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四話

 未だに鼻に付く臭いが立ち込める中、事後処理に追われる消防士と警察官を自分の車に寄りかかり睨み付けるように見つめる。上からの計らいを期待して来てみたのはいいが、いざ現場に来てみればそんな話は聞いていないと不審者扱いされそうになり、邪魔だから出て行けと追い返された。


「チッ、全然話通ってないじゃねぇか。何のために急いで来たと思ってんだよ……。」


行き場のない怒りだけが込み上げてくる。おとなしく消防と警察が撤退するのを待つしかない。フゥーと息を吐き出し煙草に手をのばす。禁煙したいのにしばらくは無理そうだなと思いながらゆっくりと紫煙を吐き、気持ちを落ち着かせることにした。


 ようやく消防と警察の姿がまばらになってきた。そろそろ動いても大丈夫だろうと重くなりかけていた腰を上げようとすれば不意に後ろから声を掛けられる。「お疲れ様です。」と凛とした声を発したその女は俺の部下の一人、天谷奈緒だ。俺が現場に出るときは必ずと言っていいほどサポート役として動いてくれる優秀な人物だ。「お前も御苦労だな。」と返して、さてやるかと気合を入れる。


「わざわざご足労をお掛けしたのに、お待たせする事態になってしまい申し訳ありません。」


本当に自分が悪いかの様に頭を下げる天谷に、相変わらずだなと思った。完璧を常に目指す彼女だ。俺を待たせる事になったのを自分の力量が足りなかったからなどと思っているのだろう。


「お前に非なんて少しだってねえよ。あるなら上の連中さ。気にするな。」


少し笑みを浮かべながら言うが、「しかし……。」となお何か言いたそうな天谷を遮るように話を進める。


「家主に許可を貰えば、警察も文句は言えねえだろうから貰いに行くぞ。そこら辺にいるだろう。」

「家主さんならあそこに。すでに先ほど許可は貰っておきました。」


手で指された方を見れば、近所の住人に囲まれた年配の男性がいた。目が合ったらしい天谷が会釈したのを見て、自分も会釈する。天谷の仕事の早さに感心しながら倉の方に目を向ける。


「よし、じゃあ行くか。危ないかもしれねえから怪我しないように気を付けろよ天谷。」

「なっ、そんなへましません!」


ちょっと怒った様な、でもどこか恥ずかしそうな顔をした天谷に悪かったと声を掛けて歩き出す。何か良い情報が手に入る事を祈りながら。





 水で濡れて悪くなっている足場に気を付けながら倉の入口に立つ。発見が早く、すぐ消防を呼べたのか思いのほか焼け残っていた。小型ライトで照らしながら倉に入る。


「この燃え方なら、倉の中からの出火だろうな。出火原因はわかってんのか?」

「いえ、今回も詳しい出火原因はまだ特定できていないようです。」


手元の資料らしき紙を見ながら天谷が答える。


「この倉の施錠はどうなっていた?」

「家主が言うには、特に気を付けて鍵を掛けたりはしていなかったようです。古い倉だったみたいで、盗まれて困るものは無いと認識していたとの事です。」

「盗まれて困るものが無いって言ってもなあ。不用心すぎるだろ。」

「家主のお祖父さんが主に使っていたようで、家主自身が使う事はほとんどなかったそうです。」

「そうかよ……。何にせよ施錠されてなかったって言うなら放火の選は捨てきれないな。」


さらに詳しく調べるために奥に足を進める。大きな箱や農具の様な道具等、様々なものが散乱する中、ソレがやけに気になった。ライトを口にくわえ、ポケットに入っている手袋を嵌めてから慎重に手に取り汚れを落とす。それは日本人なら誰でも見たことがあるであろう兜だった。端午の節句用の兜かと思ったが、あのような華やかさは一切なく、飾り一つない鋼色の兜だった。


「なんかこの兜、そんなに古い感じはしねーな。保存状態が良かったのか……。」


まじまじと兜を眺める俺の後ろから、資料を読み終わったらしい天谷がライトで足元を照らしながら近づいてきた。そして俺の手元にライトを当てるとその存在に気が付き、「兜ですか。」と呟く。


「家主のお祖父さんは骨董の趣味でもあったのかもな。」


初めて見る兜を俺はじっくり観察する。少し間を開けて、俺から離れた場所を見ていた天谷が口を開いた。


「骨董が趣味にしてもこの数は凄すぎませんか?こんなに集めるものなんでしょうかね?」

「かず……?」


その一言に兜から天谷の方に意識を戻す。天谷がいる場所は俺から更に奥に行った部屋の入口で、燃え方の激しい場所だった。兜をその場に静かに戻して天谷のもとに足を進める。焼けてしまったことで黒く染まってしまった残骸の中に、同じ様な色にもかかわらずそれらの鎧兜は存在感を放っていた。


「……。まるで焼き討ちあとだな。」


実際に焼き討ちなど見た事はないが、その場のなんとも言えない重い空気と普段目にする事のない物が散乱する光景に、時代劇のワンシーンのようだと思った。近くにあった棒を手に取り、残骸を掻き分けながらもっとよく観察する。すると、あまり焼ける事なく十数本と重なっている棒らしきものを見つけた。結構長いであろうそれを力任せに引っこ抜く。思った以上に大きな音を立てて周りの物が崩れたが、そんなことを気にせずに引き抜いた棒に視線を巡らせる。先端までいくと汚れてしまっているが鈍く光る刃がついていた。


「槍まで有るとはな……。探せば日本刀も出てきそうだな。」


柄の部分の汚れを手袋で拭いながら天谷に近づきそれを手渡す。


「出火原因よりもどうしてこんなもんが大量にあるかの方が気になっちまうぜ。」

「もう一度詳しく家主に話を聞いてみますか?」

「あぁ、出火原因に心当たりがないかも聞きたいしな。」

「わかりました。家主に時間が取れるか聞いてみます。」


そう言い出入口に向かう天谷が、数歩歩くとガサガサと今まで聞こえなかった音が遠くから近付いてくる。天谷も気付いたらしく、歩くのを止めてその音の主を確かめる様にライトを部屋の入口に向ける。しばらくして現れたのは、さっき目にしたこの倉の家主だった。俺達よりも暗めなオレンジに近い光を放つライトを手に持ち、目をしばしばさせている様子に天谷に声をかけライトを下に向けさせる。慌てて「すみません。」とライトを下げた天谷に、家主は目を何回かぱちぱちさせると「大丈夫ですよ。」と言いながらこちらに向かって歩いてきた。見えやすいように足元を俺のライトで照らせば、「親切にどうも。」と礼を言われる。


「先ほどはお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。」


軽く頭を下げた天谷に家主は一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐに思い出したようで、穏やかな笑みを浮かべながら、


「あぁ、さっきのお嬢さんか。」


と言い放った。


「お嬢さん……。」


少し動揺したように、言われた言葉を復唱した天谷の姿に珍しいなと少し微笑ましく思いつつ、先ほど気になった点を尋ねる事にした。


「ご主人、少々お尋ねしたい事があるのですがよろしいか?」

「ん?何だい?」

「これはちょっとした興味で聞くんですが、先ほど色々見させてもらった時に鎧兜や槍やらをいくつも見かけたんですが、ご主人のお祖父さんに骨董の趣味でもあったんですか?あの量はなかなか集められるものじゃない。」

「おぉ、そのことか。自分も見た時は驚いたよ。自分の祖父や父が骨董品を集めていたなんて話、一度も聞いたことはなかったよ。」

「そうですか。ご主人自身も目にした事はなかったと?」

「自分が使う物は入口のすぐ近くに置くようにしていたから、あまり奥にまで来た事がなくてね。こんな物があるとは知らなかったよ。もう年を取ったとはいえ、子供の頃に仕置きでここに閉じ込められて怖い思いをしてね。なるべくなら近づきたくないというのが本心だったよ。」


鎧兜に関する件は解決するどころかますます疑問が残る結果となってしまった。自然と下がった目線に入るのはやはりそこらじゅうに転がっている鎧兜で、思わずじっと見つめていると家主の方から声がかかって来た。


「お兄さんは兜に興味があるのかね?先ほどから熱心に見ているようだけれども。」

「興味っちゃ興味なのかもしれねぇが。ただ初めて本物の兜を見て、手にしたらわくわくしたっていうか、なんか良いなって思ったんですよ。俺も根はやっぱり日本男児ってことなんだろうな。」


家主からの質問に思わず建前抜きの自分の本音を漏らしてしまう。家主は「そうか、そうか。」と呟くと足元に散らかる兜等を見渡し、ふとため息をこぼした。


「こんな物の処分、いったいどうしたらいいんだか……。」

「粗大ゴミとしても引き取ってもらえるかわからないもんな。」


そんな会話をしながら、俺はこの鎧兜等が連日の事件に何らかの形で関係しているとなんとなく感じた。持ち帰って調べれば何かわかるかもしれない。怪しまれないようにこれらを持ち帰れる良い方法はないか考えようと意識を集中させようとした時だった。


「……。お兄さん、もしよかったらいくつか持って行かないかい?」

「え?」


俺がどうやって切り出そうか、今まさに考えようとしていたのに、まさかの家主の提案に呆けてしまい、咄嗟に返事が出来なかった。少し開いたその間を、俺が返答に困っていると取ってしまったのか、家主が慌てたように言う。


「いや、すまない。迷惑な話だったね。」

「そんな事はないです。貰って行っていいなら、貰いたいとちょうど思っていたところです。」

「本当かい?すきなだけ持っていくといい。そっちの方がこっちも助かるよ。」

「俺の知り合いに歴史について調べている学者がいるんでそいつに言えばもしかしたら全部持って行ってくれるかもしれないですか聞いてみますか?」

「おぉ、いいのかい?ならお願いするよ。こんなに汚れてしまった物、引き取ってくれるといいんだけどね。」


ほっとしたような家主に笑顔を向けながら、さらりと出てきた嘘に少しの罪悪感と寂しい様な悲しい様な、複雑な感情も沸き立つ。俺に学者の知り合いなどいない。自分の思った通りに事を進められるようについた嘘だ。仕事のためだといえば、なんの抵抗もなく出てくるようになったソレに喜ぶべきことなのだろうが、人としてはどうなのかとやはり複雑な気持ちになる。


「では、引き取れるようなら、なるべく早く引き取りに来るように伝えます。引き取るにしても、引き取らないにしても一度連絡を入れるように言いますんで。」

「あぁ、本当にありがとう。」


そう言う家主に一言「では失礼します。」と一礼して、倉から出るために踵を返した。あの鎧兜や槍はこのまま放置しておくと後々面倒な事になりかねない。今回の件は俺達の管轄である可能性が高いと感じている。そうであるならばこれらの物が他人の手に渡るのは絶対に阻止しなければならない。手の空いている部下に取りに来させないとな。そんな事を考えながら車に向かう。車に戻れば、そこにはいつの間にか倉から姿を消していた天谷がどうやら通話中のようだった。俺もすぐにスマートホンを取り出し、信頼のおける部下に今回の事情を説明し、鎧兜等を全て回収するように指示を出す。勿論俺の知り合いの学者が取りに来るという設定も忘れないように念を入れる。通話の終了ボタンを押せば、すかさず天谷が話しかけてくる。


「聞き込み組からの報告です。今回の火事と関係あるかはわからないのですが、不審者の目撃情報があったそうです。」

「不審者だと……。」


不審者が目撃され、仮にそいつが犯人だったのなら、この件はただの放火ということになる。俺の勘は外れてしまったのか。頭の中にそんな事か浮かび少し落ち込みそうになったが、今は天谷の話に集中しなければならないと天谷の声に耳を傾ける。


「近所の住人からの情報です。火災がおきる直前にこの辺りでは見かけない人物が走り去るのを見たそうです。痩せ型の中年の、おそらく男性だそうです。」

「そうか。服装とかはわかってんのか?」

「それが……。」

「どうした?」

「あの、どうやらその人の話によると浴衣の様な薄着の和装だったらしいです。」

「浴衣だと?この冬の寒い中か?」

「はい、聞き込みをした者が何回も間違いないか確認したらしいのですが、間違いないと言い張っていたらしいです。」

「……。浴衣なぁ。」

「でもどうやら酒に酔っているようだったので信憑性には欠けるのではないかと……。」


てっきり、挙動不審な人物や、ウロウロうろついていた人物がいたとか、そういう程度を想像していた俺は咄嗟に言葉が出なかった。こんな寒空の下、浴衣で走る人物なんて不審者だと思われても仕方ないだろうな。


「どうしますか?」


天谷の言葉で今後の行動の取り方を考える。まぁ、やる事は決まっている。怪しい事があるならとことん調べる。虱潰しだとしてもな。


「天谷、その人物を追うぞ。どっちに行ったのかはわかってんのか?」

「あ、はい!あっちの方向に走って行ったようです。」


そう言って天谷が指さした方は、街頭もまばらな少し薄暗い道だった。


「取りあえず行くぞ。探さないとな。」


見つかるかはわからないが行動しなければ何も変わらない。天谷が付いてくる足音を背で感じながら、やるべき事をやるために歩きだした。


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