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3:学生寮とメイドさんⅦ

 少しづつではあるが、熊のヌイグルミはついに圧され始めてしまう。膝を折り、腕も下がってきたチェルシーに疲労の色が見える。


「が、頑張れチェルシー」

「はい、分かってます」


 既にチェルシーが頑張っているのは分かっている。けど、ヌイグルミの魔法が崩されたらもう何も手立てはない。俺にはささやかながらエールを送ることしか出来なかった。

 どうやったら魔法が使えるのだろう。何となく(りき)んでみても、皆みたいに光が発生するわけもなく、予兆すら起きない。

 異世界転生したらチートを貰えるんじゃないのか。そう悲観する俺に、チェルシーは逃げろと言う。


「ラルク様、すいません。逃げてください」

「え?」


 まさか。聞き違いかと思い尋ね返す。けどチェルシーは、苦悶の表情のまま早くと訴える。

 逃げるべきだ。最悪俺だけでも。そんな考えを持っていた俺には、願ってもない。けど、今のチェルシーを置いて逃げる気にはなれなかった。

 ぶるぶると足が震える。手に汗が滲んだ。

 まだ頭の中では、逃げるべきだと生存本能が訴える。けどそれと同等に、もう一つの考えが、俺の中で葛藤を生んでいた。


 こんな小さな女の子だけ置いて逃げる。それでも逃げたほうが良い。駄目だ駄目だ駄目だ。逃げるなら、せめて一緒に。そして、チェルシーの言葉が頭を巡った。


「皆を助けないと」




「くそっ!?」


 俺は即座に振り向く。ちょうど、虎のようなモンスターと、熊のヌイグルミとの競り合いに背に向けた。震える足に力を入れ、ズキズキと痛む横っ腹を抑えながら、俺は走り出す。


「チェルシーごめん!」

「いえ……。何とか、持たせますから」


 五メートルほど走り抜け、俺は急ブレーキをかけながら体を捻る。そして、モンスターに向かって駆け出した。


「うああああああぁぁぁ!?」

「ラルク様!?」

「逃げるなら一緒にだ!」

「は、はい!」


 モンスターの下を潜り抜け、俺は倒れている生徒に駆け寄る。チェルシーが逃げないのは、倒れている生徒を気に掛けていたからだ。今はチェルシーが何とか抑えててくれている。だったら俺が、めっちゃ怖いし、ろくに魔法もチートも使えないけど、俺が代わりにやるしかない。

 壁にもたれる女子生徒は意識を失っていた。俺は起きてくれないかと揺すってみる。助けると意気込んでみたものの、倒れている生徒三人をどう助ける。せめて起きてくれれば。一人一人試みてみるが、皆意識を取り戻すことはない。


「ラルク様っ!」

「え?」


 俺が生徒に気を取られている間に、モンスターの標的はしぶといヌイグルミから、俺へと移行したらしい。ヌイグルミを無視して向き直るモンスターに危うくやられそうになったところ、機転を利かせたヌイグルミが、再び俺の前に立ちはだかってくれた。


「チェルシー。ありがとう……っ」


 モンスターを挟んで礼を言う。けど、チェルシーに反応はなく、限界であることが見て取れる。


「く、くっそおおぉぉぉ!?」


 異世界転生したんだから、頼むから筋力くらいつけてくれよ。恨み言を垂らしながら俺は生徒を背負う。二人ほど背負い、もう一人を立たせて自分に体重を預けさせる。無理矢理だが、出来るだけ早く安全な場所に運んでやるしかない。


「チェルシー!? 絶対早く戻るから。もう少しだけ……なっ!?」


 とっくに限界だったんだ。見ればチェルシーは、前のめりに倒れていた。それでも熊のヌイグルミは消えていない。最初に比べるとヌイグルミも弱々しく映るが、それでも最後の力を振り絞っていることだけは、魔法に疎い俺でもすぐに分かる。

 駄目だ。こんな状態のチェルシーを置いてはいけない。もし、魔法が消えてしまったら……。俺は必死に歩く。走ることなんか出来ないけど、それでもより早くチェルシーの元に向かうため急いだ。


「チェルシー。もう少しだけ頑張ってくれ」

「は、はぃ……」


 そばに駆け寄り、何とかチェルシーも支える。四人も請け負っている状態だ。チェルシーの魔法がまだ残っている間に、モンスターから離れなければならない。

 気持ちは急いでいるが、歩くのと変わらない速度しか出なかった。限界なのに踏ん張っているチェルシーに負担も掛けられない。少しでも早く、少しでも遠くへ。気持ちだけが焦る。それでも今の俺には必死に支えるしかなかった。


「ら、ラルク様……」


 チェルシーが呟く。疲労に満ちた顔で項垂れていた。そのまま、チェルシーからはガクンっと力が抜けてしまう。


「まさか、チェルシー!?」


 限界を超えてしまったらしく、チェルシーまでもが意識を失ってしまう。同時に、モンスターはこれまで以上に背後で吠える。見れば、熊のヌイグルミは泡のように消えていってしまう。


「そんな……」


 もうモンスターを押し留めるモノは何もない。俺は魔法が使えず、意識を失った四人を抱えている。どうしようもない。モンスターは邪魔されていたことに苛立ちを覚えたか、毛を逆立ててる。当然、モンスターの眼には俺たちしかいなかった。大きく開く口から覗く牙が俺たちに向けられた。


「何だよ。何で異世界に転生したのに俺は魔法使えないんだよ!」

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