?」


 二人に指示するアドゥルスの体が淡く光る。群青色に近いくすんだ青い光だ。驚くべきは、アドゥルスだけでなく、俺の体も同じように光っていることだった。


「むしろお前が用があるんだよ。じゃあリーゼ、ルキナ。頼んだぞ。掃除サボったらきつ~いオシオキだからな」

「う……」


 リーゼもルキナも嫌な顔したのが分かる。それを最後に俺の目の前の光景が瞬時に移り変わった。モザイクが視界全部にかかったように、ぐちゃぐちゃしたものが見える。それも一瞬、今度はどさっと尻餅をついた。意外に痛い。


「って~」


 さっきまで一面生い茂る草原にいたというのに、今は緑が全くない山に俺はいた。周りはごつごつとした岩ばっかりで、かなり薄暗い。木々の影になってるのかとも思ったが、そびえるように岩が日の通りを塞いでおり、打って変わって随分と気味悪い場所だった。一瞬で此処に移動したのか。まさかこれが、瞬間移動って奴なのだろうか。


「おいこっちだ」


 きょろきょろ見回す俺をアドゥルスが呼ぶ。よく分からん状態ではあるが、とりあえず俺はこの人についていくしかないだろう。両端が岩に邪魔され、最低限の幅しかない。

 いや、そもそもこんなところ人が歩く道ではないだろう。だというのに、アドゥルスはどんどん奥に向かう。その先に何があるのか分からないが、少しづつ道がさらに狭くなってきていること。より影が深くなっていることを考えるとあまり良い気分はしなかった。さすがにコミュ症の俺も尋ねる。


「あの、今から何処に? それにこの山は……」

「山じゃなくて谷底だ。言ったろ。賢者のところだ。人嫌いで偏屈なじーさんでな。こんなところに住んでるんだ」


 俺も相当の人嫌いだが、さすがにこんな場所には住みたくないな。

  

「で、でも何故その人に会いに?」

「色々教えて貰いにだ。お前確かユウトっつったか。この世界のこと何処まで知ってる?」

「いや全然分からなくて。気付いたらさっきの場所にいたので」

「その前のことは?」


 暗くて前がほとんど見えなくなってきた。アドゥルスが指を鳴らすと、リーゼという女の子みたいに、掌に火の玉を生み出す。それが明かりの代わりとなった。


「確かバイトに遅刻して、けどそこでクビになって……」

「オッケー。分かった。いやお前が何を言ってるのかはさっぱりだが、恐らく俺の予想通りだ。なおさら賢者に会わないといけねぇ」

「その賢者って一体……」


 ズンズン奥へ進むアドゥルス。俺は追い掛けるのに必死で、話についていくのもやっとの思いだ。


「賢者ってのは、この世の理を知り魔導を極めし者。言うなれば、神の御告げを聞くことが出来る代行者ってとこか。そいつに会えばまぁ大丈夫だ」


 本当に大丈夫なのだろうか。俺は不安でいっぱいだし、というか不安しかない。それにかなりお偉いさんに会うようだが、偏屈なじーさんだと言うし、アドルゥスの口ぶりから敬ってはいなさそうだ。いやそもそも、俺は流されてこんなとこにいるけど、この男自体信用していいのか分からないぞ。こんなとこに人がいるというのも本当なのか。考えれば考えるほど怪しく思えてきた。と言ってもどうやって帰ったらいいのか分からないし。


「見えたぞ」

「あ……」


 疑い始めた俺の目の前に家があった。こんな奥底に、岩の中に埋め込まれるように木造の一軒家があった。一応二階建てだが、横に伸びていてのっぺりしている。台形のような形で屋根までしっかりついていて、煙突もある。少し開いた窓から赤い光が覗いて見えていて、確かに誰かいそうである。

 アドゥルスは「行くぞ」と言って、さっそく扉に手をかけた。そして躊躇なく中に入ってゆく。俺も慌てて後に続いた。


「マーブル。いるか?」

「んあ?」


 中は開けた空間だった。明かりは部屋の真ん中あたりの頭上と、テーブルに置かれたランプで灯されていた。ランプなんか初めて目にした俺だが、妙に明るすぎるようにも感じる。今は別に火を起こしていないが、暖炉の前にある大きな腰掛けに誰かが座っており、その者がアドゥルスに反応を示したようだ。


「またこんな時間から飲んでんのか。マーブル」

「誰だお前?」

「アドゥルスだ! いい加減覚えろ。この耄碌もうろくじじい!」

「お、おぉ。わしに対する遠慮ない暴言。まさにアドゥルスだな」


 なんつー覚え方だ。本当に大丈夫なんだろうな。


「それで何の用だ?」

「ちょっとした厄介事だ」


 アドゥルスはそう言って親指でくいっと俺を指す。一応俺はお辞儀をしておく。何か言うべきだったかもしれないが、何も思いつかなかった。


「ほう……」

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