009 『五分前』
『五分前』
「ねぇ、もしも世界が五分前にできたとしたら、どうする?」
ちらりと時計に目を向けて、先輩が問いかけてきた。
「どうするって、そんなわけないじゃないですか」
「あら、どうしてそんなことが言い切れるのかしら?」
「だって、自分の記憶や、昔からあった物があるじゃないですか」
もし世界が五分前にできたのなら記憶はないし、全ての物は五分以内にできたことになるはずだ。だが実際僕は昔のことを覚えているし、木の年輪はしっかりと年数を刻んでいる。
「じゃあその記憶が作られた物だったら? 物も年数が経過したものを配置されたならどう?」
「それは、まぁそうかもしれませんけど……」
記憶はあってもそれが偽物なら、そして物の年数までも作られていたとすれば。それならば、確かに五分前に全てが作られたのだとしても気づかないだろう。
「けど、そんなの証明しようがないじゃないですか」
どうあってもそんなもの説明しようが無い。たとえ誰かがそれを知っていたのだとしても、証拠も何も無いのだから。
「そのとおり。世界五分前仮説というのだけど、結局この仮設は否定することができない、という思考実験なのよ。本来なら、ここから更に論理や知識への問いに繋がるのだけどね」
「とりあえず、頭痛くなるような話ではありますね……」
「仮定の話、思考実験なんてたいていそういうものよ? それに、慣れれば楽しいものよ」
クスクス、と眉間に皺を寄せる僕を見て笑う先輩。
確かにそうなのかもしれないけれど、やはり僕にはまだこういう類は慣れられそうにない。
「というか、その仮説って結局誰もわからないぐらいに五分前以前のものも作られているんですよね? 記憶も、物も、世界中のみんな、なにもかもが完璧に五分前に」
仮設を聞いて、ふと思った。ある意味こういう思考実験で一番してはいけないようなことを。
「えぇ、だから誰もそれが仮に五分前に作られたものだと気づかないし、証明できないのよ」
「ならどっちでもよくないですか? まったく変わらないのなら、五分前でも数十億年前でも」
「えっ、それは……。えっと、そういうのは……」
得意げに語っていた先輩がいきなり言葉に詰まった。それにしても、こうやってうろたえる姿は、小柄で幼げな容姿もあいまって、まるで年下のように見える。
「えーと……。そっ、そういえば知ってる? 時計にはなかなか面白い話があるのよ?」
あっ、逃げた。いきなり時計の話とか、あからさまに話をそらしたのが丸分かりである。
「……まぁ、いいですけど。面白いって、一体どんな話です?」
そんなこんなで、珍しく今日は先輩を言い負かすことに成功したのだった。
毎日更新を謡っておきながら、早速こうしんできずとか申し訳ないです。
先ほど家に着いて、時間が空いたというね。
実のところは、予約投稿しておくのを忘れたのが一番の原因だったりしますが。orz
今後はこのようなことがないよう気をつけます。
内容については、思考実験系統。
何気に先輩は萌えキャラ。
……ヒロイン一人しかいないとか言ってはいけない。