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第二話 一日目 その②

「ただいまー」


玄関にはきちんと整理された靴が並んでいる。

あたしは無造作にローファーを脱ぎ捨てて、ニコニコしながらリビングへと向かう。


始まって早々、気の合う友達ができた。

それはもう気分が良いに決まってる。


「たっだいまー!」


勢いよくドアを開ければ、そこにはいつもと変わらぬ兄の姿が。

こちらに気づいて、ツンとした表情で。


「お帰り。早くない?」


「今日は午前で終わりだったからさ! にいは……大学休み?」


「そう、休み。うちは休み長いから。で、学校どう?」


名前は浪川泰斗たいと、あまり多くは語らない男、それがあたしの兄だ。

あたしは、にい、と呼んでいる。

ちなみに人前でそう呼ぶとかなり嫌がるのだ。


「友達もできたし、まあ楽しいかな?」


「そうか」


いつものことだが、やはり口数は少ない。

クールっていうか、冷静って感じ?

あ、どっちも意味は同じか。


「お昼作ってある?」


「ああ」


どれどれ、今日は何を作ったのかな?

キッチンに行ってメニューを確かめる。


「おお、これは焼きそばですねえ……?」


こちらを見向きもせずに言う。


「見れば分かるだろ」


う、うーん。

それはそうだけど、コミュニケーションってやつだよ。

にいには分からないかな、人と話すのが苦手だって言ってるし。


お皿に盛って、テーブルへと運ぶ。

にいの対面に座って、お箸を持って。


「いただきまーす」


「どうぞ」


何を思ったのかテレビをつけ始めた。

いや、別にいいんだけどさ。


先に言っておくと、にいがテレビをつけたということは、すなわち話しかけるなの合図。

ちぇー、色々と今日あった出来事を話そうと思ったのに。


「…………」


仕方がないので、あたしは無言で焼きそばを食べる。


「……ふふ……」


笑った!?

いま絶対に笑ったよね?

仏頂面してばかりのにいが笑った!


何を見てるのか気になったあたしは、テレビを確認する。

これは……何でしょうか?

映画、かな?

午後のロードショー的な?


「にい、こんなの見て面白いの?」


「……ああ……」


不機嫌そうに返事をした。

しばらくあたしも眺めていると、映画の中で宇宙人が登場する。


すると――


「……ふふ……」


また笑った!?

どうやらSF映画のようだ。

にしても、どこに笑う要素があったんだろうか。


「何が面白いの?」


自分でもしつこいかな、とは思ったが、気になるので聞いてみた。

にいはこれでもかってぐらい大きなため息をついて。


「はあ……、気になる?」


「うん」


「言わなきゃだめ?」


「うん」


別にダメってことはないけど、まあどうせなら聞きたいよね。

やれやれといった感じで、にいはポリポリと頭をかきながら言う。


「まず、ありえない」


「ありえない?」


「そう、ありえない。宇宙人なんかいるわけがない。そこが面白い」


なるほど、ありえないものが面白いんだ、にいにとって。


「次にこの主人公」


「うんうん」


「ありえない」


思わずあたしは頭をがくっとさせた。

もしかして……、にいって変人なんじゃ。


戸惑ってるあたしになど構うことなく続ける。


「宇宙人相手に素手で挑むとか、正気の沙汰じゃない」


「う、うん……それはそうかも」


「次に――」


「まだあるの!?」


自分から聞いておいてなんだけど、もうお腹一杯だよ……。


いや、あれだよ?

焼きそばとかじゃなくて、もうこれ以上聞きたくないって意味でね。


「お前が聞きたいっていったんだろ?」


「ごめん……続けて……」


依然として表情は変えずに。


「このヒロイン」


「……うん……」


「ありえない」


ですよねー。

そうくるとは思ってたけど、思惑通りくると、なんか納得いかないものがある。


「主人公に待ってろって言われたのに、待ちきれなくなって主人公探しにいっちゃうなんてありえないだろ?」


「うーん。勇敢なんだよ、きっとこのヒロインは」


「だろうな。もし俺がヒロインだったら、怖くて動けないし」


それはそれでどうなんだろう。

男としての尊厳とかは気にしないのだろうか。

ああでも、にいが女だったらの話しか。


「次にこの映画」


「ありえない?」


もう次に来る言葉など予測できたので、あたしはすかさず言った。


「いや、つまらない」


「じゃあ見なきゃいいじゃん!?」


さっぱりだよ……にいとは長い付き合いだけど、さっぱり分からないよ!


「けど、あまりにもつまらないのが、面白い」


結局面白いんじゃないですか、お兄さん。


「そ、そっか……なんか、うん、とりあえずご馳走さまでした、色んな意味で」


「お粗末様でした」


にいの話しもね、とはもちろん言えない。

そんなこと言ったら、きっとしばらく口をきいてくれなくなる。


食器をかたしていると、ふと話しかけられる。


「部活、どうすんの?」


部活?

ここにきてようやく思い出した。


「ああ!? そういえば部活決めないまま帰ってきちゃった!」


そう……確かのりちゃん先生と話をして、それであたしの理想の部活を否定され、そして宮ちゃんに宮ちゃんというあだ名をつけて……。

目的忘れて帰ってきちゃったんだ、あたし。


いやあたしだけじゃない。

宮ちゃんも忘れてよね、完全に。


「それ、明日考えれば?」


「え? 明日? ああ、そっか。別に今日中に決めろなんて言われてないし……」


「だろうな」


つまらないと言い張った映画を、いまだにボーっとみているにい。

そしてそんなにいを見て、ふとあたしは思った。


「にいって高校時代、何部だったの?」


「帰宅部」


ああ、やっぱり。

何故かその言葉を聞いて安心する自分の姿がそこにはあった。


「じゃあ、今通ってる大学は? サークルとかなんかやってないの?」


「やってない」


「そっか、なんかごめん……」


まさかという思いが捨てきれないでいたが、そのまさかであった。

妹として恥ずかしい、かな?

こんなお兄ちゃんじゃ。


「お前はどうなの?」


「あ、あたし?」


こくんと小さく頷いて、にいはあたしの言葉を待つ。

うーん、と言われても、特に決まってないんだよね。

仕方ない、うそ偽りなく話してみよう。


「やりたいことがなくてさ、今すごい悩んでるんだ。中学の時は茶道部だったけど、別にそれがやりたいわけじゃなかったし……、にい、あたしどうすればいいと思う?」


間髪入れずに答えて。


「作れば?」


「作る? 部活を?」


「そう、ないなら作ればいい」


そんなにいの一言にあたしはハッとした。

確かに、それは一理あるのかも。

うん、なんかやる気でてきたかも!


「そうだよね、ないなら作ればいいんだよ! あはは、さすがにい! 困った時のにいだね! 一家に一台は必要だよ、ほんと!」


「俺は掃除機じゃない」


「掃除機? ちょっと何言ってるのか分からないけど、とにかくありがとね?」


「……別に……」


どういうわけか、にいは悲しそうな顔をしていた。

けど、まあいっか。


一方――


「一家に一台……掃除機……、面白いと、思ったんだけどな」


妹にツッコミを理解されず、落ち込んでいる兄の姿が浪川家のリビングにあるのであった。



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