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六話

 一通り周りを見て回ったが、目撃情報の"和装の薄着の男"は発見できなかった。街灯が少なく暗い場所が多すぎて、息を潜められたら見つけるのは容易ではない。人通りが少ないため、男が逃げた後の目撃情報も得ることができなかった。現時点でのこれ以上の捜索は無理だと一旦車に戻ることにした。


 車に戻ると、直ぐに電話で現状報告をし合う天谷のために車のエンジンをかけ、暖房をつけて俺は近くの自動販売機に向かう。寒い中、長い時間歩かせてしまって、体が冷えてしまっているだろうから、せめてなにか温まるものでも飲んでもらおうと思った。財布から小銭を取り出しながら何を買おうか物色する。見てみるとミルクティーと、その隣のココアが目に入った。なんとなく今はコーヒーよりも甘い飲み物の方がいい気がし、どっちかにしようと小銭を入れれば、どうやらココアは売切れのようだったのでミルクティーのボタンを押す。その後コーヒーを二本買い車に戻った。


 天谷はまだ通話中のようなので、悪いが先にコーヒーに口を付ける。夜が明けないことにはここら一帯の捜索は無理だ。その男が夜の間に遠くに逃げる可能性が高い。というか、もう逃げているのではないかと思う。ただの放火犯なら家に帰っているだろう。それ以外なら……。

 考え事をしていると天谷の耳からスマートフォンが離れた。すかさずコンソールボックスに置いていた二本の飲み物を指差し、好きな方を飲むように伝える。天谷はほんの少し迷ってからミルクティーを選ぶと、手を温めるように両手で包みこんだ。


「悪かったな、寒いのに長い間歩かせちまって。」

「大丈夫です。こう見えても寒いのには強いんです。」


そう言うと缶の口を開けてミルクティーを一口飲んだ。そして一息つくとカップホルダーに缶を置き、電話をしながら取っていたメモを見ながら、報告の内容を簡潔に伝えてくれた。だが、これと言って成果のある報告はなかった。


 空になった缶を車内のゴミ箱に入れる。もう此処にいても何もできない。一旦本部に戻ることにした。天谷も別の部下達とこの現場に来たようだが、完全に別行動だったため、このまま一緒に戻っても問題ないようだ。シートベルトに手をかけようとした時、聞き慣れた初期設定の着信音が耳に入る。何事かと思い急いで出てみれば、思いがけない人物からの電話だった。


「やぁ、本間。」

「お前か、神代じんだい。」


そいつはほぼ同時期に組織に入った人物ではあるが、いわゆるキャリアとでも言うのか、現場にあまり出る事もなく上までいったヤツだ。一応同期という間柄、会えばそれなりの会話は交わすが、最近は顔を合わせることがなかった。


「めずらしいな、お前が俺に電話なんて。どうかしたか?」

「フッ。僕が君に電話をかける理由なんて、だいたい推測がつくだろう?……。――指令が出たよ。――」

「……。なら、ここら最近の火事は全部俺達の管轄なんだな?」

「あぁ、出火原因不明なのはおそらくすべて。君が今日行った現場の火事の前兆というか、予兆というか。とにかく、もうこれらの火災は起きなくなるだろう。」

「前兆だと?ここのが本丸ってことか。指令状が出てるんだろ?おい天谷、急いで戻るぞ!」


天谷に声をかけて電話を切ろうとすれば、耳から離れたスマートフォンから大きい声で、それを静止させる声が聞こえた。


「ちょっ、本間待て!切るなよ。人の話は最後まで聞いてくれ。」

「あぁすまん。早く指令状取りに戻ろうと思ってな。」

「まったく君らしいけどさ。僕がわざわざ電話をかけた理由の1つは、その指令状のことでだよ。」


指令状は通常、紙に記され、班や個人宛てに出されるものだ。そして、それ無しに俺達が動く事は原則ありえない事で、今回の件の様に指令状無しにここまで動く事はめったにない。異例の事態だと言っていいだろう。


「君の部下も出払っちゃってるし、君も現場に出てるって聞いてね。紙で渡すには時間がかかるから、今回は特例で別の方法で指令状の内容、確認できるようにしてあげようと思ってさ。近くに天谷君居るね?彼女にこの前支給されたタブレット出すように言ってくれないか。」


言われた通り、天谷にタブレットがあるか確認すれば、カバンから取り出し、電源を入れて俺に差し出してくれる。


「手元にあるね?それじゃあ送るから。」


しばらくすれば、一度画面が暗くなり[本間隆司]ほんまりゅうじと俺の名前が出てきた。すぐさま画面をタッチしてみたが何も起きない。


「おい、見れねぇぞ神代。」

「画面に名前が出てるなら指紋認証して。本人だってなったら開くから。」


指紋認証とつぶやけば、天谷が隣からタブレットの隅のくぼみを指差し、ここだと教えてくれる。人差し指を当てて数秒すれば、また画面が暗くなり、すぐに明るくなる。いつも目にする指令状と同じ文面が表れた。


「天谷君にも指令状が出てるけど、内容は同じだから一緒に見てくれ。」


ざっと目を通せば、どうやら重要人物の確保・保護のようだった。その人物が居るであろう住所が記されていた。


「住所出てんじゃねぇか。」

「そう。今回この方法をとった理由もそこにある。その場所に急いで向かってもらいたい。だから指令状の受け取りに時間のかからないこの方法をとった。確実に確保してほしい。ちなみにこの指令状は、二人にしか出されてないから。」


住所は幸いなことに、ここの近くのようだ。天谷にタブレットを渡し、神代に感謝の言葉を伝える。


「紙の指令状は君のデスクに、天谷君のと一緒に置いておくよ。健闘を祈る。」


その言葉を最後に電話は切れた。ハンドルを握り車を発進させる。すると目を通し終わった天谷がつぶやく。


「住所が割れているなんて珍しいですね。普通のアパートの一室みたいですし。」


確かに。アパートの一室というのが気になる。俺達の管轄なら"此処"の人間ではない可能性が高い。そこの住人を脅したりして押し入っているのではないかと思ったが、そんな事になっているなら俺達二人だけではなく、もっと多くの人間に指令が出るはずだ。住所が確定しているなら、しばらくはそこから動かないという事でもある。とにかく早くこの場所に行こうと、運転に集中することにした。





 到着してみれば、本当に何の変哲もないアパートだった。目的の部屋は一階の一番奥のようだ。二階建てのアパートなのに、その部屋だけ、二階部分が無く、ななめの屋根が付いている。


「とりあえずインターホン押すか。」

「普通に出てきますかね?一階ですし、窓から逃走するのでは?」

「塀はかなり高め。しかも防犯のための音の鳴りやすい砂利が敷き詰められている。逃げればすぐわかる。塀を越えないで逃げるにはここを通らないと難しいだろうな。」

「万が一という事もありますし、私は一応あちらに回っておきます。」

「あぁ。だが時間も時間だ。普通だったら出なくてもおかしくない。重要人物以外にも、誰か居るかもしれねぇし、中の状況もいまいちわからん。……五回だ。五回押して出てこないなら一旦引くぞ。」


俺の言葉に天谷はうなずくと、入口の反対側に回り込んだ。一回目のインターホンを鳴らす。耳を澄ましてみるが返事らしき声はしない。少しの間隔をあけ、二回目、三回目とインターホンを押すが結果は同じだった。四回目も反応はなく、五回目に最後の期待をかけて押してみた。が、やはり無反応だった。五回目が鳴り終わったことで天谷も入口に戻ってきた。


「やっぱり出ませんね。電気はついているので中に居るのは間違いないですけど。」

「あんまりしつこくやるわけにもいかねぇしな。時間帯も悪い。出直してまた朝だな。」

「中の状況がわかればいいんですけどね。」

「砂利のせいで下手に窓に近づけないからな。神代にもっと詳しい情報出てないか確認してもらうか。」


声をひそめて言葉を交わす。今夜は車で寝ずに夜を明かすことになるなと、深く息を吐き出した。未練がましく、出ないとわかっていて最後にインターホンを押してしまった。いや、未練よりも苛立ちなのかもしれない。天谷が驚きと焦りが表れた表情をしたのがわかった。そのまま車に戻ろうと一歩踏み出したところで聞き取りにくかったが声がした気がした。とっさに足を止めて扉に目を向ける。すると中からカチャカチャ音がすると、もう開かないと思っていた扉がほんの少しだが開いた。チェーンロックをかけた、狭いスペースからでは全身はハッキリとは見えないが、どうやら若い、20前後の女性が顔を覗かせていた。

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